大学院医系科学研究科 疫学・疾病制御学
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本研究成果のポイント
- C 型肝炎ウイルス(HCV)は感染者の血液や体液を介して人に感染します。注射針の共有を伴う薬物乱用(People who inject drugs, PWID)や、男性間性交渉(Men who have sex with men, MSM)は、HCV 感染リスクとして広く知られていますが、日本における実態調査は限られています。
- 本研究では、HCV感染者を「MSMかつPWID」「非MSMかつPWID」「MSMかつ非PWID」「非MSMかつ非PWID」の4群に分類し、HCV塩基配列(※1)を分析しました。系統樹解析(※2)の結果、PWIDやMSMの各群内で感染が広がっている可能性が示されました。特に、MSM間では注射薬物使用歴の有無に関わらず、HCV塩基配列に高い類似性が確認され、性接触を介して薬物乱用歴の有無を超えて感染が伝播している可能性が示唆されました。
- 世界的にはPWIDがHCV感染の主要な伝播経路とされ、対策が進められています。しかし、日本ではMSMを中心とした独自の戦略が求められる可能性があります。
概要
- 広島大学 大学院医系科学研究科 疫学・疾病制御学 Zayar Phyo(ゼイヤー ピョウ)氏(博士課程後期)、KoKo(ココ)助教、杉山文講師、田中純子特任教授、国立病院機構大阪医療センター 田中聡司医師らの研究グループは、国立病院機構大阪医療センターに受診歴のあるHCV患者の血清を用いてHCV塩基配列を決定し、系統樹解析によりHCV感染伝播経路を考察しました。
- 本研究は、厚生労働科学研究費補助金 肝炎等克服政策研究事業「全国規模の肝炎ウイルス感染状況の把握及びウイルス性肝炎eliminationに向けた方策の確立に資する疫学研究」(研究代表者 田中純子)の一環として実施されました。
- 本研究は広島大学疫学研究倫理審査委員会ならびに国立病院機構大阪医療センター倫理審査委員会の承認を得て実施しました(E2022-2634, 21121)。
- 本研究成果は、「Hepatology Research」誌に掲載されました (2024年11月4日)。
発表論文
- 掲載誌:Hepatology Research (DOI: 10.1111/hepr.14135)
- 論文タイトル:Unveiling the Dynamics of Hepatitis C Virus Transmission among Injection Drug Users and Men Who Have Sex with Men: A Comprehensive Study in Japan
- 著者:Zayar Phyo1,2, Satoshi Tanaka3, Aya Sugiyama1,2, Ko Ko1,2, Kazuaki Takahashi1,2, Ulugbek Khudayberdievich Mirzaev1,2,4, Golda Ataa Akuffo1,2, Chanroth Chhoung1,2, Tomoyuki Akita1,2, Miho Kozuki3, Ryotaro Sakamori3, Junko Tanaka1,2*
広島大学大学院医系科学研究科 疫学・疾病制御学
1. Department of Epidemiology, Infectious Disease Control and Prevention, Graduate School of Biomedical and Health Science, Hiroshima University, Hiroshima, Japan
2. Project Research Center for Epidemiology and Prevention of Viral Hepatitis and Hepatocellular Carcinoma, Hiroshima University, Hiroshima, Japan
3. Department of Gastroenterology and Hepatology, NHO Osaka National Hospital, Osaka, Japan
4. Department of Hepatology, Research Institute of Virology, Tashkent, Uzbekistan
* 責任著者
背景
- C型肝炎ウイルス(HCV)は慢性肝疾患を引き起こす疾患で、その感染経路としては、輸血や医療行為、注射針の共有を伴う薬物乱用(People who inject drugs, PWID)や、性交渉(特に男性間性交渉Men who have sex with men, MSM)が広く知られています。WHOのデータによると、世界的にみれば近年のHCVの感染経路はPWIDが主流であることが分かっています。
- 日本の肝炎対策は、全国規模の検査実施、医療費助成制度、直接作用型抗ウイルス薬の普及等により、早期発見と治療が進み、一般人口におけるHCV罹患率は0.4/10万人年と非常に低い水準に抑えられています。しかし、国立感染症研究所の報告によると、依然として一定数の新規感染が確認されており、感染源の特定と効果的な対策が今後の課題となっています。
- 世界保健機関(WHO)は、2030年までにC型肝炎ウイルス(HCV)を排除するという目標を掲げています。新規感染予防対策として、世界的に特に重要視されているのはPWID(注射薬物使用者)です。しかしながら日本におけるPWID集団でのHCV伝播に関する疫学的な状況は十分に解明されていません。
研究成果の内容
- 本研究では、PWIDとMSMを含めたHCVの感染伝播の実態を明らかにするため、国立病院機構大阪医療センター消化器内科と共同で、2010年1月から2023年9月までに同科を受診したHCV感染者の保存血清を用いて調査を行いました。
- PWIDまたはMSM、またはその両方に該当するHCV患者は全例リクルートし、いずれにも該当しないHCV患者については、44人を無作為に選び、合計115人のHCV治療開始前の血清試料および臨床情報を収集しました(2022年6月以降の受診者には文書で研究参加同意を得て、2022年5月以前の受診者にはオプトアウト手続きにより保存血清を使用しました)。
- 115人のHCV感染患者を、「MSMかつPWID」群(15人)、「非MSMかつPWID」群(31人)、「MSMかつ非PWID」群(25人)、「非MSMかつ非PWID」群(44人)の4群に分類し、HCV塩基配列を分析しました。
- その結果、「非MSMかつPWID」群で優勢な遺伝子型(※3)は2a(58%)であり、「MSMかつPWID」群、「MSMかつ非PWID」群、「非MSMかつ非PWID」群ではいずれも遺伝子型1bが優勢でした(それぞれ79%、64%、68%)。
- 系統樹解析の結果、「MSMかつPWID」群および「MSMかつ非PWID」群のHCV株は、全コア領域(※4)およびNS5B領域(※5)ともに94.75~100%の塩基配列類似性を示しましたが,「非MSMかつPWID」群および「非MSMかつ非PWID」群のHCV株は明確に区別されました。
- 以上より、男性間性交渉を介して薬物乱用歴の有無を超えて感染が伝播している可能性が示唆されました。
今後の展開
- 今回の検討により、日本におけるPWID集団でのHCV伝播に関する新たな疫学的知見が得られました。今後も症例を継続的に登録し、さらに詳細な検討を進めていく予定です。
参考資料
用語解説
(※1)HCV塩基配列:
C型肝炎ウイルス(HCV)の遺伝子情報を構成する塩基の並び順を指します。HCV塩基配列を解析することで、ウイルスの型や変異を特定し、感染源や伝播経路の解明に役立ちます。
(※2)系統樹解析:
遺伝子や塩基配列の類似性を基に、生物の進化的関係を図示する方法です。HCVの遺伝子配列を比較することで、異なるウイルス株の関係や伝播経路を解析できます。
(※3)遺伝子型:
特定の病原体(例:HCV)における遺伝子の構造や変異パターンを示す分類です。HCVには複数の遺伝子型があり、感染の広がりや治療反応に影響を与えることがあります。
(※4)コア領域
HCVの遺伝子の中で、ウイルスが感染するために必要な主要な機能を担う部分です。この領域の変異を分析することで、遺伝子型を特定できます。
(※5)NS5B領域
HCVの遺伝子の一部で、ウイルスが自己複製を行うために重要な役割を果たす部分です。この領域の変異を分析することで、遺伝子型を特定できます。
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