福島第一原発事故による放射線被ばく。若者たちがその後、甲状腺がんで苦しんでいるーー。
5月21日放送のTBS系列「報道特集」が、原発事故と甲状腺がんの因果関係を関連づけるようなかたちで報じ、波紋が広がっている。
原発事故と甲状腺がんとの因果関係は、国連組織が「事故による影響とは考えにくい」と評価しているが、番組では触れていない。
経緯を丹念に追ってきた人などからは、「すでに否定されている話を蒸し返している」といった批判の声が上がっている。

番組の内容は
番組は、事故と甲状腺がんの因果関係はあるのか、といった言葉から始まる。
「事故で被ばくしたことで甲状腺がんになった」として2022年1月、東京電力を相手取り損害賠償を求める訴訟を起こした原告の1人を取り上げた。
事故当時は15歳で福島県の中通り地方に居住していた。東京都内の大学に進学後、甲状腺がんと診断された。
「原発事故による放射線被ばくが原因」と考えており、福島県立医大で「事故とがんの因果関係はありません」と言われたことに不信感を覚えたという。
また、原発事故後に福島県が行った調査で、38万人のうち約300人が「がん、またはその疑い」と診断されていることに触れ、原告弁護団長の見解を紹介した。
「野菜の(出荷)制限が始まったのは3月20日頃からで、トータルな出荷停止措置が出されてるわけではないし、それまでの間、すごい汚染をしている」
「葉物野菜とか家庭菜園してそれを食べるとか、その頃にそういう野菜を食べたら大変な被ばくをしているんですね」
また、「低い被ばく線量でも甲状腺がんは起こりうる」と主張する岡山大大学院教授のインタビューを流した。
国連組織は因果関係を否定

福島県は2011年から、子どもたちへの影響を調べるため、事故当時おおむね18歳以下で県内に住んでいた子ども・若者約38万人を対象に甲状腺検査を行なってきた。
その結果、約300人が「悪性ないし悪性疑い」と診断され、200人余りが手術を受けている。
原発事故と甲状腺がんの関係は、どうなっているのか。
国連組織の原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)はこの問題について、2021年3月公表の2020年報告書で、関連性を否定する見解を示している。
UNSCEARは、科学的・中立的な立場から、人や環境などへの放射線の影響を調査し、国連総会に報告している組織だ。国際的に重要な組織で、その報告には大きな影響力がある。
国際原子力機関(IAEA)や世界保健機関(WHO)などの国連機関がUNSCEARの報告をもとに勧告や指針を定め、日本を含む各国政府がそれに従い国内法や基準をつくるという関係にあるからだ。
UNSCEARの2020年報告書について、復興庁が「放射線の健康影響に関する情報アップデート」というサイトで解説した内容は、以下の通りだ。
原発事故後の10年間で被ばくに関する相当数のデータを集めて出した結果、
・放射線被ばくが直接の原因となるような将来的な健康影響は見られそうにないと引き続きみなしている
・妊婦、胎児への健康影響は見られそうにない

2020年報告書に関する国連の発表資料では、以下のように言及している。
放射線被ばくが直接の原因となる健康影響(例えば発がん)が将来的に見られる可能性は低い。
子どもたちの間で甲状腺がんの検出数が大きく増加している原因は、放射線被ばくではないと委員会は判断している。
むしろ非常に感度が高い、もしくは精度がいいスクリーニング技法がもたらした結果であり、以前は検出されなかった集団における甲状腺異常の罹患率を明らかとしたにすぎない。
まとめると、
・福島県で子どもたちの甲状腺がんが見つかることが増えているのは事実
・原因は放射線の影響とは考えにくい
・非常に精密な検査を行ったため、これまでの一般的な検査では分からなかったものまで見つかるようになったことが要因
などと、「過剰診断」の可能性を指摘している。
「過剰診断」とは
甲状腺の疾患に詳しい長崎大学病院国際ヒバクシャ医療センターの宇佐俊郎教授(内分泌疾患)によると、「過剰診断」とは、過剰な検査によって本来なら健康に影響がない病気を見つけてしまうことだ。
小児の場合、一般的に甲状腺がんは100万人に1〜2人と言われてきた。しかし、福島県が行った調査では、約38万人で約300人が「悪性ないし、悪性の疑い」と診断される結果となった。
なぜ福島でここまで診断例が増えたのか。
宇佐教授はその理由を「過剰診断」とみられるとしたうえで、次のように分析する。
「福島と同じ規模と精密さで検査をすると、他の都道府県でも同じくらいの割合で、甲状腺がんが見つかると思います。つまり放射線の影響というよりは、過剰診断と言えるでしょう。甲状腺がんは、検査しなかったら一生分からないものも多いのです」
甲状腺がんには、その人に悪影響を与えず無理に治療をする必要がないものが珍しくないという。
別の病気で死亡した人を病理解剖した場合、甲状腺にもがんが見つかって初めて分かるケースもある。もちろん亡くなった本人は生前それに気づいておらず、甲状腺は死因ではない。
一方、検査で見つかった場合、小さいものでも手術をするケースが多く、身体を傷つけてしまう。これが、過剰診断の問題の一つだという。
「差別や偏見を助長」

このように、原発事故と甲状腺がんについては、国連組織が因果関係を否定し、国内の専門家にも同じ認識が共有されているにもかかわらず、報道特集ではこれに触れなかった。
番組はまた、小泉純一郎氏ら首相経験者5人が1月、欧州委員会に「多くの子どもたちが甲状腺がんに苦しみ、ばく大な国富が消え去った」とする書簡を送ったことも取り上げた。
国や県はこの書簡の内容を非難している。
岸田文雄首相は2月の衆議院予算委員会で「誤った情報を広め、いわれのない差別や偏見を助長することが懸念されるものであり、適切ではない」と答弁している。
福島県の内堀雅雄知事は「福島復興のためには科学的知見に基づいた正確な情報発信が極めて重要」と、元首相ら5人に申し入れている。
福島県が過剰診断を主張?

報道特集はさらに、福島県で甲状腺がんが多いことについて「県などは過剰診断だと主張している」と伝えた。
BuzzFeed Newsの取材に対し、福島県の担当者はこう答えた。
「過剰診断の可能性については県の専門家委員会でも指摘されています。しかし、県としては明確に言っていないので、『主張』といわれれば語弊がある。つまり、主張も否定もしていない状態です」
UNSCEARは科学的知見に基づいて「過剰診断」を報告書に盛り込んだ。しかし、いま福島県が自治体として断定的に主張しているわけではない、ということだ。
この担当者は「個別の番組内容についてのコメントは差し控える」としながら、元首相らが欧州委員会に書簡を送付したことに触れた。
「がんになった原因や過程は様々な意見や科学的知見がある。切り取ったり、断定したりすると誤解を招くので、客観的で丁寧な説明をお願いしたい」
事実ではないことが報じられる問題
福島で暮らし、経緯を詳しく調べてきた人は、この番組をどう見たのか。
原発事故後の福島の状況を科学報道の側面から伝え続けてきたフリーライターの服部美咲さんに話を聞いた。
服部さんは「福島レポート」で執筆活動を続け、著書に「東京電力福島第一原発事故から10年の知見 復興する福島の科学と倫理」がある。
ーー報道特集の内容を問題だと感じましたか?
事実ではないことがたくさん報じられていました。
例えば、裁判の弁護団長の発言。「葉物野菜や家庭菜園の野菜を食べた人は大変な内部被ばくをしている」と言っていましたが、何の根拠もありません。
あの寒い時期にどれだけ野菜が育っていたのか分かりませんが、発言は「葉物野菜を食べさせたから娘はがんになった」と、今後がんと診断された人のお母さんが自分自身を責めることにもつながります。
また、県外の人が「福島の人って内部被ばくしているんだ」と誤った認識を持ち続けてしまう可能性もあります。
ーー放送では、UNSCEARの報告書には触れていませんでした。
この問題を語るうえで、信頼に値するUNSCEARの報告書に踏み込まないことは、ありえません。
今回の報告書は、原発事故後の10年間で出てきた全ての科学的な論文を検証しています。全ての科学的知見を集約した報告書を踏まえないということは、「科学的知見を全て無視した」ということにもなってしまいます。
また、なぜ今回の放送にあたって福島県の担当者に改めて取材をしていないのでしょうか。
「福島県などは過剰診断を主張している」と番組でも報じていますが、そんな事実はありません。ちょっと取材をすれば防げた誤報だと思います。
ーーどのような影響があり得ると思いますか?
2016〜18年くらいまでは事故と甲状腺がんの関連性に関する、今回のような報道がわりとありました。
こういう報道が出ると、まず「甲状腺検査」とネットで検索する人が増えます。そして、その人たちが今回のような科学的知見に基づかない情報に最初に触れてしまう場合が多い。
すると、間違った知識をそのまま持ってしまう。例えば「福島の人は将来がんになるんだ」「福島で甲状腺がんが増えているんだ」といったような認識になります。
報道を見て誤った情報を調べ、間違った認識を持ち続けてしまうと、どこかで福島に対する偏見や差別をうむかもしれません。
ーー改めて今回の報道特集を振り返ってみていかがですか。
原告には、自分の苦しみを世間に分かってほしいという思いがあったと思います。そのために訴訟を起こさざるを得なかったのは悲しいことです。
福島の甲状腺検査は、そもそも社会的に複雑な対立構造をもつテーマになってしまっています。苦しみを知ってほしいと思う原告が、訴訟を起こすことで、この対立構造に巻き込まれてしまったのも、悲しいことだと思います。
また、裁判の構図が科学的知見に対抗する形になってしまっています。
今回のTBSの番組は、苦しんでいる原告の声を伝えようとしたのだろうとは思います。であれば、前述の事情をしっかり踏まえて慎重に構成するべきでした。
しかし、裁判の構造に乗っかり、それゆえに科学的事実を報じないという番組構成であり、配慮がみられないと思います。
そればかりか、簡単な取材でわかる程度の事実すら誤っている。これほどの深刻な内容を報じる姿勢として言語道断といえます。
取材にTBSの回答は
BuzzFeed NewsはTBSに対し、原発事故と甲状腺がんの因果関係を結びつけるような番組内容や、「福島県などが過剰診断を主張している」と放送したことなどへの見解を聞いた。広報部の回答は以下の通りだった。
「番組では甲状腺がんと被ばくの因果関係が裁判の争点になると明確に伝えており、因果関係について断定するような内容にはなっていないと考えております。いずれにせよ、ご指摘の点も含め、番組で精査して参ります」
UPDATE
報道特集は5月28日の番組内で、21日に放送した特集「原発事故と甲状腺がん」について内容を一部訂正した。
番組では、福島県で子どもの甲状腺がんが増加した理由について、「福島県などが過剰診断を主張」と放送。
しかし、28日の番組内で「正確には、専門家委員会で過剰診断の可能性を指摘されたもので、県は議論を継続しているとしています」と訂正した。
BuzzFeed Newsが27日の記事で指摘していた、原発事故と因果関係を関連づけるような報道内容に関しては言及しなかった。