7月29(金)に公開されてから2週連続で全国映画動員ランキング1位となった「シン・ゴジラ」(庵野秀明総監督、樋口真嗣監督/東宝)がすこぶる評判がいい。とにかく面白い! 凄い! と口こみの勢い激しく、リピーターも後を絶たない(私も2回観た)。
15日には新宿バルト9で「発声可能上映」(声出し、コスプレ、サイリウムの持ち込み可能)という前代未聞のお祭り的上映も行われるほどの盛り上がりを見せている。

映画の熱と腕力の強さに巻き込まれた観客の熱狂的な賞賛だらけの中で、なぜか一点だけ評価が低いのが石原さとみ演じるカヨコ・アン・パタースンンという日系3世の米国大統領特使だ。
「シン・ゴジラ」石原さとみを余計なお世話だが全力で擁護する
イラスト/小西りえこ

ゴジラ出現に当たりアメリカから日本にやって来たカヨコは、大統領の座を狙っている才媛で、そんな彼女の評価は、英語の発音がルー大柴みたい、動作が漫画っぽい、うざい、など散散。
そのうえ最近、もうひとりの女性キャラ環境省自然環境局野生生物課課長補佐の尾頭ヒロミ(市川実日子)の人気が急上昇。石原さとみに関して、英語の発音に関する擁護記事や、カラダにフィットした衣裳のためにケータリングを食べないストイックさなどを明かした記事なども出ているが、尾頭の身だしなみにこだわらない早口の勉強家という萌え要素には叶わない。演じている市川実日子は、庵野監督の「キューティーハニー」(04年)にも重要な役で出演していて庵野の信頼も厚いだろうと思われるだけに、石原さとみは分が悪い。

だが、みんな、昨年(15年)「進撃の巨人」公開時、樋口監督発言が炎上騒ぎになったとき、石原さとみが大人の対応コメントをLINEで発して喝采したことを忘れてしまったのか。
その時のコメントはコレ。

「映画というものはその人の育った環境や情報、知識、体調や心のバランスなどで感想が変わってくる。だから、どんな意見や感想も間違いじゃないし正しいと思います。そして、監督やキャストをはじめとする制作チームは、面白い作品を作ろう、観てくれる人に楽しんでもらおうと頑張ってきた。映画のレビューを書いてもらうのはもちろん嬉しいけれども、まずは自分の目で身体で心で体感しに行ってもらえたらと思います!」

今、読んでもいいことおっしゃっています。

もちろん、人間性と演技は別という考え方もあるとはいえ、石原さとみは「シン・ゴジラ」で俳優としてちゃんと仕事をしている。さながら内閣官房副長官・矢口蘭堂(長谷川博己)や内閣総理大臣補佐官・赤坂秀樹(竹野内豊)や対策本部の人々、お茶を入れてくれるおばちゃん(片桐はいり)の出番の前にさりげなく映っているゴミ回収している人(こういう人をちゃんと描いているところが好き)や逃げ惑うエキストラの人たちなどなど、ものすごくたくさんの登場人物たちと同様、自分のやるべき仕事を全うしているのだ。

そもそも、カヨコが、リアルな女性政治家を体現した人物だったら、サッチャーとか田中眞紀子になっちゃうぞ、いいのか。そのポジションは余貴美子が引き受けているから(小池百合子的な役割で)これ以上要らないだろう。
といって、真に知的で上品な美人をキャスティングしたら、観客は萎縮してしまうだろう。そして、たちまちカヨコの場面は堅苦しく停滞してしまうだろう。地味なスーツや作業服の男ばかり、ゴジラの皮膚はデコボコ、街は瓦礫の山・・・そんな中で、あのつるっと白い肌、ふわっと巻いた髪、エレガントなカラダのライン、ぷるぷるの唇がいわゆる一服の清涼剤となる。そして、どんなときでも声を張って前向き。清潔感、明るさを一手に引き受けている石原さとみは、「シン・ゴジラ」における「命の輝き」および「個」の象徴だと思う。

あの大人数のなかできれいな足を剥き出して堂々としている精神性は賞賛に値するが、集団意識の高い日本人の中で、ただひとり「個」を主張する彼女は標的になってしまう。「シン・ゴジラ」に魅入られ絶賛する観客が、褒めすぎてもアレだから一箇所くらい批判しておこうと思ったとき、そこにいるのが石原さとみなのだ。だってひとり目立っているんだもの。

それは石原さとみのせいじゃない。彼女は徹底して作品に身を捧げているだけだ。作品が、監督が、求めることを必死で守っているのだ。まるで「あなたは死なないわ。私が守るもの」(みんな知ってる綾波レイの名台詞)的献身ではないですか! そして、僕を翻弄しつつも助けてくれる女の子が、とっても頑張り屋さんだってことを僕だけが知っている。そういうパターン、好きですよね、男子。だから、みんな、石原さとみも好きになろうよ!

石原さとみは凄いのだ。朝ドラ女優でもあり(現在「てるてる家族」が再放送中)、月9女優でもある(「リッチマン、プアウーマン」「失恋ショコラティエ」「5→9 私に恋したお坊さん」など)という全国区に認知されている一方で、日本を見つめ続けた作家・つかこうへいの舞台「幕末純情伝」では沖田総司(が女だったという設定)を堂々と演じ、同じく日本を見つめ続けた井上ひさしの遺作「組曲虐殺」では小林多喜二の愛した女性を演じるというレンジの広さ。カヨコも日米の歴史的問題を象徴する存在でもあった。そして忘れてはならない。始球式におけるマサカリ投法やトルネード投法への果敢なる挑戦。

余談だが、井上ひさしは彼女に「田中絹代の声に似ている」と言ったそうだ。
昭和を代表する映画女優・田中絹代は日米親善使節として渡米後、すっかりアメリカナイズされたことからファンが離れてしまい、しばらく女優として低空飛行だったが、溝口健二監督との仕事で華麗なる復活を遂げる。
石原さとみも批判なんてはね飛ばして、これからも男子を守ってくれるだろう。なんなら、巨大化したカヨコとゴジラに戦ってほしい。
(木俣冬)
「シン・ゴジラ」石原さとみを余計なお世話だが全力で擁護する
劇場版パンフレット 850円

12年ぶり、29作目のゴジラ。1954年に誕生してから多くのファンに愛され、ハリウッドでも映画化されるほどの人気の「ゴジラ」シリーズに、社会現象にもなったアニメーション「エヴァンゲリオン」シリーズの庵野秀明と日本特撮界の雄・樋口真嗣が挑んだのが「シン・ゴジラ」。
ストーリーはシンプルで「ゴジラ」初心者でもとっつきやすい。海から突然表れ、東京に上陸し、街を破壊しはじめた巨大不明生物(ゴジラ)に、政府が緊急対応する様がスリリングに描かれる119分(2時間切ってる潔さ)。ゴジラの造型が凄い(中の人は野村萬斎というサプライズ性)。ゴジラの対応に追われる政治家や官僚、研究者たちのやりとりが凄い。ゴジラを倒す作戦が凄い。なにより3.11以降の日本を映し出している・・・と娯楽視点と社会派視点がみごとにマリアージュされた秀作。ビジュアル的にも脚本的にも密度が濃く、集中力を途切れさせることなく一気に見せる。

劇場版パンフレット 
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