メルカリで大人気のおばあちゃんがいる。
「Y&S」というアカウント名で活動するその人は、なんと79歳。以前は縫製工場で働いていたがすでに引退。
しかし洋服をつくる手はとまらなかった。余った着物の布でどんどんつくる。
離れて住む長女が代わりにメルカリに出品すると、瞬く間に人気の仕立て屋さんとなった。これまで得てきた302件の評価はぜんぶ「良い」である。
いったいどんなお母さんなのだろう。長女の氷川好美さんに取材した。
79歳の母、メルカリで自作の服を売る
--いきなりですが、79歳のお母様が縫われた洋服をメルカリに出品して大人気になってるって、すごいですね。
氷川さん:60年以上の間、縫製工場を営んでいた両親でしたが、数年前に父が他界し、母もリタイアしていました。
工場は暑い暑い埼玉県は熊谷の隣の、深谷市という小さな街です。
母はこの後どうやって毎日過ごしていくのかなと思って心配をしていたんですが、そうしたら自分の洋服とか、あとはお布団とか座布団とか、暇になるといろいろなものを作っているんですね。
ーー出品するきっかけは何だったんですか。
氷川さん:やっぱりずっと物を作ってきた人って、とにかく作るのが好きなんだなと思ったので、だったら何十年かぶりに、私の洋服を作ってもらおうと。
私が着物をよく着るので、タンスの肥やしになっていた古い着物を持っていって、「これでお願い」と言ったら、いろいろな形のものを作ってくれて。たくさん素敵なものができるんですね。
もう何十年ぶりだったんですけど、着てみるとすごくしっくりするんです。すごく着心地が良くて、やっぱりこれはすごいなと感動しました。
どんどん作ってくれるので、自分だけでは着ていられなくて、周りの方に差し上げたりとかしていたんですけれど、それでもやっぱり「もっと作りたい」と言うので、どうすればいいのかと考えて、メルカリに出させてもらったというのが最初ですね。
購入者から素麺やタオルが届くように
--初めてお母様の洋服が売れたとき、どんな反応をされてましたか。
氷川さん:最初の品は、とても着物の柄が派手で。それもたしか、シャツだったんですね。
絹のシャツなので、お手入れも大変ですし「こういうのが欲しい人いるのかな?」と思ったんです。
けれど、買っていただいた方が「すごく綺麗」って。とても大切にしますっておっしゃってくださって。
こういうのって買ってくれる方がいるんだと思って、非常に驚いたんです。母にも伝えて「へぇ、そうなんだ。嬉しいね」という話をしました。
買ってくださった皆さんも喜んでくださって、買った洋服を着て海外旅行に行かれたっていうお話とか、パーティーに出られたとか。
日頃、介護や子育てで大変なことがたくさんある中で、この箱が届くと嬉しいと言ってくださる方がいたり、開けるのが本当に楽しみと言ってくださる方もいらっしゃって。
そういう方が喜んでくださる、その一瞬をお手伝いできているような気がして。母も喜んでいます。
--そんなにコミュニケーションを取るものなんですね。
ええ、ありがたいことに、購入された方から、お素麺とか、タオルを贈ってもらったこともあります。
--えっ、そんなことがあるんですか。
取引メッセージでやり取りをしている中に、最初はやっぱりビジネスライクに進んでいくんですけれど、何かのきっかけで「最近こんなことがあって、でも〇〇で嬉しかった」とか「両親の具合が悪くて入院するけど、退院するときに着ていくんだ」とか。
ちょっとしたことを皆さんが書いてくださるんですね。
きっと、その後ろ側にはすごくたくさんの思いがあって、それをちょっとだけここに書いてくれたんだなと。
そういうのを少し出してくださる”心が開かれた瞬間”みたいなものがすごく嬉しくて。
「別に売れなくてもいいんです」
--販売ページもすごく丁寧で見やすいものになっているなと思って。こだわりや気をつけていることはありますか?
氷川さん:写真については素人だしスマホなので、着物の柄を撮影するのがすごく難しいんです。自分が撮った写真と本物のものがあまりにもかけ離れていると、本当の着物の美しさというのは伝えられないという、すごく残念な気持ちになっちゃうんですね。
なので、なるべく本物に近いものが出せるような色に調整をして「これはこんなに綺麗なんだよ」というのを見せたいというのが、すごくこだわりです。
あとは、作って売るのが目的じゃないんですね。母が楽しんで毎日に張り合いが持てるというのと、もしも喜んでくださる方がいらっしゃるんだったらいいな、というところから始まったので。
はい、作りました。売ります。サイズを書きました。いかがでしょうか? ということでは全然ないんです。
そういう売り方をするのはちょっと本意ではないので、別に売れなくてもいいんです。
「母がこんなに素敵な服を作ってくれました。よかったら見ていってください」と。そういう気持ちです。
直接届くフィードバック、新たな生きがいに
--出品を初めて、お母さんになにか変化はありましたか。
氷川さん:母は、私がいつもメルカリでの評価を電話で伝えると「そんなに喜んでもらえるなんて嬉しい」と言って、「もっと縫わなくちゃだね」って張り切っちゃうんです。
「皆さんに1着ずつ縫ってあげたい」なんて言うんですけれど、もうフォロワーの方もかなりの数で、皆さんに1つずつ作っていると何年かかるかわからないわねっていう話をしたり。
もう本当に作った服が誰かのもとに届くのが嬉しいみたいです。
縫製工場は仕立てた服を納品したらそれでおしまいです。着てくださった方がどこでどういうふうに思われているのかわからないし、縫っている服もデザイナーさんからの指示なので、もちろん自分が縫いたいものを縫っているわけじゃないんですね。
けれどメルカリでは、自分でこういう服にこの柄を使ったら素敵ねと考えて作った服を、着てくださった方が褒めてくださる。
そういう直接のフィードバックがあるというのは、母にとって60年間お仕事をしてきて、初めてのことなんですね。
これまで母が積み上げてきたものを、皆さんに見ていただける、評価していただけるというのが励みになっていると思うので、母にとって新しいかたちの生きがいでしょうね。
なので、着てくれる人の声が聞けるってものすごく喜んでいて。それなのにお素麺までいただいてしまうと、本当に天にも昇る気持ち(笑)
氷川さん:母は仕事をやめて家にいた時には、家の身の回りのことするだけでしたけど、今は、この服を作るのには裏地にこういう色が必要とか毎日頭を使ってます。
洋服を作るのに色合わせが必要なので、お店に出かけてやり取りをして。「〇〇を何本くらい欲しい」とか具体的に注文したりして、ちょっと活発になりました。
以前は出かけるのもどうかなと思っていたのですが、最近はよく出かけて「また注文してきた」って話してくるので、何か生き生きしてきたなって思います。
シニア世代の方に伝えたいことは
--お母様は、もうすぐ80歳ということですが。
氷川さん:そうですね、来年。
--同じシニア世代の方に楽しく生きるためのコツ、伝えたいことなどあれば。
氷川さん:そんな偉そうなことは言えないんですけれども、きっと日本の職人さんってこうやって60年とか50年とか築き上げてきたものを絶対に持っていると思うんですね。
でも、例えばご夫婦でやっていたところでお一人になってやめたとか、もうそろそろ…なんて切り上げちゃって後悔されている方もいると思うんです。
それでも、絶対にその技はなくならないし、意外と錆びつかないんですよね。なので、もしそういう方がいらっしゃったら、こういうふうにインターネットやメルカリさんの場所を借りて、また何かを作り出していくと世の中に見てもらえる。
それはすごく楽しいし、本当に張り合いにもなるので、ぜひもしもできれば、チャレンジしてみられたらすごくいいんじゃないかな、と思いますね。
販売している品は奄美大島の伝統織物「大島紬」(おおしまつむぎ)の着物をリメイクしたものがメインだという。
取材後に、筆者も大島紬のジャケットを着させてもらった。
「あれ、ずっと前から着てきた?」と思うくらい、ピッタリ体に合ったのがとても不思議だった。