「平和と脱原発」ではダメ 惨敗の鳥越さん、そしてリベラルは負け続ける

    自民分裂のチャンスだったはずが、2位にも入れず

    小池候補の半分以下

    「護憲、平和と脱原発」、そして「反アベ政治」。東京都知事選で、民進、共産などが推した野党統一候補、鳥越俊太郎さん(76)が訴えていたキーワードだ。結果は約135万票。当選した小池百合子さん(64)の半分にも満たなかった。

    鳥越さんは、直前の参院選で野党候補が東京で集めた239万票から、104万票取り逃がした計算になる。分裂選挙だった自民に対し、2位にすら入れなかった。

    投票率は、参院選東京選挙区が57・5%、都知事選は59・7%。大きな差はないにもかからず、なぜ、100万票以上減らし、惨敗したのか。

    その理由を探っていく。

    都知事選に「関心がない」

    そもそも、候補者を決める時から、何かがずれていた。

    立候補表明は、選挙戦がはじまる2日前、7月12日だった。そこで、公然と「関心がなかったから他候補の公約は読んでいない」と言い放った

    鳥越さんが擁立されたのは、テレビに出ていて知名度が高く、選挙に勝てそうだからだ。そしてもう一つ重視されたのが、安倍政権、改憲に対して批判的であること。

    立候補を主導したのは民進党の岡田克也代表ら党執行部であり、乗っかったのは同じく政権に批判的な共産党などの野党だった。最大の大義は参院選から進めてきた「野党共闘」の継続だ。

    敗因は「準備不足」?

    鳥越さんも陣営も、敗因の第一に「準備不足」をあげた。

    それでも、本人は「数日のうちに準備ができた」として、「街頭演説を聞いていればわかったと思う。最初と最後ではだいぶ違う」と胸を張っていた。

    確かに、最初は「がん検診100%」であり、他の都知事にはない「聞く耳」を持っているがキーワードだった。選挙戦を戦ううちに、最後は「脱原発」と「平和」に関する訴えが軸になっていった。

    「だいぶ違う」のは本当だ。

    「反アベ」「平和」「原発」

    象徴していたのは街頭演説、そして支援者の発言だ。鳥越さんの応援にまわった高名な作家やジャーナリストの発言は、こうだった。

    第二次世界大戦をテーマにした著作を数多く手がける、ノンフィクション作家の澤地久枝さんは、「反アベ政治」を東京都知事選挙の争点にあげた。

    「今度の東京都知事選挙はただの選挙じゃない。今度の選挙は私たちが参院選で手にすることができなかった、反アベの選挙の結果を出さなければならない。勝たなければならない」

    集まった支援者は、大きな拍手を送る。

    「反権力」を貫くジャーナリスト、鎌田慧さんはこうだ。

    「原発をやめてくれと市民が声をあげているのに、安倍政権は振り向かない。政権は憲法を変えようとしている。しかし、私たちはそういうことはまったく許していない。私たちの一票を日本を変える、社会を変える一票として、東京都知事選挙から始めていきたい」とやはり、原発と憲法、平和問題を軸に、反アベ政治から鳥越さん支持を訴える。

    小池さんを「濃い化粧」と揶揄

    澤地さんは7月29日、渋谷駅前であった集会で、作家の瀬戸内寂聴さんの言葉を紹介した。

    瀬戸内さんは「お化粧の濃い人が知事にならないよう、頑張るように」と澤地さんを通じて、鳥越さん陣営にエールを送った。

    「お化粧の濃い人」とは、元都知事で、政治的な立場では瀬戸内さんと真逆に位置する石原慎太郎さんが使った、小池さんを揶揄する言葉だ。

    女性の外見をあげつらう発言なのに、澤地さん含め誰からも、そこへの疑問の声はあがらず、集会は盛り上がったまま、進んでいった。

    支持の理由は「政治理念」

    キャッチフレーズだけではなく、具体的な政策はどのように決めていたのか。

    鳥越さんのブレーンとなるべく、選挙期間中、リベラル派の学者グループが提言をまとめていた。脱原発運動をリードする飯田哲也さん、反アベノミクスの論客の金子勝さんらだ。

    代表して取材に応じた政治学者の山口二郎さんは、7月19日にBuzzFeed Japanに次のように語っていた。

    「根本的な政治理念。憲法や地方自治のスタンスなど、政治的な方向感覚ではこの人しかいない」「安倍政治を許さないという運動から始まって、政治的ベクトルは同じ。(集まった)学者も基本はリベラルなので、違和感なくまとまった」

    山口さんが支持の理由として強調したのも、鳥越さんと「リベラル」という方向性が共有できるからだった。

    「個別具体の政策は準備不足だったが、問題意識は鋭い。(都知事になったら)要点はすぐに理解してくれて、動き出すと思う。ジャーナリストだから、吸収力は抜群だと思う。東京から『脱原発』はこれから売りにしていきたい」

    「鋭い問題意識」や「吸収力」は、別の方向で発揮されていたようだ。

    「1丁目1番地」となった非核

    選挙終盤、周囲の声に促されるように、鳥越さんの演説は「平和」と「脱原発」にどんどん踏み込んでいく。

    都民が生活で直面する課題については待機児童と待機高齢者を「0」にすると語っていたが、あくまで方向性を示すにとどまっていたのとは、対照的だった。

    鳥越さんは「脱原発」や「非核都市宣言」、核兵器だけでなく原発も含めての「非核」を、政策の基軸となる「1丁目1番地」と語るようになる。

    「東京都を中心にして、250キロ圏内にある原発は停止、再稼働なし、廃炉を電力会社に申し入れる。原発は廃炉」「原発を0にするー」と声を張り上げ、右手を突き上げる。

    遊説先では、ここで、ひときわ大きな拍手が起きるのが定番となっていった。

    遊説後の取材に応じた鳥越さんに、なぜ原発問題が1丁目1番地になったのか、と聞くと「きっかけもなにもない。自分の体の中からでてきた言葉です。私の体の中にそういう気持ちはあった。自然にでてくるんだから、最初から出てくる人はいないですよ」とかえってきた。

    「だってこれは私しか言えないでしょ。核武装も選択としてありえる、というバカな候補者を当選させてたまるか」と声を荒げる。

    別の記者には「あなたは日本が核武装していいと思っているの?」と逆に質問を投げつける場面もあった。

    思い出す細川元首相

    こうしたやり取りを聞くにつけ、私は2014年の都知事選を思い出していた。

    都政の課題よりも、脱原発を訴え、当時の民主党、往年のリベラル派知識人がこぞって支援したのに、100万票にもとどかなかった細川護煕元首相の選挙戦だ。

    憲法や平和、原発は、日本にとって大事な争点なのは間違いない。国の課題は、突き詰めれば東京都の課題になるという理屈もわからなくはない。

    しかし、都知事選で、その政策が響く層は限られている。優先順位が決して高くないことは、2014年の選挙結果からも明らかだ。

    都知事には「護憲であり脱原発という政治信条を持つ著名人」であればいい、と考える有権者が多数でないことは、すでにわかっていたのではないか。

    続いた討論会欠席、アピールの機会を自ら失った鳥越さん

    いまから約50年前、自民党の候補を破って都知事の座を得た美濃部亮吉さんは、徹底したイメージ戦略を練りあげ、中間層と無党派にアピールした。

    都知事選に勝つためには、一定数のリベラルだけでなく、幅広い層にアピールしないといけないからだ。

    対して、鳥越陣営はどうだったのか。

    PRになるはずの選挙期間中の討論会を、地上波とインターネットで少なくとも2度欠席している。街頭に立ったのは1日2回という日が多かった。他の候補者は何箇所も走りまわっているのに、だ。

    鳥越陣営の中には、市民連合のメンバーにマイクを握ってもらえば「もっと浮動票が狙える」と真顔で語る人もいた。市民連合の一致点は憲法そして反安保法の問題であるにもかかわらず、だ。

    民進都連の恨み節

    思えば、亀裂は最初から生じていた。

    民進党都連が主導して、立候補の要請までしていた元経産官僚の古賀茂明さんは、鳥越さんに譲ることになった。このことが党内で火種になっていた。

    すべてが終わった後のことだ。

    鳥越さんが去った選挙事務所で、民進党・都連会長の松原仁さんは擁立断念の恨み節を、BuzzFeed Newsなど記者団に堰を切ったように語り出した。

    「都連が推した候補(古賀さん)なら結果が変わっていたと思っている。少なくともディベート、行革のプロであり体力もある。知名度は十分ではないが、期間中にブレイクする」

    討論会を断り、遊説も満足にこなせなかった「鳥越さんとは違う」。そう聞こえた。

    恨みの矛先は、選挙戦期間中に「次の代表選にはでない」と明言した岡田代表に向いていた。執行部が主導して、鳥越さんを擁立したのに、なぜその選挙の最中に、代表が自身の進退を明らかにするのか。

    この夜、松原さんは口を開けば執行部への疑問を口にしていた。

    宇都宮さん「このままでは日本のリベラルは勝てない」

    独自に立候補を表明していた、元日弁連会長の宇都宮健児さんも鳥越さんに道を譲った一人だ。

    「保守の候補者が分裂しているという状況にあり、都政をより都民の生活にやさしいものへと転換していく、千載一遇の機会でもあります」

    表向きの理由はこうだった。

    宇都宮さんは過去2回、共産党などの支援を受けて都知事選を戦った、筋金入りのリベラル派弁護士である。投開票日の7月31日夜、ニコニコ動画の選挙特番に出演し、こう語った。

    「私の事務所、支援者にも『降りろ、やめろ』という電話があった。本当なら(彼らは)公開討論で、どちらが野党統一候補にふさわしいのかなどと呼びかけるべきだった」

    参院選から実現した野党共闘を主導したのは、反安保法デモの主役だったSEALDsなどでつくる市民連合だ。彼らが国会前デモで繰り返したフレーズは「民主主義ってなんだ?」だった。

    「安倍政権に民主主義を求めるなら、自分たちの運動の中にも民主主義を作らないといけない。政党が密室で決めたから従え、というのは独裁ですよ」

    そして、強い口調で断言する。このままなら「日本のリベラルは勝てない」

    結局、宇都宮さんは選挙期間中に週刊誌が報じた鳥越さんの女性スキャンダル問題もあり、応援を断わった

    松原さんと宇都宮さんの主張は重なってくる。問題はそもそも、立候補の過程からあったのだ、と。

    松原さんは党内屈指の改憲論者だ。安倍政権に近い保守派団体「日本会議」に祝辞も送っている。政治的な立場で言えば、改憲と護憲、まったく異なるにもかかわらず、2人は同じ問題を指摘していた。

    疑問の声は、実は、市民連合内部からも上がっていた。中心にいた政治学者、上智大の中野晃一教授は、7月29日、鳥越さんの応援演説後、BuzzFeed Newsの取材にこう語っていた。

    「プロセスが不完全だったのは間違いないし、批判も的外れとはいえない。もうちょっと過程が公開されていて、市民の意見が政策にも反映できればよかった。(反省がないと)野党共闘ありき、民主的じゃないという批判にも耐えられなくなってしまう」

    敗れるべくして、敗れた

    印象的なシーンがある。

    7月31日、選挙事務所に現れた鳥越さんは野党共闘の継続を訴えた。そこで大きく拍手をしていたのは、一部の支援者席からだけだった。古賀さん擁立を目指していた松原さんは、椅子に座り、手を動かすことはなく、じっと鳥越さんを見つめていた。

    知名度と大きな政治理念を先行させた結果、そもそも候補者選定の経緯から不透明になった……。

    これが「勝てる候補」を選んだはずだった、野党の都知事選の最後だ。

    表面的にしかまとまれなかった、野党共闘は敗れるべくして、敗れた。