あの戦争のころ。そこに確かに生きていた少女たちは、何を思い、何を感じ、そしてどう過ごしていたのか。
そんな「戦争における少女」の姿を描き続けている、ひとりの女性漫画家がいる。今日マチ子さんだ。
少女と戦争を結びつけたわけ
沖縄戦(1945年)で海軍に動員され、多くが戦死した「ひめゆり学徒隊」。彼女たちの生き様から着想を得て描いた漫画「cocoon」(2010年)で今日さんは一躍、名を馳せた。
そのほかにも、アンネ・フランクをモデルにした「アノネ、」(2012年)や、長崎原爆をモチーフにした「ぱらいそ」(2015年)、南太平洋で兵士として戦う空想の少女たちをスケッチした「いちご戦争」(2014年)などを執筆している。
なぜ今日さんは、「少女」と「戦争」という、一見相反するテーマを結びつけて、作品を描き続けているのだろうか。
「私、定型的な戦争漫画とか好きではないんですよ」
BuzzFeed Newsの取材に応じた今日さんは、そう語りはじめた。
少女の背景に戦争がある
「描かれていることはわかるんだけれども、昔の話としてしか入ってこない。なんでこんなに、いまと距離感が出てしまうんだろうと、ずっと疑問で。それで、少女というフィルターを通してみようと思ったんです」
もともとは、沖縄出身の編集者が持ってきたアイデアだった。2人で話し合い、「戦争そのものを描くのではなく、少女の生活や考えていることの背景に戦争がある」ことに主眼を置くことを決めた。
「そこで大事にしようと思ったのは、女の子の気持ちです。その時に生きていれば、戦争の現実や政治的なメッセージは、日常にかき消されてしまうはずですから」
少女にとっては、戦時であれど、平時であれど、関係がない。いつだって目の前にあるものが、日常だ。
だからこそ。今日さんの作品に出てくる少女たちは、戦争という過酷な世界で生きていながらも、「少女らしさ」を捨てることはない。
たとえば「cocoon」では、重傷者が次々と運ばれてくる壕(ガマ)のなかで、きれいな洋服や甘いものをノートに描いて気晴らしをする少女たちが描かれている。
「戦争に勝ったらデートいくでしょ」。なんていうセリフとともに。
「あの時の女の子だったら『絶対甘いものがほしかっただろうな』って思うんです。つらい生活のなかでそういうものがあったら、すごく嬉しいだろうなって」
「cocoon」の主人公は、戦火が激しくなるなか、昔に使った石鹸の匂いや、みんなで飲んだ甘い紅茶の記憶を呼び覚ます。どこかで、過去の日常を想像し続けている。
「お気に入りの髪留を拾おうとした瞬間に爆撃を受け、自分だけ助かったというひめゆり学徒隊の話を読んだことがあります。それこそが少女性なのかなと。小さくて、くだらない、かわいいものを大事にする。それで、みんながすごく盛り上がる」
今日さんは「当時の女の子も、いまの女の子も本質的には同じ」と語る。そうして、過酷な世界のなかでも「少女らしく」あり続ける彼女たちの姿を描いているのだ。
もし、クラスメイトがひめゆりにいたら
当時の少女たちの振る舞いや話している内容は、「完全に想像」だという。
「自分のクラスメイト全員がひめゆりに入ったらどうだっただろう、という感じです。自分が高校生だったときに何を考えていたのかを想像しています。舞台にしている時代を、現代の方に引き寄せる、というか」
もちろん、執筆に当たっては現地に何度も足を運ぶ。当時についての史料や本も「出ているものはほとんど」読み込む。
でも、それらは「自分のなかにため込む」だけに過ぎない。ばっさりと、切り捨てることさえある。
「史実を伝えることには重きを置いていないんです。多少フィクションが入ったとしても、いまの人たちが読んで共感できることに主眼を置いています」
「けっきょく、何が史実なんだろうって思うんです。体験者が語る史実でさえも多少は脚色されているし、自分が都合の良い事実だけを史実としているのかもしれない。史実といっても、やっぱりフィクションなんじゃないかな、と」
少女は純粋無垢なわけではない
つくり上げる作品のテーマは、どれも一貫している。一方で、そこで描かれていく少女は、少しずつ人間くさくなっている。
「ぱらいそ」では、原爆投下後の焼け野原から主人公たちが宝石や香水を盗み、身につけて楽しむシーンがある。彼女たちは生きるため、弱り切ったほかの被爆者から飲み水を盗むことだって、いとわない。
「『cocoon』では純粋無垢な女の子が戦争という大きいものにつぶされる。『ぱらいそ』では、被害者でもありながら、本人のなかにある悪い部分と向き合おうとしている女の子を描いています」
なぜ、そのような変化があったのか。
「少女っていうと無垢で、何も考えず戦争に巻き込まれて被害を受けるだけだと思われがちなんです。だからなのか『cocoon』では、『少女たちは悪くない』というような読まれ方があまりにも多かった」
「さらに読者の側にも、『私たちは絶対に悪くない被害者だ』というような意識が多いように感じました。絶対に戦争を起こさないという自信がある人も。本当にそうなのでしょうか」
そんな疑問を持つようになったからこそ、少女性にひそむ「罪」も描くようになったと、今日さんはいう。
「自分の弱さに気がつかないことは、あやうい。自分の正しさを疑わないことは、怖いことですよね。そんな皮肉をこめて『ぱらいそ』を描いてみたところもあります」
それは「アノネ、」でも同じだ。
アンネ・フランクをモデルにした主人公は、強制収容所で仲間が落としたキャンディーをポケットに隠し続けている。大量の遺体や、友人や姉の死に、涙することもない。
「アンネはとっても明るくて、良い子だと思われていますよね。でも、少女らしさというか、ずるい部分があったり、自分勝手だったりというのを含めての本人だ、と思える記述も日記の中にはあるんです。良い子だ良い子だと言われ続けて、果たして彼女はそれで満足なのだろうか、と思って書いた作品なんです」
少女らしさを保ち続けること
では、そんな今日さんが考える「少女らしさ」とは何なのだろうか。
「子どもと大人の真ん中で、自分や友達が何を考えているのかもわかっていない時期。昨日と今日で自分の考えていることが違っちゃったり、突然悲しくなっちゃったり。そのなかにいるときは楽しいけれど、どこに自分がいるのかも、そもそもわからない」
「非常に、不思議な時期なんです。あらゆる制約から自由というか、夢のなかにいる、というか。そんな存在だからこそ、私の作品でも、過去といまとか、フィクションと現実の世界を行ったりきたりできるのかな、って思いますね」
今日さんはいう。そんな「少女らしさ」を保ち続けることこそが、戦争などの「大きなもの」に負けない力になりえるのだと。
「基本的に、戦争って誰もあらがえない異常事態ですよね。そのなかで少女らしくあり続ける、矛盾を抱えた謎の生き物であり続けることこそが、戦争に負けていないということなんじゃないかな、と思うんです」
「無理やりに、大きいものにあらがおうとする必要もない。自分がもしかしたら、何かに巻き込まれているんだろうな、と思うだけでいいんです。そういう自分の弱さや頼りなさは恥ずべきことではないし、『わからない』ということを大事にしてほしい」
戦争だとか、政治だとか、「大きなもの」のほうばかりではなく。自分ととことん向き合えば、それでいい。混乱している時期には、大いに混乱にしてほしい。今日さんは、そんな風に思っている。
「そうして、自分が非常に揺らぎやすいということがわかる。常に正解を握っていると思わない大人になってほしい。それがひいては優しさとか、人間らしさにつながっていくんですから」
揺らぎやすいことを知ることの、たいせつさ。
今日さんのメッセージは、少女だけに向けられたものなのだろうか。果たして私たちは、「大きなもの」と対峙できる自分を、きちんと見つけられているのだろうか。
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