特集 聞く人
カウンセリングでも、占いでも、問題解決でもなく、「聞く」ということ。/尹雄大さん(インタビュアー・作家)
「良し悪しをつけずに話を聞かれた経験が、多くの人にはないのかもしれません」
書籍『モヤモヤの正体』、『さよなら、男社会』などの著書でも知られる、インタビュアーであり作家の尹雄大(ゆん・うんで)さんはいう。
これまでスポーツ選手や政治家、研究者、タレントなど、数多くの人をインタビューしてきた尹さんが、「インタビューセッション」という名で、希望する人の話を聞き始めたのは2017年のことだ。以来、カウンセリングではなく、問題解決が目的でもない、ただ話を聞いてもらうというセッションを求め、さまざまな人が尹さんのもとを訪れる。
取材の数カ月前、私も「インタビューセッション」を体験した。どうしても聞いてほしい話があったわけではない。ただ、その時、心に留まっていた言葉を聞いてもらう時間だった。しかし、今思えば、それが、それまで気づいていなかった「私の中に存在する“何か”と正面から顔を合わせる」きっかけとなった。
体験した人ごとに、固有の時間を過ごし、さまざまな感想を抱くだろう。ドラスティックな変化を経験した人もいれば、すっきりした、気持ちが整理されたと感じる人もいるという。
私自身は、セッション以来、今も続く“何か”との対話が始まったと感じている。
そんなさまざまな経験を生み出す尹さんは、人の話をどのように聞いているのか、どんな在り方でいるのだろうか。
文:小谷実知世 写真:金川晋吾
カウンセリングでも、
問題解決でなく、「聞く」ということ
インタビュアーであり作家でもある尹雄大さんが、「インタビューセッション」という取り組みを始めたのは、今から約5年前。ある人から「仕事でちょっと思い悩んでいることがあるから整理をしたい。インタビューをしてもらえないか」と、依頼されたのがきっかけだったという。その後、その人の友人や、そのまた友人からと依頼が続く。そうやって、カウンセリングでもなければ、問題解決を目的にもしない、ただ話を聞くという「インタビューセッション」が生まれた。
時間は90分間。セッションを受ける人は、尹さんを前に座るか、一緒に歩きながら、ただ語るだけだ。初めて顔を合わせる人に話すには、決して短い時間ではない。私自身、セッションを受ける前は、90分間も話ができるだろうかと思った。しかし、始まってみると、気がつけば、終了時間間近まで話し続けていた。
「話す人は、自分の話が受け入れられるかどうかということに対して、不安を覚えると思うんです。ですから、まずは何を言っても大丈夫だと感じていただけるようにと思っています。そのために、相手が話しはじめたら最後まで言葉を挟むことはしません。『要するに、あなたのおっしゃりたいことはこういうことなんですね』ということも言わないようにしています」
言葉につまったり、次の言葉が出てくるまで、時間がかかっている人が目の前にいたら、助け舟のような気持ちで言葉を繋ぐことは日常会話ではよくあることだ。しかし、尹さんは、たとえそれが善意や親切心であったとしても言葉を挟んだり、まとめたり、話を奪ったりせず、切れ目まで語りきってもらうことを大切にしている。そして、語り終えたあとに、「わかりますよ」とか「それはつらかったですね」といった言葉をかけることもしないのだという。
「今は、“共感”ということが重んじられている時代だと思います。でも実際は、多くの場合、自分を“投影”することが、共感だと思っているんですよ。自分が理解できるものを相手に見出し、わかったと思っている。でも、それは自分のわかる範囲でわかっているのであって、相手の言いたいことと外れている可能性も高いんです。
もちろん、誰しもそういう理解の仕方しかできません。でも、そういう理解の仕方しかできないということをわかっているかどうかで、相手に与える印象は違ってくるのではないでしょうか。
不思議なもので、人ってわかってほしいという気持ちと、わかられたくない気持ちがあると思うんです。自分にとっての経験がどういうものだったのかディテールはわかってほしいんだけど、そこに込めている気持ちというのは自分だけのもの、っていう思いもある。わかりますの一言でホッとする反面、お前に何がわかるんだっていう相反する気持ちも同時に持っているんです。だから、あなたの経験したことはわかるけれど、同時に、『私はあなたではないから、わからない』というという感じで、ディテールをずっと聞いているんですよ」
話し手の、振る舞い・佇まいも含めて
捉えると、見えてくる“ズレ”
「ディテールを聞いている」という言葉の印象から思い浮かぶのは、それぞれの経験について微細に、注意深く聞いていく姿だ。しかし、もう少し話を伺うと、それは、「微細に聞く」だけに留まらず、耳と心を傾けて注意深く聞く「傾聴」とも異なっている。尹さんはそれを、「その人は言っていなくても、何か口を開きかけて、次に何を言うんだろうかっていうのを見てる感じ」だと、表現する。
「傾聴という場合、おそらく聞き手は、話し手が話すことを一点集中して聞いているのだと思います。聞きながら同時に、何が話されているのかを一生懸命に頭で考えている状態ではないでしょうか。それはつまり、関心が相手に向かっていないということです。聞いている方は、リアルタイムで聞いていると思っているかもしれない。けれど、相手が話をしている時に頭で考えているということは、相手の話から遅れているとも言えます。
それに、話し手が口にしていることが必ずしも本当じゃないことってたくさんあると思うんです。嘘をついてるということではなく、言いたいことはちょっと違うんだけど、こういう言葉づかいしかできないから、もどかしく喋るって場合がありますよね。言葉にだけ一点集中していたら、話し手が本当に言いたいことから逸れてしまう。だから、相手は何をするか、何を言うかわからない、それぐらいの広がりをもって見ておいたほうがいいと思うんです」
そして、マイクを例にあげた。マイクの集音にはモードがある。話している人の声だけを捉え、車の音や生活音など周りのさまざまな音を消すモードもあれば、その環境下で聞こえる音をすべて捉えるワイドモードもある。“広がりをもって見る”というのは、マイクで言えば、ワイドモードに近いということだ。しかし一般的に、話し手が口にすることに集中するなら、雑音とされる周りの音は消し、声に集中したほうがいいのではないだろうか? でも、それでは逃してしまうものがあるという。
「たぶん、人って喋りながら “副音声”を流してたりすると思うんですよ。目の前の人はにこにこ笑って聞いているけど、『本当にわかってんのかな?』とか。自分が話してる言葉とは別に、頭のなかにナレーションが流れてたりすることってありますよね。
話し手の振る舞いや佇まいも含めて広く捉えていると、実際に口にしている言葉とは別の思いや感情があった時、“音のズレ”みたいな感じで、ひっかかるんです」
それは声音の微妙な変化や、何か違和感の伴う言葉となって表れてくるのだという。尹さんはその“音のズレ”を感じたら、表に現れている言葉だけを手がかりにはせず、「本当に言いたかったことは、このあたりにありませんか?」という思いを込めて角度の違う質問をする。
「無理にこじ開けるような質問をするわけではありません。本人から何かサインが出ていて、開示したがっていることがあるんだなと、伝わってくるんです。そんな時、『こういう質問をしたら、その開示したがっていることの“入り口”に繋がるのかな』みたいな感じで聞いてるんだと思います」
この話から思い当たることがある。インタビューセッション中、「要するに、○○ということだったんですよね」と言った私に、尹さんは「“要さずに”言ってみると、どうなりますか?」と投げかけた。そう言われて初めて、私は自分が「要するに」という言葉を繰り返し口にしていたと気がついた。そして、「“要さずに”言ってみると?」と尋ねられたことで、そこに省略している、じっくりと見ていない、または、無意識に見ないことにしていた“何か”の話につながっていったのだ。
“ただ湧き上がってくるもの”に、
いいも悪いもない
「人間には“自覚している自分”と、その人の“中にいる自分自身”が存在しているんです。自覚している自分というのは、“演出している自分”といったら言いすぎかもしれませんが、外から見られている自分です。でも、僕が尊重したいのは、“中にいる人”。その人が何を言っているかということに注意を向けています」
尹さん自身、子どもの頃から、自分のなかに、自覚している自分とは違う自分の存在を感じていたという。それゆえ、人というものはわかりやすいものではなく、「整理のつかない振る舞いのなかにこそ、その人のどうしようもなさが表れている」と感じていた。
「人間って自分で思っている以上の自分というのがあるはずで。社会的な視点で自らを見て“自分ってこんなもの”と考えているけれど、本当は違う部分があるのではないかって、僕は思っているんです。本当にそうなの?って思ってほしいというか。
人間って収まりがいいところだけじゃない。いろんなはみ出し方とか、にじみ出ることとか、あると思うんです」
はみ出し、にじみ出るものが、暴力性や虚栄心、寂しさ、妬みなどであったり……、またそんな名前さえもついていない得体のしれないザワザワとなって湧き上がってくることもある。それらは、ネガティブな、できれば自分の中にはいてほしくない存在だと多くの人は思うのではないか。
「ただ湧き上がってくるものに、いいとか、悪いはないんですよ。自分の子供時代を振り返った時、大人に『何か思ってることがあるなら、言ってごらんなさい』と言われて、実際に言うと怒られたって経験はありませんか。あれってすごく不当じゃないですか。でも、人は大人のそんな行動から無意識のうちに学んで、自分自身に対しても同じことをやってしまうようになるんですよ」
つまり、世間から見た時に褒められたものではない(と自分が考える)感情が湧いてきた時、大人からされたことを真似して、その感情があることは悪いことだと、自らに対しジャッジしてしまうというのだ。たしかに、湧き上がってくる感情を恥じて見ないふりをして押し込めたり、責めて自己嫌悪に陥るような経験は、多くの人に覚えがあるのではないかと思う。
そんな心の動きを、「世間では社会化というが、自分に対して社会化する必要があるだろうか」と、尹さんは問いかける。そして、社会的な視点だけでは語りきれない人間の多様さに眼差しを向ける。
「人はそれぞれ、『人間やってます』って“てい”で生きているけれど、内側には人間になりきらない何かを持っているんですよ。
動物界には、夜行性も入れば草食系もいる。変わったものしか食べない動物もいますよね。あれと一緒です。外側は人間でも、中の生態はそのくらい幅広くバラバラだと思うんです。そして、そんな自分の生態のことを、誰かにわかってもらえるとは思ってないし、本人もそれが何なのかわかっていない。でも僕は、そこに面白さを感じるし、興味があるんでしょうね」
社会的な枠に押し込まれて、言い分を聞いてもらうことも、居場所を与えることもされてこなかったさまざまな感情や生態たち。外側からは見えにくい、そんな多様な感情や生態に関心を向け、尊重し、ディテールをじっと聞く。そんなあり方は、「わかる」と共感されるよりも、「なるほど」と理解されるよりも、人の奥深いところに響いていくのではないか。だから人は、尹さんの前に座り、話し続けるのだろう。
●インタビューセッション
尹雄大さんが主宰する「聞く」セッション。約90分間、1対1(またはペア)で、対面・オンライン・散策のいずれかの方法で行われる。問題の解決を目的にせず、ただ聞いてもらう過程で、「自分が何者であるか?」を純粋に探求する時間となる。特に、自分の話したいことややりたいことの核が見えない人、自身が体験したことの整理がつかない人、深く潜るような話をしたいけれど、話す機会もなく、身近な人に聞いてもらえない人におすすめのセッション。
https://nonsavoir.com/archives/3585
『モヤモヤの正体 迷惑とワガママの呪いを解く』
(ミシマ社)/1980円(税込)
共感、個性、協調性、正しさ、「みんなが…」、などの言葉で現代人が陥る罠を解明し、身体に根ざした、本当の自信を取り戻す。
『体の知性を取り戻す』
(講談社現代新書)/902円(税込)
あらかじめ体に装備された力とは何か?どうすればそれを取り戻せるのか? 武術体験から体に眠っている能力の引き出し方を明かす。
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尹雄大さん
ゆんうんで/インタビュアー・ライター。1970年神戸生まれ。これまでに政財界やスポーツ、研究者、芸能人、アウトローなど約1000人にインタビューを行ってきた。その経験を活かし、2017年よりインタビューセッションや公開でのインタビューイベントなどを開催。
主な著書に『さよなら、男社会』(亜紀書房)、『異聞風土記』(晶文社)、『モヤモヤの正体 迷惑とワガママの呪いを解く』(ミシマ社)、『脇道にそれる』(春秋社)、『やわらかな言葉と身体のレッスン』(春秋社)、『体の知性を取り戻す』(講談社現代新書)、『FLOW 韓氏意拳の哲学』(冬弓舎)』などがある。
https://nonsavoir.com/
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