社会科学入門2024後期10研究方法(4)実験:『ファスト&スロー』と行動経済学

研究方法(4)実験:『ファスト&スロー』と行動経済学

イメージ:ステレオの実験


本日のストーリー。
ダニエル・カーネマン『ファストと&スロー』原著2011å¹´、邦訳2012å¹´。のち文庫化。
認知心理学者なのにノーベル経済学賞。この本は彼の集大成。
カーネマンの影響を受けてセイラーが「行動経済学」の旗振り役となってノーベル経済学賞。
サンスティーンと共同で書いた『ナッジ』が企業や公共政策に大きな影響を与えた。
経済学に認知心理学的な実験を導入した点で画期的。
▶ダニエル・カーネマン『ファストと&スロー』を読む

■「速い思考」と「遅い思考」(自動システムと熟慮システム)
(1)速い思考:自動的に高速で働き、努力はまったく不要か、必要であってもわずかである。自分の方からコントロールしている感覚は一切ない。動物に共通する先天的なスキル。
スイッチオフできない。バイアス(ある特定の状況で決まって起きる系統的エラー)がある。認知的錯覚もある。リスクやチャンスに素早く反応すれば生き延びる可能性が高まる。
(2)遅い思考:複雑な計算など頭を使わなければできない困難な知的活動にしかるべき注意を割り当てる。代理、選択、集中などの主観的経験と関連付けられることが多い。速い思考の衝動を抑える仕事。セルフコントロール。認知的に忙しいときは、うまく働かない。基本的に怠け者。

■「速い思考」の特徴
(1)プライミング効果
連想活性化、連想一貫性。
プライム(先行刺激)が私たちを誘導する。
(2)認知容易性:慣れ親しんだものが好き

→バイアスを生む

認知しやすいと気分がよくなる。慣れ親しんだものは好きになる。これが単純接触効果。
反復的接触→安全
上機嫌、直感、創造性、だまされやすさ←速い思考
(3)基準を持っている:「私は妊娠したらしく、毎朝気分が悪い」という男。0.2秒でぎょっとする。
因果関係の自動探索:因果関係の印象を受けやすい。
事象に意志を見いだす傾向がある。
統計的な推論かをすべき状況で因果関係を不適切に当てはめようとする傾向。
(4)結論に飛びつくマシン(連想マシン):自分が見たものがすべて
確証バイアス。「遅い思考」が忙殺されると「速い思考」で何でも信じてしまう。
ハロー効果(後光効果)。ある人を好きなとき、その人のすべてを、自分の目で確かめていないことまでも好きになってしまう。逆もある。
活性化された情報のみを取り出す。
「自分が見たものがすべて」となると、手持ちの情報だけでこしらえたストーリーのつじつまが合っている(整合性)から自信を持ってしまう。手元の情報が少ないほどストーリーは作りやすい。
→自信過剰・フレーミング効果・基準率の無視
(5)メンタル・ショットガン(散弾銃):日常モニタリングによる過剰な情報処理。人の見た目と頭のよさ。異なる単位のレベル合わせができる。
(6)質問の置き換え。もともと答えるべき質問を「ターゲット質問」と呼び、代わりに答える簡単な質問を「ヒューリスティック質問」と呼ぶ。「絶滅危惧種を救うためにいくら寄付するか?」に対して「瀕死のイルカを見かけたらどんな気持ちになるか?」に置き換える。
感情ヒューリスティック。感情に左右されやすく、「遅い思考」が「速い思考」の保証人になってしまう。

■ヒューリスティクスとバイアス
ヒューリスティクスとは直感的思考が取る単純化された近道(バイパス)。近道の解決法。
(1)少数の法則:統計に関する直感はしばしばまちがっている。標本サイズが小さいと大きい場合より極端なケースが発生しやすくなる。このことを無視してしまう。この背景には、標本サイズが小さくても抽出元の母集団とよく似ているはずだからかまわないというバイアスがある。
「私たちは、人生で遭遇する大半のことはランダムであるという事実を、どうしても認めたくない」その結果、自分を取り巻く世界を、テータが裏付ける以上に単純で一貫性のあるものと捉えてしまう。偶然の事実を因果関係で説明しようとすると必ずまちがう。
(2)アンカリング効果(係留効果):ある道の数値を見積もる前に何らかの特定の数値を示されるとき生じる。数字による暗示。「速い思考」は、アンカーが現実の数字になるような世界を構築しようとする。アンカー率55% でたらめなアンカーでも効果。これを防衛するには反対のことを考える。
(3)利用可能性ヒューリスティック(手近な例には要注意):記憶から同種の例を呼び出し、それがたやすくスムーズに呼び出されるようなら、そのカテゴリーは規模が大きいと判断する。「事例が頭に思い浮かびやすさ」で頻度を判断しがち。目立つこと、体験したこと。たとえばチームで仕事をする場合、自分の方が他のメンバーより頑張っており、他のメンバーの貢献度は自分より小さいと考えがち。
(4)感情ヒューリスティック「感情というしっぽは合理的な犬を振り回す」自己増殖的連鎖によるパニックや政府介入。ニュース。
(5)代表性ヒューリスティクス:ステレオタイプとの類似性。もっともらしさは起こりやすさではない。
(6)平均への回帰:「ほめると下手になり、叱るとうまくなる」は本当か。ランダム事象につきものの変動に因果関係を当てはめてしまう。

■自信過剰
自分が知っていると思い込んだことについて過剰な自信を持つこと。自分の無知や自分が住む世界の不確実性の度合いを理解するに無能なこと。
(1)わかったつもり(後知恵とハロー効果)
知っていることが少なく、パズルにはめ込むピースが少ないときほど、つじつまの合ったストーリーをこしらえやすい。
後知恵バイアス。過去の自分の理解や意見を正確に再現できないので、過去の事象に対して感じた驚きを後になって過小評価することになる。「私はずっと知っていた」効果。実際にことが起きてから、それに合わせて過去の自分の考えを修正する。強力な認知的錯覚。
(2)妥当性の錯覚(自信は当てにならない):スキルの錯覚。世界は予測不能なのだから予測エラーは避けられないはずなのに。
(3)直感対アルゴリズム(専門家の判断は統計より劣る):訓練を積んだ専門家の主観的な印象に基づく臨床的予測・対・ルールにもどつく数項目の評価・数値化による統計的予測。2対3。
(4)規則的な環境であることと長期間にわたった訓練によって規則性を学んだ場合にのみスキルは獲得される。このときだけ直感は当てになる。それ以外は当てにならない。専門家は自信の専門知識とスキルの限界がわかっていないので自信過剰になる。

■選択
(1)プロスペクト理論

(1)評価は中立の参照点に対して行われる。期待や権利と感じる金額や同僚のボーナスの金額など。
(2)感応度逓減性。100ドルが200ドルになればありがたみがあるが、900ドルが1000ドルになる場合はそんなでもない。
(3)損失回避性。損失は利得より大きく感じられる。1.5倍から2.5倍。
→経済学の前提がくずれる

■リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン『ナッジ:実践 行動経済学 完全版』原著2008å¹´。
カーネマンのまとめ

この自動システム(速い思考)には系統的なバイアスがある。
カーネマンから引き継いだ事柄
(1)アンカリング(自分が知っている数字を出発点として調整していくので最初のアンカーに判断がひきづられてしまう)
(2)利用可能性ヒューリスティクス(身近なものほど大きく見える)
(3)代表性(似ているものを勝手に重視する)固定観念
(4)楽観と自信過剰(大きすぎるリスクを見逃す)
(5)利得と損失(失う痛みは得る喜びの2倍)
(6)現状維持バイアス(変化はそれだけで恐ろしい)
(7)フレーミング(同じ事実がチャンスにもリスクにも見える)

■ナッジ
このように人間は誰でも過ちを犯すのだ。
経済学が前提してきたホモ・エコノミクスではなくヒューマンに前提を変えるべき。そして
ますます多忙な我々が複雑な世界に対処するために必要なことは何か?
→ナッジ
最適な選択は人びとには難しすぎる。
選択アーキテクト(選択設計)が必要だ。「よい選択」をうながす仕組みを作ろう(選択アーキテクチャー)。
(1)何をデフォルトに設定するか。デフォルトなしではなく望ましい選択をデフォルトにせよ。
(2)エラーは起きてしまうものなので、ATMでカード忘れが多いときは、カードを取らなければ現金が出てこないようにすればいい。
(3)まちがいを本人に知らせるフィードバックが必要。
(4)選択と結果の対応関係を理解させる。マッピング。
(5)複雑な選択も構造化すればわかりやすくなる。
(6)キュレーション(情報を特定の視点で集め、整理しまとめる)
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