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【研究成果】ゴルジ体から細胞膜ドメインへの輸送の特異性はSNAREタンパク質のみでは決定できないことが判明

本研究成果のポイント

  • 細胞膜ドメイン(※1)特異的ポストゴルジ輸送(※2)は生命機能の維持には不可欠であり、その破綻は、さまざまな疾患を引き起こすことが知られている。しかし、この分子機構は未だ解明されていない。
  • ゴルジ体(※3)からの輸送先は、小胞と細胞膜ドメインの融合の特異性によって決まり、この特異性はSNAREタンパク質(※4)の組み合わせによって決定されると従来信じられていた。
  • 本研究ではショウジョウバエ網膜において、SNAREタンパク質の機能を欠損させて細胞膜ドメイン特異的ポストゴルジ輸送を解析し、その特異性がSNAREタンパク質のみでは決定できないことを強く示唆した。
  • 膜ドメイン特異的ポストゴルジ輸送の分子機構解明により、その欠損が引き起こすさまざまな疾患についての治療法の開発につながる。
     

概要

 膜タンパク質や分泌タンパク質は小胞体膜上で合成された後、ゴルジ体に送られ、糖鎖修飾を受けた後、ゴルジ体からその機能部位である細胞膜ドメインや細胞小器官へと特異的に輸送されます(=膜ドメイン特異的ポストゴルジ輸送)。このゴルジ体からの輸送は、各々の膜ドメインへと向かうポストゴルジ輸送小胞の形成・その小胞への積荷タンパク質選別・ポストゴルジ輸送小胞の膜ドメインへの特異的融合、を必要としています。輸送小胞と膜ドメインの融合にはSNAREタンパク質が必須です。SNAREタンパク質は細胞内に多種類発現しており、その組み合わせによって小胞と膜ドメインの融合の特異性が決まると信じられてきました。本研究では、ショウジョウバエ網膜において、全SNAREタンパク質についてモザイク状(※5)にRNAiノックダウン(※6)や CRISPRノックアウト(※7)を行うことで、SNARE欠損が複数の膜ドメインへの輸送に与える影響を解析しました。その結果、各々のSNARE欠損が単一の膜ドメインのみに影響を与えることはなく、ポストゴルジ輸送の特異性がSNAREタンパク質のみでは決定できないことを強く示唆しました。

発表論文

掲載雑誌名: Frontiers in Cell and Developmental Biology
論文名: Comprehensive study of SNAREs involved in the post-Golgi transport in Drosophila photoreceptors.
著者名: Ochi. Y.1,*, Hitomi Y. 1,*, Sasaki S. 1,*, Ogawa T. 1, Yamada Y. 1,
Tago T. 1, Satoh T. 1 and Satoh AK. 1 
1: 広島大学大学院 統合生命科学研究科 生命環境総合科学プログラム
*: 共筆頭著者
DOI: https://doi.org/10.3389/fcell.2024.1442192
掲載日時: 10 December 2024
 

背景

 膜タンパク質や分泌タンパク質は小胞体膜上で合成された後、ゴルジ体に送られ、糖鎖修飾を受けた後、トランスゴルジ網に到達します。トランスゴルジ網はこれらの積荷となるタンパク質(積荷タンパク質)の選別の中枢であり、さまざまな細胞膜ドメインや細胞小器官へ輸送されるポストゴルジ輸送小胞が形成されています。このポストゴルジ輸送小胞は、各々の膜ドメインに局在する積荷タンパク質が積み込まれた後に遊離し、各々の膜ドメインと特異的に融合することで積荷タンパク質をその膜ドメインに局在化させます。この膜ドメイン特異的輸送にはSNAREという膜融合を誘導するたんぱく質が鍵となると信じられてきました。SNAREタンパク質はヒトでは38種類あり、その組み合わせによって特異性が決定されると考えられています。
 ショウジョウバエ視細胞は、明瞭に極性化した細胞であり複数の異なる膜ドメインを持ちます。ショウジョウバエ網膜の横断面では、光受容膜(※8)と側底面膜(※9)という2つの細胞膜ドメインを数百の視細胞で観察できるため、ポストゴルジ輸送研究の優れたモデルです。
 

研究成果の内容

 本研究では、ショウジョウバエ網膜においてRNAiノックダウン・CRISPR/Cas9ノックアウトをモザイク状に行う手法を改良・開発し、ショウジョウバエゲノムに存在する全てのSNAREについて、その欠損が3つの膜ドメインへの積荷タンパク質輸送に与える影響を観察しました。その結果、SNAREタンパク質欠損は大きく3つの表現型に分類されました。カテゴリーIは主に光受容膜方向に欠損がみられるSNARE、カテゴリーIIは主に側底面膜方向に欠損が見られるSNARE、カテゴリーIIIはすべての方向への輸送が欠損するSNAREです。カテゴリーIIIは小胞体とゴルジ体の間で機能すると考えられ、その詳細解析はすでに報告しました。
(https://www.hiroshima-u.ac.jp/news/85857)
 今回、ポストゴルジ輸送に関わる、カテゴリーIとIIのSNAREの欠損が、いずれも光受容膜方向、側底面膜方向により強い欠損が観察されるものの、同時に他の方向の輸送にも阻害をもたらすことを示しました。つまり、各々のSNARE欠損が単一の膜ドメインのみに影響を与えることはないことがわかりました。この結果は、ポストゴルジ輸送の特異性がSNAREタンパク質のみでは決定できないことを強く示唆しています。
 

今後の展開

 膜ドメイン特異的ポストゴルジ輸送は細胞が細胞膜ドメインを形成・維持するために必須な機構であり、生命機能の維持には不可欠です。その破綻は、微絨毛封入体病(※10)・多発性嚢胞腎(※11)・網膜変性症(※12)などを含むさまざまな疾患を引き起こすことが知られています。膜ドメイン特異的ポストゴルジ輸送の分子機構解明は、細胞生物学の基本的命題であるとともに、その解明により膜ドメイン特異的ポストゴルジ輸送欠損が引き起こすさまざまな疾患についての治療法の開発に直接つながることが期待されます。本研究によりSNARE単独では特異性を決定できないことが明らかになったので、今後はSNAREとともに膜ドメイン特異的ポストゴルジ輸送に機能する因子について解析していきたいと考えています。

参考資料

図 ショウジョウバエ視細胞において各々の膜ドメインへのポストゴルジ輸送に関わるSNARE
 光受容膜への輸送に関与するSNAREを緑、側底面膜への輸送に関与するSNAREをオレンジ、シナプス小胞輸送に関与するSNAREを青で示した。1つのSNAREが複数の膜ドメインへの輸送に関わる。特にnSyb, Syx1A, Snap25は全ての膜ドメインへの輸送に必要である。
 

用語解説

(※1)細胞膜ドメイン
細胞を構成する細胞膜の一部に特定のタンパク質や脂質が偏在して形成される機能的な領域のこと。それぞれの細胞膜ドメインは異なる機能を果たすことで効率的なシグナル伝達や物質輸送を行う。

(※2)ポストゴルジ輸送
タンパク質がゴルジ体を出た後、細胞内の目的地に運ばれる輸送経路のこと。この輸送は小胞を使って行われ、細胞膜への分泌、エンドソームを経由したリサイクルなど、細胞のさまざまな機能を支えている。

(※3)ゴルジ体
ホルモンや消化酵素などの分泌タンパク質や膜タンパク質の生合成に必要な細胞小器官であり、一端(シス面)から新規タンパク質を受け取り、もう一端(トランス面)からタンパク質を送り出す。

(※4) SNAREタンパク質
タンパク質などの分子は膜に包まれた小胞に乗って輸送される。小胞が細胞内の目的地に輸送されると目的地の膜(標的膜)と融合することで分子を受け渡す。SNAREタンパク質は小胞と標的膜との融合に必要である。

(※5)モザイク状
同じ網膜内に野生型細胞と変異型細胞を共存させた状態。変異型細胞の表現型を野生型細胞と直接比較できるため、個体間差を排除して、変異型細胞の表現型を詳細に解析できる。

(※6) RNAiノックダウン
特定の遺伝子の発現を一時的かつ部分的に抑制する手法。この手法では、目的の遺伝子に対応するRNAを標的として分解することで、そのRNAから作られるタンパク質の生成を減少させる。これにより、遺伝子の機能を一部抑制して(ノックダウン)、解析や実験に利用する。

(※7) CRISPR/Cas9ノックアウト
CRISPR/Cas9システムは、ガイドRNAとDNAを切断する酵素Cas9から構成される。ガイドRNAは、標的とするDNA配列を特異的に認識して結合し、Cas9を導き、Cas9がDNAを切断する。このCRISPR/Cas9システムを用いて特異的の遺伝子の機能を欠損させ(ノックアウト)、解析や実験に利用する。

(※8)光受容膜
視細胞の中に存在する光感受性タンパク質ロドプシンや光情報伝達に関わるタンパク質が集まった膜ドメインのこと。ロドプシンが光を受容した後、光情報伝達に関わるタンパク質が活性化することで、光信号が電気信号へと変換され、脳へと伝達される。

(※9)側底面膜
隣接する細胞や基底膜との相互作用を担う膜ドメインの1つ。細胞間接着やシグナル伝達、栄養供給のための物質輸送など、細胞生存のための機能を果たしている。

(※10)微絨毛封入体病
腸管上皮細胞の微絨毛が腸管腔側に正しい状態で局在できないことによって大量の水様の下痢が現れる遺伝性疾患。

(※11)多発性嚢胞腎
両側の腎臓に嚢胞が無数に生じる遺伝性疾患。

(※12)網膜変性症
網膜の視細胞及び色素上皮細胞が広範に変性する遺伝性疾患。
 

【お問い合わせ先】

大学院統合生命科学研究科 佐藤 明子 教授
Tel:082-424-6507
E-mail:aksatoh*hiroshima-u.ac.jp
 (*は半角@に置き換えてください)
 


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