「Pixie Dust」に「Fairy Lights in Femtoseconds」といった、見る人をアッと驚かせる作品を次々と生み出してきた落合陽一さん。現代の魔法使いと呼ばれメディアアーティストとして活躍する一方で、筑波大学の助教としての顔も持っています。今回は、彼が教鞭をとる筑波大学のデジタルネイチャー研究室を訪ねました。さて、どんな研究と授業が行なわれているのでしょうか?
メディアアーティストが研究をする理由
ギズモード・ジャパン編集部(以下、ギズ) メディアアーティストである落合さんが、芸大ではなく情報系の大学教員をしているのは、なぜでしょうか?落合陽一さん(以下、落合) まずメディアアートについて説明すると、メディアアートって、工学的な発明にインスタレーションが加わったものが、芸術として成立するようになったときに出てきたんです。そして、肥大化するメディアテクノロジーに対して、それらを受け入れるにはどうしたらいいかという批評活動を、作品を通じてずっとしてきたんですね。だけど1990年代以降に、世の中のあらゆることにコンピューターという存在がふくまれるようになってくると、批評可能か不可能かということを超えてコンピューターが存在するようになる。そんな現代におけるメディアアートってどういうものかというと、工学的発明×インスタレーションという原型に立ち戻った現代アート表現になると思うんです。それまでのようなメディア装置に対する批評性というものが、なくなってきているんですよね。
そうすると、メディア的発明をふくんでいるような装置を作ること自体がメディアアートとして成立するようになります。僕たちの研究室では、それをやっています。より工学的な研究スタイルと、芸術的な文脈というのが近づいているのが今のこの世界だと思いますから。
ギズ 作品を通して世界のとらえ方を再構築するということですね。落合 再構築の繰り返しをメディアアートとしてやっています。そこにどのような表現を乗せていくのかは関係なく、メディアを作り続けることで、今ある人間とメディアのあり方を批評し続けるのは面白いと思うんです。そして、それは極めて工学的なことです。ギズ 出来上がるものとしては工学的ですが、事象として見ると予言的でもありますね。そうなると、ふだんの授業の中でも工学的な部分に加えて、文化史や哲学といった人文系のことに触れていくこともありそうですね?落合 そういったものも、ちょくちょく出てきます。だからウチの学生は大変ですよね。何を言っているかわからないもんね(笑)鈴木健太さん(学生) 時々わからなくなります。工学系の先生で哲学とか思想的なことまで語る先生は他にいないですから。仏になりますか? 人間になりますか? それとも鬼になりますか?
ギズ 大学でされている、落合さんの授業について教えてください。落合 大学の教育には授業とレポートって概念がありますが、それってムダが多いと思うんです。授業に来ている人たちはそれぞれ目的が違いますから。ある人は寝たいから来ているかもしれないけど、別の人は授業を聞きたいから来ている。友だちに会いたいから来ている人もいる。だから、とりあえず僕の授業では仏コース、人間コース、鬼コースの3つに分けています。仏コースは単位だけが欲しい人が絶対に単位が取れるようにできています。何人でもいいのでグループを組んで、週に2本論文を読んで、その発表スライドを出します。15人ぐらいのグループを作れば秒殺ですよ。人間コースはちゃんと勉強して単位が取りたい人向けで、週に1本論文を読めばいいです。鬼コースは週に25本論文を読みます。
ギズ え! 週に25本も!落合 鬼コースはプロで、人間コースが普通、仏コースはただのヒマ人。でも、ヒマ人も正しいんですよね。時間を他のことに使いたいわけだから。でも鬼コースは鬼コースで正しくて、好きなことを追求するためにやっている。でも、みんな単位を与える基準は大体一緒。別に鬼コースだからAになるわけじゃないんです。提出されたレポートを全部pdfにしてネットで公開すると、1週間で9,000人ぐらいの人が見ます。これ、レポートが教員の机の中でムダにならなくていいですよ。あと、ツイッターでハッシュタグをつけて議論をすると、高校生が混じっていたりするんですよ。ニコ生で授業を公開したときは1,000人ぐらい見ますね。そういうことをしていくと、世の中での大学の立ち位置が変わると思います。
今年の目標は空間にハードウェアを召還すること
ギズ 作品を作るときの問題設定の仕方や、そこから生まれた発想から作品に向かって行くときのプロセスはどのように決めていますか?落合 僕の場合は年間テーマがあって、今年はハードウェアアーキテクチャーのソフトウェア化。この物理空間にどうやってソフトウェアを作るかってことなんです。だって、この空間にコピー&ペースト!ってやりたくても、コピーする道具もペーストする道具もないし、ファンクションもない。それをどうすれば作れるか、気になりますね…!
ギズ 「Pixie Dust」なんかは、スクリーンをどこにでも出すためのツールですよね?落合 その次の発想です。Pixie Dustでマルチメディアは脱ハードウェア化したんですよ。音も収束させられるし、モノも浮かせられるしFairy Lightsで、物質と映像の壁も若干崩れたんです。次はこのハードウェア自体をどうやって物理現象として召還するかということなんです。ですから、今年はハードウェアが瞬間的にここに出てくるような装置を作っていきますよ。落合 人間ってコンピューターのことをあまり意識しないけど、コンピューターって形がある世界だと思うんですよね。これが普及し終わったあと、コンピューターを人体に組み込んだり、この辺にあったデジタルじゃなかったものがコンピューター的に形を変えたりして、いつか形が完全に消滅したりするはずなんです。デジタルとアナログが融合していくと、訳のわからないものが総括的に出てきます。今アナログなものをデジタル化することって結構みんな考えるんだけど、ウチの研究室は、そういうことはできるのが前提で、じゃあこの先は人間とコンピューターってどんな関わり方をするの?ってことを考えています。たとえば電子音楽を例に取ると、今まではコンピューターを人間が演奏していたけれど、今はコンピューターが人間を演奏することだってできます。人は何もせず、コンピューターが音を出して、何のトレーニングもしていない人たちを歌わせるんですね。これからはコンピューターが人間を操作することもありえる。そうなってくると、人間とコンピューターの関係性が変わってきますよね?
魔法使いの実験場、デジタルネイチャー研究所はこんな場所
他にもここには書ききれないぐらいの盛りだくさんなお話を伺ったあと、構内にあるいくつかの研究室を案内していただきました。工学研究の現場はIT化によって大きく変わっています。研究室には3Dプリンターやレーザーカッターがあり、実験に必要な器具をカスタマイズして作ることができます。基板も専門のウェブサービス注文すればで数日で届くので、締め切り間際に発注することもしばしばあるとか。
作業場には回路とケーブルがたくさん。2011年の作品「Cyclone Display II(サイクロンディスプレイ)」の部品の他に、素人目には何に使うのかわからない機器や試作品もありました。
棚に飾られているものを見ると、落合さんの人となりが伺える気がします。もちろん、論文も山ほどありますよ。
こちらは2013年に発表された「Colloidal Display(コロイドディスプレイ)」です。冒頭の動画でもデモの様子が撮影されています。
デジタルネイチャー研究室は、落合さんの思想をメディアアート作品に転換するために最適化された現代の錬金術の実験場でした。そして、ユニークでオープンな授業が行なわれ、Maker的なテクノロジーを思う存分活用できる場でもあります。この先、コンピューターと人間の関係が変わり、時には逆転する時代が来た時、世の中はどうなっているのでしょうか? それを予言する作品が、この先もデジタルネイチャー研究所から生み出され続けるに違いありません。
(取材・執筆:高橋ミレイ/まんが:田丸こーじ/撮影:鴻上洋平/動画編集:kazoomii)