SNS上にあった根拠のない情報を信じ込み、「日本を滅亡に追い込む組織」などと辻元清美・参議院議員(立憲)の事務所と、インターナショナルスクール「コリア国際学園」、創価学会の施設を男が連続襲撃した事件。
大阪地裁(梶川匡志裁判官)は12月8日、建造物損壊などの罪で、30歳の被告に懲役3年、執行猶予5年の判決(求刑懲役3年)を言い渡した。
在日コリアンへの「嫌悪感」を持ち、「日本から追い出す」ことを目論んでいたという男。差別・憎悪感情を根底に、それを扇動し他者を排除する危険な「ヘイトクライム」に対し、判決は、「歪んだ正義感に基づいた独善的な犯行」と指摘したが、検察側が論告でも触れていた「差別」には触れなかった。
執行猶予付き判決に関係者からは関係者からは失望や再発への危機感の声が聞かれる。ヘイトクライムの規定が日本の法制度上に存在しない以上、実際の損壊の度合いが少ない事件として動機面はそこまで重視されなかったことも背景にあると言える。
同種の犯罪が再び起こることを防ぐために、現行法の枠組みで何ができるのか。更生までの道筋はどう立てるのか。法整備や規制、そして、日本社会が向き合うべき「歴史」とは何なのか。
まず、経緯を振り返る

判決によると、被告は3〜5月にかけ、大阪府高槻市の辻元氏の事務所や、同府茨木市のコリア国際学園、大阪市淀川区の創価学会・淀川文化会館の敷地に侵入。コリア国際学園では段ボールに火を放ち、床を焼損させた。
いずれの事件でも起訴事実を認めている被告は、裁判で「立憲民主党は日本を滅亡に追い込む組織」「在日韓国・朝鮮人を野放しにすると日本が危険に晒される」「創価学会も日本を貶める組織」だと思っていたことから、犯行に及んだと述べている。
また、コリア国際学園や辻元事務所への犯行では、関係者や生徒らの個人情報を入手し、「嫌がらせをして、日本から追い出す」目的があったとした。同園に送った謝罪文には、こうも綴っている。
「北朝鮮の拉致、ミサイルなどの情報から、在日朝鮮人は日本人に敵意をもち、財産・命を奪う存在であると思い込んでいました。会う機会もなく、独断と偏見から、力ずくで排除しないといけないと思っていました」
いずれも、1年ほど前に自分のアカウントを開設したTwitter上で読んだ、根拠のない情報や陰謀論などを信じ込んだとみられている。
男は在日コリアンへの「嫌悪感」を持っていたとも述べているが、Twitter上では「朝鮮人の射殺」の必要性に言及するなど、強い差別・排斥感情を持っていたことを窺わせる。
同学園への犯行が、憎悪感情を根底にした「ヘイトクライム」であることは明らかだった。
相次ぐヘイトクライム、過去の司法判断は

在日コリアンをねらったヘイトクライムをめぐっては、京都府宇治市の「ウトロ地区」や名古屋市の韓国学校などを狙った連続放火事件が2021年に起きている。
犯行当時22歳の男(懲役4年の判決が確定)は逮捕後、BuzzFeed Newsの取材に、在日コリアンが「日本にいることに恐怖を感じるほどの事件を起こすのが効果的だった」と答えていた。
公判では、ネット上に広がる在日コリアンに関するデマや言説を信じ、影響を受け、「世論を喚起するため」に犯行に及んでいたことも明らかになった。「ヤフコメ民をヒートアップさせる」目的があったとも述べている。これもまた、明確な「ヘイトクライム」だった。
京都地裁は判決で、犯行について「在日韓国・朝鮮人という特定の出自を持つ人への偏見と嫌悪に基づく身勝手な犯行」などと批判。
ただし、不安をあおって世論を喚起しようとするなどの犯行は「民主主義社会において到底許容されるものではない」「甚だ悪質で、相当に厳しい非難が向けられなければならない」「刑事責任にはかなり重い」と断じた。
一定程度の差別動機を認め、厳しい判決を下したことを「前進」と評価する指摘もあったが、「ヘイト」や「差別」という言葉は直接的に用いられていなかったため、「不十分」との声も少なくなかった。
「2度と同じような事件を起こさないための重みのある判決。明確に偏見と嫌悪というふうに明示していました。ただ、差別がその原因であるという明示がされないなど、まだまだ不十分な点が残っていると言わざるを得ないところもあります」(ウトロ民間基金財団の郭辰雄理事長)
「根拠ない情報」と認めたが…

今回の事件では、裁判中に検察側、弁護側双方から「ヘイトクライム」「ヘイトスピーチ」への言及があった。
さらに、検察側は論告で「特定の政治思想、国籍、宗教を狙った犯行。憲法で思想信条の自由は認められている。不合理な差別も許されない。酌量の余地はない」と厳しく非難。
こうした状況に、関係者からは期待の声も高まっていた。「裁判官がヘイトクライムに言及するか大きな関心を持っていた」と、同学園の金淳次・理事長も語っている。
しかし、肝心の判決では、「差別」「偏見」「ヘイト」などに触れることはなかった。
「犯行は歪んだ正義感に基づく独善的なものであって、犯行に至る経緯、動機に酌量の余地は全くない」などと強く批判。SNS上の情報を信じ込んだことには触れたものの、差別的動機、ヘイトクライムとしての悪質性・危険性への言及は一切なかった。
「他者が自らと異なる政治的な意見等を有していることは自由民主主義社会では当然のことであるし、それに対して嫌がらせをしたり、暴力をもって対抗することは許されない」
「仮に特定の国の者が何らかの不正をしたとしても、同じ国籍だからといって無関係の者がその責めを負ういわれはない。そもそも、これらの者が我が国に害悪をもたらすなどという被告人の考え自体、根拠のない情報に基づくものである」
そして、「一定の反省の言葉を述べるに至っている」などとして執行猶予付きの判決を言い渡したのだ。さらに最後の説諭でも、そうした側面に触れられることは、なかった。
判決後すぐに、コリア国際学園側は「差別犯罪(ヘイトクライム)であるということが看過され、執行猶予とした結論としており、不十分であったと思わざるを得ません」などとするコメントを出した。
「犯行許されるとのメッセージ」危機感も

日本には欧米のように、「ヘイトクライム」に関する法律がないため、通常の犯罪とは異なった悪質性、危険性をはらんだヘイトクライムを、罪として処罰することができない。
今回の判決では、こうした法制度をめぐる課題が浮き彫りになったとも言え、関係者からは「残念な判決内容」「むしろ後退では」などという声が多く聞かれた。
自らも在日コリアンで、学園の代理人を務める張界満弁護士は「ヘイトクライムは執行猶予で許されるというような誤ったメッセージを司法が出しかねないと危惧している」と語った。
同じく被害者側代理人の冨増四季弁護士は「差別・偏見・憎悪のことが一切抜けている。被害者不在の判決と説諭でした」と述べつつ、被害者の声が汲まれた点もあったと評価もした。
「ウトロや名古屋韓国学校などの放火事件では、差別被害という社会的な波及が論告にも判決にも取り込まれていなかった。しかし今回の事件では、審理の中で効果的に発信された被害者の声が、論告のなかに『差別』という言葉ではっきり表現され、取り込まれたという点では前進できた裁判の審理だったと思います」
ヘイトクライムをめぐっては、包括的な差別禁止法の整備や、刑事司法におけるガイドラインの必要性を訴える声も多い。双方の裁判に被害者側代理人として関わった青木有加弁護士は、再発防止の重要性を強調しながら、こう指摘した。
「ふたつの事件の裁判を通じ、検察官や裁判官、誰が担当するかによってヘイトクライムへの向き合い方が変わってしまうことがわかりました。現行法でもヘイトクライムは量刑考慮できるのであれば、刑事司法全体として、どう実務で取り組むかのか、検察庁と裁判所が連携していくことが大切なのではないでしょうか」
「まずは事件がヘイトクライムであると捜査の段階で判断し、真相解明しなければ、どのような更生プログラムを用意したら良いかということもわからないはずです。捜査機関や刑事裁判所がヘイトクライムに対応していく、出発点の段階にいまはあるのではないでしょうか」
犯罪当事者などの対話を通じた「修復的司法」というアプローチも提唱されている。しかし、日本ではそうしたものが浸透しているとは言いづらい。前出の冨増弁護士はこう述べた。
「現状の刑事司法においては、差別犯罪に対する矯正教育が機能しているとは言えません。捜査、審理、判決、社会復帰までのプログラム全体を通し、在日コリアンや被害者のみなさんが安心できるようなサイクルをつくれているのかという観点が求められているのではないでしょうか」
社会が向き合うべき「過去」

被告がネット上のデマや陰謀論を信じ込んで、犯行に及んだことも明らかになっている、ふたつのヘイトクライム。
「井戸に毒を入れた」などのデマをもとに民衆らが朝鮮人を虐殺するという凄惨な事件が起こった関東大震災から100年を迎えようとしている現代において、20代の若者が相次いでヘイトクライムを起こしたという事実が関係者に与えた衝撃は少なくない。
張弁護士は、「ヘイトは人を人として見ないというところから始まりますが、関東大震災と本質的に変わっていないということは、非常におそろしく感じます」と言及した。
「差別や偏見は無知の産物と言われます。いまの社会においては、歴史を否定する政治家の発言などもみられる。そこからデマを信じる人もいることは危険であり、ネット社会では大変憂慮されることです」
また、被害者意見陳述で、「インターネットやSNSで得られる情報だけで直情的な犯行に流されていくモンスターを生みださないような対策をとることが急務」とした金理事長は事件を「政治・教育・宗教に対するひとつのテロ行為であったと言わざるを得ない」としながら、こう述べた。
「ヘイトは、特にネット、SNS上に蔓延しています。そこにあるいわれなき差別偏見について是正されなければならないし、何かしらの規制も必要かもしれません。彼の投稿を見ても、無軌道にどんどん状況が悪化していったように見える。匿名性の問題も大きい。果たして本名でそこまでいえたのかどうか……」
そのうえで、差別に言及しなかった判決については「司法の限界かもしれない」と心持ちを吐露し、執行猶予付きの判決を受けた被告に、そして社会のマジョリティ側に対して、こうメッセージを投げかけた。
「日本社会のなかには、外国人に対する差別偏見、排外主義的なところが根強く残っており、容認もされています。そうした構造そのものが事件を誘発したという部分もあるのではないでしょうか。社会が過去に真正面からどう向き合い、未来をつくっていくかというところが求められていると思います」
「判決によって、彼がどの程度変わり得るのか、大きな関心を持っています。彼が本当に真摯に反省し、2度と同類の事件を引き起こすことなく、わたしたちへの理解深め、真摯に暮らしていくことを願っています」
訂正
代理人コメントで「論理」と記載していた部分は、正しくは「論告」でした。お詫びして、関連部分を訂正いたします。