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更新日:2024.12.15 / 掲載日:2024.12.13
いじめ報道に苦しむ日産 -後編-【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】
文●池田直渡 写真●日産
さて、前回は「日産は消滅の危機にある」かの様な報道の嘘についてと、なぜ日産の利益が激減したのかについて説明した。
▼前回の記事はこちら
もうひとつ、よく見かけるのが「日産はEVに全振りして失敗した」という説がある。これも嘘である。
日産は確かに世界に先駆けて、2011年に電気自動車リーフを発売した。リーフは当時のスマートグリッド構想の一部であり、つまり原発の夜間余剰電力を安価に利用してエネルギーを賢く使うシステムの一部だったのだが、極めて不運なことに発売3ヶ月後に東北大震災が勃発。日本全国の原発が沈黙した。
二階に上げて梯子を外されたリーフは、漂流を余儀なくされ、販売的に失敗した。ただし、莫大なEVの開発コストも回収しなくてはならない。日産という会社は伝統的に内部派閥の対立が激しい。EV派閥の人はリーフのシステムの流用を嫌がり、ずいぶん抵抗したと聞く。それでも手弁当の部活動としてリーフのシステムを使った新しい製品として生み出されたのがe-POWERシリーズである。
電気自動車の駆動系をそのまま用いて、バッテリーの代わりにエンジン発電機で発電して走らせる。日産はハイブリッドと呼ばれることを嫌がり「全く新しい電気自動車」だと主張していたが、まごうことなきストロングハイブリッドである。世の中にはシリーズ型ハイブリッドとして知られている。
現在の日産の屋台骨を支えているのはこのe-POWERであり、e-POWERが売れることで主要コンポーネンツの量産効果が生まれる。つまりEVの構成部品の原価低減が進むのだ。売れているので開発費割り当ての優先順位も高い。e-POWERが進化すれば同時にEVも進化する。雑な扱いを受けながら誠に孝行息子である。
現在欧州系のメーカーはオールEV化が座礁し、慌ててハイブリッド(HEV)やプラグインハイブリッド(PHEV)の開発に切り替えているが、日産はすでにそのフェイズを2016年に終えて、e-POWERとEVの相乗効果が狙えるところまで進んでいることを忘れてはいけない。「EV全振りで出遅れ」などという報道は、自らの無知を喧伝して回っている様なものである。
ただし日産自身にHEV戦略の誤りもあった。2016年にできていたe-POWERをこの期に及んで米国に投入していない点である。なんと昨年の中期経営計画で2025年の投入が発表されていたので、遅きに失するにもほどがある。もちろん米国の主力はインフィニティブランドの中大型セダンとSUVなので、小型車向けのe-POWERがそれにマッチしないという理屈はわからないでもない。エンジンルームにエンジンとインバーターとモーターを詰め込まなくてはならない都合上、大型用のパワートレインにするのが難しい。しかし、米国では現実的にセントラやヴァーサ、ローグ、キックスなどCセグクラスの車両も売っているわけで、投入できる技術をいつまでも先送りにする意味はない。
内田CEOは「言い訳になるが、昨年の時点で米国でのHEVシフトが急速に上がってくる状況は読めていなかった」と言うが、あるものを投入するだけでそこまで慎重になる必要はないし、テスト的に導入して、ポテンシャルを試す方法はいくらでもあったと思う。
さて、では日産自身の再生プランはどうなっているのかを検証していく。内田誠CEO就任直後の2019年、日産は「NISSAN NEXT」を発表し、グローバル生産能力を、年産720万台から、「最大で600万台、通常時540万台」に削減した。インドネシア工場の閉鎖も含んでいる。
日産による再生プラン
- ・2026年度までに年間350万台の販売でも持続可能な収益性とキャッシュを確保できる体制に会社を変革
- ・固定費を3,000億円(2024年度比)、変動費を1,000億円(2024年度比)削減
- ・グローバルで生産能力を20%削減し、人員数を9,000名削減
- ・販売費および一般管理費の削減、製造原価の低減、会社資産の合理化、設備投資および研究開発費の優先度見直し
今回の日産上半期決算での内田CEOの説明によれば、現状、日産の販売能力は350万台程度。5年前の「NISSAN NEXT」で設定した540万台の能力は現在の実力に対して高すぎる。
しかしその前に、日産は、まず350万台で利益が出る形にスリム化しなくてはならない。販売の実力に合わせて、コスト構造を改善しないと、出血多量で死んでしまう。日産は固定費3000億円と変動費1000億円の削減を計画し、年産350万台で事業が継続できる形への構造改革を行う。
ただし、スリム化のために会社の多くの機能を削ぎ落としてしまうと。本当に350万台の規模の会社になってしまう。かつてはトヨタと双璧を成した日産としてはそれで良いとは言えない。とすれば、ひとまず350万台に絞った後に反転攻撃に出られるような再生プランが求められる。
すでに2019年に大幅なカットを断行しているので、これ以上の資産整理を避けつつ、売り上げに合わせたコストダウンを断行する必要があるのだ。
具体的には、日産はラインの速度を落とす。つまり現在の540万台キャパの設備をゆっくり動かして、350万台に能力を落とす。設備の減価償却はすでに固定費で落としようがない。とすれば他の要素で落とすしかないだろう。ラインをゆっくり回す前提ならラインに配備する人員を減らせる。グローバルで9000人のリストラはこの削減を意味している。
整理しよう。日産はラインのスロー化で、現在の販売力に釣り合った350万台体制に生産能力を調整する。その際、人員を削減して、コストを落としていく。これが日産の再建プラン「ターンアラウンド」の中心部分である。
さて、ダイヤモンド・オンラインは、「首脳陣総退陣は不可避」などと騒ぎ立て、内田社長後継候補を云々しているが、筆者は内田CEOの就任以来、戦略策定に関して、大きく判断を間違ったことはないと思っている。むしろ策定したプランが内部摩擦で実現していかないことこそが真の問題であり、日産の派閥抗争体質が改善され、一丸となって戦う体制ができない限りは、短期政権が次々に交代していく未来しか見えない。いい加減足の引っ張り合いをやめて、協力する体制に移行しないと、本当に厳しい未来が待っているかもしれない。