ソルガム農園(バイオ燃料実験工場)取材後記

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2009年09月24日

  • 瀬越 雄二
1.茨城大学のバイオエタノール生産事業

2009年9月2日、茨城大学農学部を訪問取材。取材対象は、スイートソルガム(sweet sorghum)を原料とするバイオ燃料生産システムの開発と最適化を目指すプロジェクトである。取材者の主な関心は次の三点。第一に、なぜ、スイートソルガムなのか。第二に、我が国では当面、ブラジルからの輸入バイオエタノールに頼らざるを得ないと言われているが、国産バイオ資源の開発現場は現在どのような状況なのか、第三に、仮にブラジル産バイオエタノールに当分の間依存するとしても、安定供給の観点から、日系企業がブラジル以外でバイオ燃料事業を展開する可能性はないのか。
スイートソルガムとは、イネ科ソルガム属の一年生作物であるモロコシ(sorghum bicolor moench)の変種であり、エチオピアの内陸部を原産地とする熱帯作物である。我が国では、1877年(明治10年)に導入され製糖法等が検討されたが、台湾におけるサトウキビ事業の発展の影響を受け、食用としては僅かに自家用の甘味料として栽培されるに留まった(※1)。また、飼料用としては、昭和50年頃までモロコシ、タカキビ、コウリャン等が栽培されていた(※2)。ソルガムの中でも、茎が長くて太く且つ多汁高糖分の種類が「スイートソルガム」と呼ばれているらしい。
茨城大学では、県内の耕作放棄地(8,984ha。これは埼玉県の広さの相当。)を有効活用し、バイオエタノール生産事業を開発・拡大させて、その結果、地域の農業革新、地域経済活性化、産業構造の転換に資する地産地消事業を目指している。事業化の目標は、2011年という。

2.なぜ、スイートソルガム

現在、我が国では温室効果ガスの排出削減による地球温暖化防止、資源の有効活用による循環型社会の形成、地域の活性化等を念頭に置いたバイオマスの利活用に関する政策が推進されている。バイオ燃料の推進はその一つである。これは、ガソリン代替で利用されるバイオエタノールおよび軽油代替で利用されるバイオディーゼル燃料に分かれる。バイオエタノールを製造する原料は、(1)糖質原料、(2)粉質原料、(3)セルロース系原料の3つに分類され、スイートソルガムは糖質原料に属する。近年、我が国では、様々な原料を基にバイオエタノール導入の実証実験が行われている(※3)。その原料としては、海外ではさとうきび(ブラジル・インド)又はとうもろこし(米国・中国)が良く知られている。
茨城大学がスイートソルガムに注目した理由はその特性にある。スイートソルガムは、第一に生育が早く(サトウキビは12カ月~14カ月。ソルガムは4か月弱)、第二に低温にも強く(日本のほぼ全域で育成可能)、第三に土壌を選ばない、という。取材時、同大学のスイートソルガムは、既に5メートル程度の高さ(さとうきびは通常3メートル程度)に成長していた。現在のところ、数種類のスイートソルガムが植えられており、同大学が所在する阿見町の気候風土に適した種および育成の最適化に係る実験が行われている。スイートソルガムを原料とする類似の事業としては、山形県新庄市および沖縄県でも実証実験が行われている。

3. 我が国におけるバイオ燃料の生産・調達目標

現在のところ、我が国政府が掲げたバイオ燃料の生産・調達目標は、京都議定書目標達成計画(2005年4月に閣議決定)において規定された「2010年度までに原油換算50万キロリットル(国産、輸入を問わず)のバイオ燃料輸入導入」、農林水産省による「さとうきびや規格外小麦等を原材料とするバイオ燃料を2011年度までに単年度5万キロリットル(原油換算3万キロリットル)の国内生産を目指す」、更に、環境省による「建設発生木材を利用したバイオ燃料を今後数年内に単年度約1万キロリットル(原油換算0.6万キロリットル)の生産を目指す」という三つが存在するが、未だ、政府の統一的で明確な推進計画は存在しない。また、農林水産省は、中長期的な観点から、国産バイオ燃料生産可能量を以下のように試算している。

図表1 国産バイオ燃料生産可能量      (単位)万キロリットル
原料生産可能量(2030年度)
エタノール換算
生産可能量(2030年度)
原油換算
1 糖・でんぷん質53
2 草木系180~200110~120
3 資源作物200~220120~130
4 木質系200~220120~130
5 バイオディ—ゼル燃料等10~206~12
合計600360
(出所)バイオマス・ニッポン総合戦略推進会議。

4.バイオエタノール燃料普及の課題

経済産業省は、2006年5月、「新・国家エネルギー戦略」を取りまとめた。その中で、運輸部門の石油依存度(現在ほぼ100%)を2030年までに80%程度に減少させる目標を掲げ、そのために、国産バイオエタノールの生産拡大に向けた地域の取り組み支援を行うことを謳っている。また、環境省の「エコ燃料利用推進会議」は、2006年5月、「輸送用エコ燃料の普及拡大について」を取りまとめた。その中で、国産バイオエタノールの生産拡大および不足分に係る輸入支援措置に言及している。今後、我が国においてバイオエタノール燃料を普及させるためには、関係者の合意形成はさて置き、関係法令の整備あるいは技術開発、並びに、バイオエタノールの備蓄基地あるいは給油スタンド等のハードインフラ整備が必要となる。更には、国内でのバイオエタノール供給体制が整備されるまで輸入に頼ることになる。近年、日伯エタノール(※4)または大手商社等が揃い踏みでブラジルにおけるバイオエタノール事業に参入する傾向にあるが、今後20年という長期にわたり、ブラジル一カ国に供給を依存するのは安定供給の面で脆弱性を指摘せざるを得ない。
この意味から、昨年、農林水産省が第8回ASEAN+3農林大臣会合において提案・承認された「東アジアにおけるバイオマスタウン(※5)構想普及支援事業」は注目に値する。今回取材したスイートソルガムあるいは日本各地で研究開発が進んでいるセルロース系原料からのバイオエタノール製造技術を途上国に移転し、途上国の生態系または食糧問題に悪影響を与えないという前提で、将来的に成果物を我が国が輸入する。このような試みが早急に具体化することが期待される。2008年末現在、バイオエタノール導入に熱心なアジア諸国は以下の通りである。

図表2 アジアにおけるバイオエタノール導入の状況
国名混合率原料導入義務・目標支援措置
インド5%サトウキビ○2012年までに全面5%混合。
○2017年までに全面10%混合検討中。
○混合ガソリンに対する課税軽減
中国10%トウモロコシ
小麦
ソルガム
キャッサバ
○E10導入を9省まで拡大(2006年)。○エタノール生産事業者に対する消費税免除
○原料作物に対する補助
○エタノールに対する間接税の還付措置
韓国3%
(5%)

キャッサバ
○2007年11月より南部でE3、北部でE5の試験販売開始。
タイ10%
(20%)
(85%)
キャッサバ
サトウキビ
○2008年1月よりE20供給開始。
○2008年中にE85導入予定。
○エタノールへの物品税免除
○新規参入者向け法人税免除
○E20・E85車両に対する物品税軽減
フィリピン10%サトウキビ○2006年バイオ燃料法成立し、二年以内にE5義務化。
○4年以内にE10引き上げ予定。
○エタノールへの燃料税免除
○原料作物への間接税免除
インドネシア10%サトウキビ○2025年の一次エネルギー消費量の5%以上のバイオ燃料導入目標。
(出所)エコ燃料利用推進会議。

(※1)後藤雄佐・中村聡、作物Ⅱ[畑作]、社団法人全国農業完了普及協会、175頁および176頁。
(※2)吉浦貴紀、「スイートソルガムを使ったバイオ燃料生産の可能性について」(2009.4.24)、6頁。

(※3)例えば、十勝(甜菜)、苫小牧(非食多収穫米)、新庄市(スイートソルガム)、 新潟市(北陸193号)、大坂府(廃材)、岡山県真庭市(廃材)、北九州市(食品残渣)、沖縄県伊江島(サトウキビ)、沖縄県宮古島(サトウキビ)。

(※4)2009年9月1日より、首都圏で初めてE3の販売供給実証事業が開始された。本事業では、日伯エタノールが製造するE3ガソリンが供給される(平成21年8月31日付環境省報道発表)。

(※5)2009年7月31日現在、バイオマスタウン構想を公表した市町村は合計217。

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