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ひきこもりは太古の昔からいた? カルフーンの動物実験が明かす衝撃の可能性

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Photo by Pixabay

 文・ぼそっと池井多

 

ネズミたちのユートピア

アメリカの動物行動学者ジョン・B・カルフーン(*1)は、飼育箱の4つの居室に、それぞれ8匹ずつオスとメスの実験用のネズミを放った。

 

*1. John Bumpass Calhoun (1917 - 1955) : 姓の日本語表記を「カルホーン」としている専門家もいるようだが、以下のサイトによれば長母音は food の[oo]と同じとしているので、カルフーンが正しいと思われる。

How to Pronounce Calhoun - PronounceNames.com
https://www.youtube.com/watch?v=iHms6BgzIu0

 

4つの居室は橋でつながっていて、ネズミたちにとっては、ちょうど4つの空間に分けられた1つの「社会」のようになっている。

この飼育箱に最適な生息数は48匹である。

放たれたのはそれより少ない4X8=32匹だったので、この「社会」はネズミたちにとっては伸び伸びとした成育環境であった。

しかも餌と水はつねに補給されるので、いつでも好きなだけ摂取できる。

つまり、ネズミにとってはこれ以上は考えられないほど恵まれたユートピアを設定したわけである。

カルフーンはこの小さなネズミ社会で、ネズミたちの行動がどのように変化していくかを16ヵ月にわたって観察した。

 

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ネズミたちの実験装置とジョン・カルフーン  写真・Wikimedia

闘い始めるネズミたち

予想通り、どの飼育箱でもネズミたちは繁殖しはじめ、12ヶ月で倍増して、大人ネズミの数は80匹になった。

これ以上はネズミにとって過密な生活環境となる。そこで、80匹を超えた分については、生まれたての子ネズミなどが飼育箱の外に出された。ネズミ社会から消されたわけである。

 

この理想的な環境で、ネズミたちはそのまま穏やかに暮らしたかというと、そうではなかった。

まず大人の雄ネズミ同士が闘いを始めた。

誰がボスとなるかを決める権力闘争である。

 

最初に放たれた1世のネズミだけでなく、そこから生まれた2世や3世の子ネズミたちも、生後6か月になると闘争に参加した。

やがて半数以上が闘争から離脱し、雄ネズミたちの間には階層ができていった。

それによって、4つの居室の中にも、力の強い雄ネズミの統治する、比較的に人口密度の少ない快適な「家族の部屋」から、多くのネズミがやってくる密集した「広場の部屋」まで、ばらつきが出るようになった。

 

雌ネズミの中には、「家族の部屋」のボスである雄ネズミに囲われた「家持ちのメス」と、そうではない流れ者の「広場のメス」とができた。

家持ちのメスは良き母となった。

妊娠すると、熱心に出産準備にとりかかり、居室に散らばっている紙片をかき集め、巣作りに余念がなかった。出産後も子ネズミの世話をよく見た。

こうして「家族の部屋」で生まれた子ネズミの死亡率は50%にとどまった。

 

一方、「広場のメス」は、流れ者のオスの性の対象とされた。

妊娠率は「家持ちのメス」と同じだったが、広場のメスは母性行動がうまくできなかった。巣作りが進まないし、全く巣作りをおこなわず、出産の際にも飼育箱の底のおがくずにちょくせつ子どもを産み落とす雌ネズミも現れた。

子どもを産んだあとも世話が下手であり、子ネズミを運ぶときによく落とした。落とされた子ネズミは死んでしまうか、他の大人ネズミに食べられてしまう。

このため「広場の部屋」の子ネズミの死亡率は96%となった。

 

「ひきこもり」の誕生?

このように、雌ネズミは子ネズミの死亡率によって行動の異常性を測ることができたが、雄ネズミの方はその異常性を的確に示す指標を見いだすことが難しかった。

 

雄ネズミはA, B, C, D, E と5つのタイプに分かれていった。

A と B は支配する雄ネズミであり、これらの示す行動がいわゆる「ふつうの」ネズミにいちばん近かった。

そのうちAは、自らの闘争の末に居室のボスとなった雄ネズミである。いわば一国一城の主といえよう。

Aは好戦的な性格とは限らない。むしろ自分から攻撃を仕掛けることは少なく、もっぱら守りに徹していたからこそ城が持てた、という場合が多かった。

 

Bは、 一国一城を持つまでには至らなかった、いわば野武士の棟梁のような雄ネズミである。Aに比べると地位は不安定であり、すぐ他の雄ネズミとの闘争が起こり、地位を取って代わられることが多い。

 

Cは、愛に飢えた雄ネズミである。相手が雄であろうが雌であろうが、はたまた子ネズミであろうが、すぐ求愛行動を仕掛ける。ただし活動性は穏やかである。支配する上位の雄である A と B から攻撃を受けても、戦いを受けて立つことはほとんどない。いわば浮名を流す詩人タイプの雄ネズミであろうか。

 

Dは、カルフーンが「探り屋(prober)」と名づけた、奇妙な雄ネズミである。闘争をせず、弱虫であるくせに動きが活発である。相手かまわず求愛してしまう。ただしCと異なり、Dは執拗である。

メスを求めて、Aが支配する家族の部屋の入口から中をうかがう。とうぜんAに睨まれて退散するが、懲りずにまた同じことを繰り返す。

 

そしてEタイプの雄ネズミは「ひきこもり」である。

闘争に参加しないため、怪我もせず毛も抜けることがないので、外見上はツヤツヤしていて、いちばん健康的に見える。

ところが、このEが闘争しないのは、平和主義という信条からというよりも、他のネズミと関わりを持ちたくない非社会的な性格だからのようである。

巣にこもったまま出てこない。

共用スペースに出てきて他のネズミと一緒に食事することもない。

しかも飲み食いをしたり動き回るのは、他のネズミが眠っている間である。

他のネズミに会っても反応しない。

メスに関心を示すこともない。

他のネズミからも無視され、ネズミ社会の中で孤立している。

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ジョン・B・カルフーン(1986年)Photo by Wikimedia

 

人間行動への応用は

このような実験で観察されたネズミの行動の変化を、カルフーンは「行動の沈下(Behavioral Sink)」と命名した。

カルフーンは、ネズミの種類や数、檻の大きさなど条件をさまざまに変えて同様の実験を何年にもわたって繰り返した。

なかでも、もっとも有名な実験である「ユニバース25 (Universe 25)」では、ネズミの個体数は2,200匹でピークを迎え、その後はさまざまな破壊的な行動をとるようになり、600日目には絶滅の危機に瀕していた。

カルフーンの実験は、食糧の確保に苦労していた太古とちがって、もはや飢えることのない文明の繁栄を謳歌している人類の行く末を占うものとして、1970年代には多くのサイエンス・フィクションなどに採り入れられ言及されたが、やがて省みられなくなっている。

ネズミを使った実験の結果がどの程度、人間の行動を解き明かすのに役立つかはわからないが、人間の社会における「ひきこもり」などの行動は、なにも近代や資本主義の産物などではなく、人類が誕生した当初から超歴史的に存在したことを示す可能性もあるのではないだろうか。(了)

 

 

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参考サイト (2021.01.07閲覧)

本記事は学術論文ではないので、正確さよりも読みやすさを優先した。

正確な資料を求める方は、次のサイトを参考にしていただきたい。

 

  • 「都会の隣人を愛しなさい」

    https://www.tohoku-gakuin.ac.jp/research/journal/bk2011/pdf/bk2011no02_05.pdf

    東北学院大学の社会心理学者、吉田信彌氏が学生向けにわかりやすく書いたと思われる、カルフーンの実験に関わる小論。

 

<プロフィール>

ぼそっと池井多 東京在住の中高年ひきこもり当事者。23歳よりひきこもり始め、「そとこもり」「うちこもり」など多様な形で断続的に35年ひきこもり続け現在に到る。VOSOT(チームぼそっと)主宰。2020年10月、『世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現』(寿郎社)刊。

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