山口県出身の小原卓己さん(31)は8年前、自分が自分らしく生きる道を求めて海を渡った。
日本では周囲の視線にさらされ、堂々と男性と交際できなかった。まして同性と結婚することは今も制度上、できない。
2021年3月にニュージーランドで現地の男性と婚約した小原さんが気づいた、「隠さない幸せ」とは。
そして振り返って考える、日本社会で暮らす人々への言葉は。
気持ちに“ふた“
小原さんは、穏やかな瀬戸内海に面した山口県周南市で育った。
両親と妹の4人家族で、地元の小中高を卒業後、2009年に大学進学のため上京した。
「女の子の友だちが多かったからなのか、小学校の頃は変に罵られることも度々ありました」
しかし、中学以降は友人関係で悩んだことはなかったという。
「周りに恵まれていました。性のあり方にもそこまで悩んでなかったし、明るかったので友達は多かったです」
中学時代までは「男性が好き」と確信したことはなかった。かといって、「女性が好き」と思ったこともなかった。
初めて自分の気持ちに気づいたのは高校1年になってからだった。
「女子にヤキモチを抱くようになったんです。男子は『女性』っていうだけでチヤホヤする」
「自分がどんだけアピールしても、その好意には気づいてもくれない。女子ってだけで卑怯だなって」
当時人気だった音楽番組でも、男性タレントを目で追っている自分に気づいたという。
しかし、そんな内心を周囲に語ることはなかった。
「将来は女性と結婚し、両親に孫を見せる。地方で育ち、なんとなくそんな思いを抱いていました」
「だから『女性も好きだ』と思い込もうとしていたのかも。今考えると、気持ちに“ふた“をしてたんですね」
空が明るく見えた
しかし、上京後もそんな日々は続いた。
入学後に入ったダンスサークルで、恋愛の話になった時もそうだった。
「あの女の子可愛いよね」「昔付き合っていた彼女は」ーー。
男性が好きと友人に気づかれたくなく、嘘をついていた。
「せっかくできた東京の友達を失うかもしれない。それが一番怖かった」
「でも、自分の気持ちに嘘をつき続けるのも、耐えられそうになかった」
ただ、親元を離れて1人暮らしをしていくうち、「自分は男性が好きなんだ」と確信していった。
転機が訪れたのは入学から3年後。
英語を勉強するため、ワーキングホリデー制度を使ってオーストラリアに渡った。
そこでは、日本では見たことがない光景が広がっていた。
男性同士が手を繋いで歩いていたり、お互いのボーイフレンドを紹介し合ったり。
付き合ってほしいと男性から告白されることも「普通」だった。その1年間でボーイフレンドもできた。
「気付いたらカミングアウトしてました。でも、空が明るく見えた気がしたんです」
「逆に、隠して生きるってこんなに辛かったんだって再認識もしましたね」
帰国後は、勢いで仲の良い同級生やバイト先の同僚にカミングアウトしていった。
「そうだと思ってた」「打ち明けてくれてありがとう」「『恋バナ』しようね」
同世代の友人は想像以上に受け入れてくれた。自分を認めてくれる人と付き合えばいい、そんな思いも生まれた。
しかし、バイト先の結婚式場で起きた出来事に、また自分の心に“ふた”をしてしまう。
深く傷ついた
クリスマスシーズンの12月、式場で繁忙期を乗り越える決起集会が開かれた。
会場に集まったのは数百人のスタッフ。顔見知りの男性社員が登壇し、挨拶を始めた。
「ブライダルはこの時期が忙しい。彼氏がいる女性スタッフも、彼女がいる男性スタッフも、一緒に乗り切りましょう」
「あ、彼氏がいる男性スタッフもいました。ハハハ」
その瞬間、目線の先にいた自分に、数百人の「顔」が一斉に向けられた。
拍手されるわけでもなく、笑われるわけでもない。珍しいといわんばかりにコソコソと話している。
その光景は何十秒も続いたように感じた。悪気はない発言とわかっていたが、ただ苦笑いすることしかできなかった。
「笑ってくれたほうが100倍マシ」。その時、改めて気づいた。
日本で就職し、新しい生活をしていくにはその都度ハードルを乗り越えていかないといけない。さすがに疲れるーー。
大学4年だったが、就職活動はせず、海外に渡航する計画を立てた。
ビザを取得しやすい。住みやすい。そして、同性同士が暮らしやすい。
それが、2013年に同性婚を認める法律が成立したニュージーランドだった。
ただ、家族には伝えなければならない。就職先の心配もしているだろう。
山口県の地方都市で暮らす両親が認めてくれるかな。不安はあったが、意を決してテレビ電話をした。
「実は言わないといけないことがある。男の人が好きで、それが認められる海外にいきたい」
久しぶりの息子からの電話。父と母は一呼吸置き、こう言った。
「男性が好きであろうと、自分らの息子であることにかわりはない」
23年たって初めて家族に言えた。全て吹っ切れた気がした。
母国への思い
小原さんはワーキングホリデー制度を利用してニュージーランドに向かった。
永住権取得のため、ニュージーランドで働きながら必死に英語を勉強。飲食店ではマネジャーにもなった。
2019年についにビザを取得し、現在は介護士として働いている。
ティムさんともその頃、マッチングアプリを通じて出会った。航空会社で客室乗務員のマネジャーとして働いている。
生まれ育った文化も年齢も違うが、優しくて真面目、こまめに連絡をとってくれる性格に惹かれていったという。
そして昨年3月、プロポーズを受けた。
誕生日を祝う旅行先で、朝起きるとテーブルの上に手紙とティファニーの指輪が置いてあった。
“30歳の誕生日おめでとう。結婚してください。愛を込めて、ティム“
「涙が出ました。異国でこのまま1人かもと思ったこともありましたし、こんな良い人と別れたらどうしようって」
「婚約はゴールではないけど、奇跡だと思う。でも、プロポーズはひざまづいてほしかったです」
日本では、まだ法的に同性婚は認められていない。
自治体が同性カップルの関係を公的に認める「パートナーシップ制度」などを導入した地域も一部にとどまっている。
小原さんは母国にも思いを馳せた。
「カミングアウトするかどうかで悩んでいる人は多いと思う。でも、もし決心がつけば信頼できる人に話してみてもいいかもしれません」
「自分の気持ちに嘘をつき、誤魔化して生きていくのはとても辛かった」
続けてこうも話した。
「もしカミングアウトに失敗したら逃げてほしい。自分はニュージーランドだったけど、世界中のどこかに居場所はある」
「そして、逃げた先に幸せが落ちていることもありますから」
小原さんとティムさんは、コロナが落ち着いた頃に結婚式を挙げる予定だ。
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