何かを作る時、「これはウケるだろうか?」と考えない人はいないだろう。最近では、音楽も文章だって「こうすると聞かれる」「読まれる」といった傾向がデータを見るとだいたいわかる。
勝利の法則が見えているなら、これ以上楽なことはない。
多くの人の心を掴むレシピというものは、果たして本当に存在するのだろうか?
Bryan Michael Cox(ブライアン・マイケル・コックス)と Patrick “J. Que” Smith(パトリック“ジェイ キュー”スミス)。彼らはこれまでアッシャーやディスティニー・チャイルドといったワールドクラスのアーティストと楽曲を作り、Bryanはグラミー賞を何度も受賞している。
それだけではない。
ゴスペラーズの『永遠(とわ)に』をプロデュースしたのも彼らだ。言語も国も文化も違うフィールドで、人の心をぐっと掴んでしまう。もちろん、筆者もその一人だ。
ストリーミングサービスの台頭で、音楽業界のマーケットが復活しつつある。そんな話を聞いて久しいが、その最前線で活躍しているクリエイターからは、どう見えているのだろうか?
正直、日本人は声が小さいんじゃないかと思っていた
――日本人は体が小さくパワフルさに欠けるという言説がありますが、『永遠(とわ)に』を制作したとき、どう思われました?
Bryan:アメリカでは、アッシャーやディスティニー・チャイルドなど、たくさんのアーティストと一緒に仕事をしてきたのですが、実は僕らにとってゴスペラーズがはじめて「海外」の人との仕事だったんです。
正直、固定観念はありました。「日本人は声が小さいんじゃないか?」って。でも、彼らの歌声を聞いたら「僕らアメリカ人と一緒だ」って思ったんですよ。面白いですよね。彼らはそれだけの素質があった。良い意味で驚きました。
Que:それは僕も同じで。当初、日本人に曲を作るにはどうすればいいんだって思っていたんですよ。だって、僕たちとバックボーンも、フィジカルも違うし、何より言語も違うし。
ただ、歌の素晴らしさってパワーだけじゃないんですよ。魅力の一つではあるものの、大音量で歌うことは誰でもできますからね。美しさっていうのはもっと複雑で、リリックに感情を表すことができる……エモーションが大事なんです。僕たちは、ゴスペラーズがどんな歌詞を歌っているのか理解はできない。でも、どんな感情のことを歌っているのかは、伝わってくる。
Bryan:音楽にとって唯一の仕事は、聴いている人に悲しさや楽しさといった感情を喚起させることだから。
――でも、ビジネスです。感情を表現することと、売れる線に乗せること。葛藤はないですか?
Bryan:何かを作る時、ヒットするとか、多くの人に聴いてもらいたいっていう気持ちは、最終的にはあります。でも、曲作りの時は、逆にフィーリングが大事。
例えば、ディスティニー・チャイルドのプロデュースをしたとき、彼女たちはレコード会社と契約は結んでいたものの、曲をリリースできない状態だったんですよ。メジャーレーベルのアーティストなのに、メジャーとして扱われていない。フラストレーションがたまっていた。
その状況で生まれた感情を楽曲に表すことがクリエイターの仕事なんだと思います。
Que:ヒットを作る化学式はないですね。サウンド、ドラムビート、メロディーの組み合わせは、レシピのようなものがあるけれど、すべてのアーティストにそれが合うわけではないですから。同じレシピを使ってヒットするものと、スベってしまうものもある(笑)。どれがリスナーに伝わっていくのかは、制作現場ではわからないんです。
「再生数の高い曲を作って欲しい」というオーダーが激増するアメリカの現場
――ヒットする楽曲データを使って、人気の出る楽曲を作るという流れもあると聞きました。どう思いますか?
Que:アメリカでもそういう流れは確かにあります。データドリブンでの作曲を求められることが多い。大げさかもしれないけれど、仕事の半分くらいは、こういった話が出ますね。
間違った方向に行ってる気がしています。データがなかった時の方が、クラシックでリアルなものができたと思っていて、その価値が忘れられているんじゃないかって。
例えば、アリアナ・グランデの『Baby I』やビヨンセの『Best Thing I Never Had』は、データを基にしたわけではなくて、その時の感情ありきで作ったものでした。だから、リアルな楽曲ができたんだと自負してますね。
仕事の現場では、本当に……スタジオに入ったときに「気分良くなるような曲を作ってくれ」と言われることがほとんどなくなりました。データをもとに確実に再生回数の伸びそうなものをオーダーされる依頼がすごくアメリカでは増えてきた。
Bryan:マイケル・ジャクソンもスティービー・ワンダーも、データを意識した楽曲を作っていたら、きっと伝説的な音楽を作れなかったと思います。データとは少し違うけれど、年齢を重ねているとヒットソングを作れないと言う人もいます。信じられないけどね。
音楽を作る行為は、マジックを作ること。その場にいた人たちが気分良くなったり、感情や考え方が変わってしまう。そういうものを作るのが、ソングライティング。マジックを作るのにデータというのは関係ないし、データがあることでマジックは作れなくなる。
アッシャーの『Burn』を作った時は、周りはみんな反対したんですよ。売れないからって。でも、僕たちはどうしてもこれをシングルで出したかったから、一人ずつ説得して回って……。最終的にプロデューサーのジャーメイン・デュプリがレーベルの許可なしに勝手にシングルを出したんですよ。普通にヤバいよね(笑)。
そうしたら、ものすごくヒットした。ビルボードのチャートでもぐんぐんあがって8回も1位を取ったんですよ。当初、ビジネス側がいっていたことの真逆の結果になった。自分がいいと思うものを信じるとマジックが起きる。これはいい例ですね。
Que:自分が作った曲が多くの人に聴かれるのは純粋に嬉しいし、たくさんの人がいろんな音楽にアクセスできる手段があるのは本当に素晴らしいこと。僕の子どもたちも、サブスクリプション経由でK-POPにどハマりしてて。
Bryan:アメリカの子どもたちは、すごくK-POPが好き。部屋に閉じこもって、今までアクセスできなかったK-POPを聴いて、新しい経験をしたり知識を得る。本当に素晴らしいこと。
――K-POPとJ-POPの違いってなんだと思いますか?
Bryan:K-POPって基本的にエッジが効いている気がするんですよね。日本は安全パイを行き過ぎている……そこが大きな違いだと思います。K-POPの人たちは、リスクをわかっていて冒険に出る感じ。だからこそ、エッジィなものが好きなアメリカ人に好まれるんじゃないでしょうか。
HIP HOPをベースにしていたり、馴染みのあるベースも多いけれど、流行とは関係のない独自性がつまっているんですよね。だいたい韓国語で歌うし、チャレンジしている感じがある。それが独特で面白い。アメリカには「ない」音楽なんですよね。ルーツは同じかもしれないけれど。
データを参考にして作った楽曲でヒットが生まれるかもしれない。でもヒットしても3週間だけかもしれない。そのあとは誰にも聴かれない。そういうものなのかなって思いますね。
Que:話していて、気がついたんだけど、データや潮流っていうのは、ビジネス面でリスクを減らすために素晴らしいツールなのかもしれません。安全パイを行くために有効なツール。やっぱり、仕事なのでそれなりに売上は必要ですからね。
でも、冒険するためには障害になることもあると思う。例えば、ブルーノ・マーズ。今までのデータから考えると、彼はポップスを作るべきだと言われていたんです。でもブルーノはそれを拒否して、アーバン、90s、ニュージャックスウィングに戻り、あの頃のサウンドを復活させる冒険に出たわけです。周りは反対したけれど、冒険に出て魔法が生まれた。
今は、彼の冒険が「ブーム」としてひとつの「データ」になり、多くのアーティストがそれをフォローしている。エッジの効いたものであれば、それがいずれデータになるだけ。
Bryan:各所からニュージャックスウィング作ろうって言われるんですよ。僕は、ブルーノがやる前……20年位前。その時は、やりたかったんだけれど、みんな賛同してくれなかった。今はもう違うモードに入ってるから、「流行っている波に乗りましょう」って言われても、作れないんですよね。エッジィなものを作りたいんですよ。クリエイターはそれが仕事。
作っている途中で、みんながどう思うんだろう?って思ったら、行き詰まって先に進まなくなってしまう。エッジィなものを作る気持ちでクリエイティブに入っていかないと、良いものは作れない。今さっき、ニュージャックスウィングは作らないと言ったけれど、気分になったらやると思います。「流行ってるから作れ」って言われたら多分断りますね(笑)
データを下に「これが評価されます」っていうのを参考にしたら、ピカソはピカソじゃないし、モナ・リザだってそう。生まれてなかったんじゃないですかね。曲も一緒、クリエイターは自由にやるっていうのが一番大事。それが、国境とかそういうものを越えていくんだと思います。