両生類研究センター 特命教授 三浦郁夫
Tel:082-424-7323 FAX:082-424-0739
E-mail:imiura*hiroshima-u.ac.jp
(*は半角@に置き換えてください)
本研究成果のポイント
- ヒトやマウスのオスを決定する遺伝子は、Sox3遺伝子1から進化したSry2という遺伝子です。今回、我が国に生息するツチガエルでは、Sox3遺伝子がメスの性を決定していることを明らかにしました。
- 1つの性決定遺伝子が2つの真逆の働きをもつ、機能的二面性を世界で初めて見出しました(図1)。
- 性決定遺伝子や性染色体3の多様で柔軟な進化について、その分子機構を解明する足掛かりとなります。
概要
広島大学両生類研究センターの三浦郁夫特命教授、かずさDNA研究所ゲノム事業推進部の長谷川嘉則グループ長、北里大学理学部の伊藤道彦准教授、豪州キャンベラ大学保全生態ゲノム学センター教授のタリクエザス教授、横浜市繁殖センターの尾形光昭所長のグループは、我が国に生息するツチガエルでメスを決定する遺伝子を同定しました。ヒトやマウスなどの真獣類4はXX-XY型の性決定様式を持ち、Y染色体上のSry遺伝子がオスを決定します。このSryはもともとSox3遺伝子から進化しました。また、メダカの3種ではY染色体上のSox3遺伝子がオスの性を決定しています。我が国に生息するツチガエルの地域集団(東北・北陸)はZZ-ZW型という、鳥と同様の性決定様式を持ち、性染色体上にはSox3遺伝子が存在します(図1)。そこで、このカエルのSox3遺伝子の性決定機能を明らかにするため、遺伝子発現やゲノム編集を用いた遺伝子破壊の解析を行いました。その結果、W染色体上のSox3遺伝子は卵巣が分化するはるか以前、ZW幼生の未分化な生殖腺5の体細胞(中腎6由来)で強く発現すること(図2)、さらに、この遺伝子を破壊すると本来メスになるはずのZW個体が精巣を作り、オスないしは雌雄同体7へと分化することを明らかにしました(図3)。これにより、ツチガエルのSox3遺伝子はメス決定遺伝子であると結論しました。すなわち、Sox3遺伝子はオス決定とメス決定の両方の機能を担い得ることから、性決定遺伝子の機能的二面性を世界で初めて見出したことになります(図3)。本研究成果は、性決定遺伝子や性染色体の多様で柔軟な進化について、その分子機構を解明する重要な足掛かりとなります。
本研究成果は、2024年12月9日に「Biomolecules」オンライン版に掲載されました。
論文情報
- 論文タイトル
Disruption of sex-linked Sox3 causes ZW female-to-male sex reversal in the Japanese frog Glandirana rugosa - 著者
三浦郁夫1,2*, 長谷川嘉則3, 伊藤道彦4, Tariq Ezaz2, 尾形光昭5
1 広島大学両生類研究センター
2 キャンベラ大学
3 かずさDNA研究所
4 北里大学
5 横浜市繁殖センター
*責任著者
- 掲載雑誌
Biomolecules - DOI番号 https://doi.org/10.3390/biom14121566
背景
オスとメスの性を決定する仕組みは多様性に富み、また変化しやすいことが知られています。性決定様式には主に、ヒトを含む真獣類のXX-XY型と鳥に代表されるZZ-ZW型の2つのタイプが存在します。脊椎動物ではこれまで17種類の性決定遺伝子が同定されていますが、ZZ-ZW型で同定された性決定遺伝子は6つと少なく、しかも機能解析で実証された遺伝子は1種類に過ぎません。それゆえ、XX-XY型に比べてZZ-ZW型性決定の分子機構には不明な点が多く存在します。我が国に生息するツチガエルは多様な性決定様式を持ち、特に東北・北陸地方に生息する地域集団はZZ-ZW型の性決定様式を示します。そして、性染色体上にはSox3遺伝子が存在します。この遺伝子はメダカ3種ではオスを決定する遺伝子であり、真獣類のオス決定遺伝子Sryは Sox3遺伝子から進化したことが知られています(図1)。そこで本研究では、ZZ-ZW型のツチガエルのSox3遺伝子が性決定の機能を担うのかどうか、オスとメスのどちらの性を決定するのか、その解明を目的として遺伝子発現やゲノム編集による遺伝子破壊の解析を行いました。
研究成果の内容
ツチガエルのSox3遺伝子は、精巣や卵巣が分化するはるか以前、ZW幼生の未分化な生殖腺で発現していました(図2)。しかもW染色体由来のSox3の発現が強く、中腎に由来する体細胞で発現していることがわかりました。ゲノム編集を用いてSox3遺伝子を破壊したところ、本来、卵巣をもつメスへと分化するはずのZW個体が、精巣をもつオス、あるいは両方を併せ持つ雌雄同体へと分化しました(ZWオスが3個体、ZW雌雄同体が3個体;図3)。それゆえ、Sox3はツチガエルのメス決定遺伝子であると結論づけました(図1)。私たちは、未分化生殖腺内の中腎に由来するSox3陽性細胞が、中心部の髄質と周囲の皮質を隔離し、卵巣腔を形成することで卵巣分化を誘導していると推測しました(図2)。この成果は、Sox3遺伝子が動物によってオスないしはメスを決定する、つまり、1つの性決定遺伝子が機能的二面性を持つことを世界で初めて見出したことになります(図1)。
今後の展開
本成果は、1つの性決定遺伝子がタンパク質の構造を変えることなく、発現する細胞や発現時期を変えることでオスないしメスという、真逆の性を決定できることを示しました。今後、XX-XY型とZZ-ZW型性決定機構の違いや、両者の相互変換の分子機構を解明する上で重要な発見です。また、進化の過程で性決定遺伝子が、なぜ、どのようにして変化する(入れ替わる)のか、その分子機構を解明する上でも重要な足掛かりとなります。
参考資料
用語解説
1Sox3 (Sex-determining region on Y-3)
Soxファミリー遺伝子の1つ。Sryの進化の元になった遺伝子だが、名前はSryの方が先に付けられた。メダカ3種ではオス決定遺伝子として機能する一方、多くの脊椎動物では一般に精子や卵子の配偶子形成に関わる遺伝子である。
2Sry (Sex-determining region on Y)
ヒトやカンガルーなど真獣類のオスを決定する遺伝子でY染色体上にのみ存在する。XYオスの未分化生殖腺の体細胞(セルトリ細胞)で発現し、精巣分化を決定する。XXはSryを持たないためメスへと分化する。
3性染色体
性を決める遺伝子を含む染色体ペアを性染色体という。
4真獣類
哺乳類において、ヒトやマウスなどの胎盤類とカンガルーなどの有袋類を合わせたグループを真獣類と呼ぶ。
5生殖腺
精巣や卵巣のこと。
6中腎
腎臓の発生形態の1つ。哺乳類では、前腎が最初に形成され、退化後中腎が形成、その後に後腎となり腎臓へと分化する。カエルなど両生類では中腎が腎臓になる。
7雌雄同体
精巣と卵巣を併せ持つ個体のこと。ツチガエルのSox3遺伝子破壊個体では、右が精巣、左が卵巣、あるいは、一方が精巣か卵巣で他方が精巣と卵巣が結合したキメラの生殖腺であった。