米大統領選をめぐり、日本のトランプ氏支持者の間で、大量の陰謀論や偽情報が拡散している。
なかでも大きく広がっているのが、「トランプ氏が戒厳令を出し、裏切り者の大量逮捕が始まる。ペロシ下院議長は逮捕された」などとする情報だ。日本だけで特に広がっているものもあり、こうした拡散にはYouTube動画やまとめサイトが寄与している。
なかにはゲーム実況から陰謀論に「衣替え」したような発信者もおり、月100万円ほどの収益が発生している可能性もある。広告収入が目的であることも否定できない。いったい、何が起きているのか。上下連載でお伝えする。
トランプ氏がバイデン氏の当選を阻止するために行動を起こすという陰謀論は、アメリカのみならず日本でも広く拡散している。
1月11日までの数日間、ネット上で広がった情報をまとめると、以下のような内容になる。
「トランプ大統領が大統領令で戒厳令を出し、民主党のペロシ下院議長ら裏切り者が大量逮捕される。発令は緊急放送システムで伝えられるが、AppleがOSのアップデートで妨害するため自動アップデートをオフにする必要がある」
戒厳令が出るのは「1月11日午後2時以降」などとされ、それに伴い、
▶︎停電が起きる
▶︎軍がホワイトハウスに集まっている
▶︎イタリア大統領逮捕
▶︎バチカンではローマ教皇が逮捕
などという言説も合わせて拡散した。いずれも事実に基づかないか、誤っているか、根拠がはっきりしない情報だ。
実際、戒厳令は出ていないばかりか、緊急放送システムも用いられず、ペロシ議長は逮捕されずに12日の議会にも出席している。
そもそも「戒厳令」とは一般的に軍部が司法権や行政権などを掌握することを意味する。
アメリカの法制度上、大統領が非常時に発令することは可能だが、その前提となるのは外敵の侵略(戦争)や大規模な武装内乱などの存在だ。
ハーバード大法科大学院のノア・フェルドマン教授は「選挙に負けるということは、発令の要件にはあたらない」と、米ファクトチェックサイトPolitifactに語っている。
トランプ陣営の一部が法的根拠のない戒厳令を検討していたことは、アメリカの主要メディアなどでも報道されていた。トランプ氏自身はこれを否定していたが、陰謀論の蔓延に拍車をかけている要素のひとつだと言えるだろう。
また、戒厳令ではなく暴動の鎮圧などに連邦軍や州兵を動員できる反乱法に「トランプ氏が署名した」などという情報も、同様に広がっている。
大統領選をめぐっては1月12日、バイデン氏の就任式(1月20日)に向けて首都ワシントンD.C.で警備強化などのため、非常事態宣言が出た。しかし、上述のような戒厳令や反乱法にまつわる公的な情報は一切ない。
いずれも、根拠がないということだ。
iPhoneのアップデートはしちゃダメ?
こうした陰謀論の「根拠」の一部となっているのが、トランプ氏と親交のあるリン・ウッド弁護士の発信だ。
ウッド氏は、アメリカの極右勢力が支持する陰謀論「Qアノン」の支持者。Twitterが永久停止されたのち、「表現の自由」を標榜し、右派が集うようになったSNS「パーラー」でこうした陰謀論を展開してきた。
ウッド氏は、ペンス副大統領の「銃殺」を呼びかけたことで、パーラーでも発言を削除されたばかりだ。ペンス氏は大統領選の結果を覆すようトランプ氏に求められたが、「私には憲法を遵守する義務がある」と拒否。連邦議会でバイデン氏の大統領当選を宣言した。
拡散している内容のうち、「数日以内に裏切り者が逮捕される」「停電に備えよ。トランプ大統領は緊急放送システムを使う」「iPhoneのOSアップデートをオフに」はいずれも、ウッド氏がパーラー上で発言したものだ。
また、「停電したバチカンでローマ教皇が逮捕された」というフェイクニュースサイトによる情報だったが、これもウッド氏がパーラーで拡散していた。
トランプ氏本人と親交があるため、その発言に根拠がなくても一定の信頼性があるように見えてしまうことから、日本のTwitterでもウッド氏の情報が陰謀論の「よりどころ」となっている。
パーラーは、暴力をあおる投稿停止の措置が取られなかったとして、Amazonがサーバーの提供を停止したことから、1月13日現在はアクセス不能になっている。
なお、戒厳令に伴い「ペロシ下院議長が逮捕された」という情報については、日本で特に拡散している。
この情報の大本もパーラーの書き込みとみられるが、日本での拡散起点はYouTube動画だ。まったくの誤情報で、実際のところ、ペロシ議長は逮捕されてはおらず、12日の議会にも出席している
「陰謀論」はどう拡散?
「陰謀論」は、どんな広がりを見せているのか。
「戒厳令」について、ツイート件数の推移などを調べることのできるYahoo!リアルタイムで確認したところ、1月10日午後6時ごろに急増していることがわかる。
これは「ペロシ逮捕」「緊急放送システム」でも同じ傾向で、この2つに関しては10日午前までほとんどツイートがなかったものが急増している。
「戒厳令」に関しては7日にも波があるが、(1)「1月6日に戒厳令」という噂が流れていたこと(2)アメリカでトランプ氏の支持者による議事堂の襲撃があったこと(3)日本で新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言が出されたことーーが重なったためのものとみられる。
そのうえで、9日以降の「戒厳令」に関するツイートについて、拡散していたいくつかの情報を時系列にまとめた。
▶︎9日午後10時ごろ「戒厳令が出たとの情報あり」(一般ユーザー、200リツイート、550いいね)
▶︎10日正午「戒厳令出たとのことです」(一般ユーザー、300リツイート、800いいね)
▶︎10日正午すぎ「戒厳令、出ました」「すべて、トランプさんの計画通り」(一般ユーザー、400リツイート、650いいね)
▶︎10日午後2時「戒厳令が発令」「ハルマゲドンの戦いの幕開け」(一般ユーザー、2600リツイート、8000いいね)
▶︎10日午後3時前「戒厳令が出た模様」(一般ユーザー、2800リツイート、1万いいね)
▶︎10日午後4時すぎ「ペロシが国境で特殊部隊に逮捕、戒厳令が出たとの情報あり」(一般ユーザー、800リツイート、3000いいね)
▶︎10日午後6時ごろ「戒厳令 速報!ペロシ逮捕 & 特殊部隊PC押収について!」(YouTube動画、TwitterとFacebookで5500シェア)
▶︎10日午後11時「戒厳令を発動し、国家反逆罪の容疑者を逮捕するとの噂が流れている」「戒厳令の布告は緊急放送システムを使って行われるとみられる」(政治評論家のインフルエンサー、1500リツイート、5700いいね)
▶︎11日午前6時半ごろ「反乱法を1月11日に発表した」「この後戒厳令が発令」(一般ユーザー、2000リツイート、7000いいね)
▶︎11日午前9時半ごろ「トランプ大統領 戒厳令発令か 2021年1月11日14:00以降いつでも開始できる状態 大量逮捕開始」(まとめサイト「ツイッター速報」、1300リツイート、3000いいね)
上記のように、推測と断定が入り混じりながら、情報が徐々に拡散していることがわかる。
Twitter上での拡散にYouTube動画やまとめサイト、インフルエンサーが乗じることで、波が形成されていることも明らかだ。
なお、「ペロシ逮捕」「緊急放送システム」についても、概ね同じ拡散を辿っている。
結果として、日本のTwitter上では「ペロシ逮捕」「緊急放送システム」「逮捕開始」という言葉がそれぞれトレンド入りし、さらに情報は広がった。
BuzzFeed Newsでは、まとめサイトやトレンドブログ、YouTube動画などを通じて広がる陰謀論、フェイクニュース、疑義言説などの取材を進めています。
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