1歳の息子に見せるYouTubeの動画を探す時、いつも気になっていることがあった。
「この絵本の読み聞かせ動画たち……アウトだよね?」
YouTubeには、手遊びうたや知育アニメなど、子ども向けの動画もいろいろあるのだが、しばしば見かけるのがこのような絵本の読み聞かせ動画だ。
数分で読み終わる絵本。短い本文はもちろん全文転載……ならぬ全文読み上げで、挿絵もたっぷり入っている。
出版社や作者の名義で公式にあげられているものもあるが、多くは個人によるもののように見える。
人気動画の中には、広告が入っているものも少なくない。中には1000万回を超える再生数のものもある。
マンガの海賊版サイト「漫画村」の騒動は記憶に新しいが、絵本ももちろん著作権がある作品だ。
動画のコメント欄には「子どもが大好きなので助かります!」なんて無邪気なものもあるが、立派な著作権侵害にあたる。
特に読み聞かせ動画が目立つ「だるまさん」シリーズを刊行しているブロンズ新社に現状を聞くと、出版社側もネット上での著作権侵害の対応に苦慮している実態がわかってきた。
「正直ここまでひどいとは……」
ブロンズ新社は、絵本や児童書を中心とした出版社。『リサとガスパール』『くまのがっこう』『ヨシタケシンスケの発想絵本』などの人気シリーズを刊行している。
なかでも、2008年に第1作が刊行された『だるまさん』シリーズは、シリーズ累計690万部を超える大ヒット作。
0歳から読める新定番絵本として、この10年で確固たる地位を築いている。
人気作だからこそ、ネット上での著作権侵害も深刻だ。
特に目に余るのは、先述したYouTubeの読み聞かせ動画と、メルカリやラクマなどでの海賊版グッズの販売。
実際にメルカリで検索すると、「だるまさん」のキャラクターたちを使ったペープサート(紙人形)やパペットなどが多数ヒットする。なかには5000円以上で取引されたセットもあった。
著作権関連業務を担う編集部員、佐古奈々花さんは戸惑いながらこう話す。
「読者の皆さんに愛していただいているのはありがたいですし、あまり細かく言うのは、という気持ちもあったのですが、正直ここまでひどい状況とは思っていませんでした。実際に各サイトで確認して驚きました」
「『忙しい保育士さん、いかがですか?』なんてコメントとともに『だるまさん』のペープサートが出品されていて、権利を侵害している側はむしろ助けているような意識なのかと困惑しました」
「悪意なく……どころか善意でやっている方もいると思うので、まずは『それはダメなことなんだよ』とより広く知ってもらいたいです」
「明らかな著作権侵害」弁護士も驚く現状
ここで一旦、法的な解釈についても確認しておこう。
著作権法に詳しく、多くの出版社から相談を受ける虎ノ門総合法律事務所の雪丸真吾弁護士はこの状況について、「明らかな著作権侵害が堂々となされていることに驚きました」と話す。
「読み聞かせ動画の場合、絵の部分を写す場合はもちろん、文章の読み上げのみでも、公衆送信権侵害(23条1項)により著作権侵害となります。民事上は著作権者から差止請求・損害賠償請求がなされますし、刑事上は10年以下の懲役・1000万円以下の罰金刑(119条1項)もあります」
「イラストを使ったハンドメイド作品の場合、制作した時点で、複製権(21条)または翻案権(27条)侵害が成立。その後、作品を写真撮影した時点で複製権、メルカリなどにアップロードした時点で公衆送信権、譲渡した時点で譲渡権(26条の2・1項)侵害になると考えられます」
読み聞かせを個人で楽しむ線引きとしては「ネットにアップはNG」がひとつの指標だ。
「例えば、図書館や保育施設など、少人数の子どもに対しての典型的な読み聞かせは適法の範囲内です。ネット上にアップロードした時点で、公衆送信権の侵害となります」
出版社に重くのしかかる負担
インターネット、そしてSNSでの著作権侵害が急増しているのはこの数年のこと。
各出版社それぞれが、通常業務のかたわら、次々に出てくる新たな手法の対策に取り組まなくてはならないのが現状だ。
「知的財産や著作権関連の部署があるような会社では、専門のスタッフがきめ細かく対応できると思うのですが、編集担当や広報が対応しなくてはいけない弊社では限界があるのが正直なところ。ITやネットに詳しい人も少ないですしね」
ブロンズ新社も、出版業界向けの著作権セミナーに参加する、日本ユニ著作権センターを通して弁護士に相談するなど、独自の対策をとってきた。
「とはいえ、動画や商品は次々と増えていきます。作品名でチェックして報告して……と、日常的にこちらからアクションし続けるのは難しい。自社で扱う絵本や児童書も多岐に渡りますし、複数作品をウォッチしていくことになればなおさらです」
YouTubeよりフリマサイトに危機感
読者として気になっていたのはYouTubeだったが、佐古さんが実際に削除申請を繰り返す中で、より危機感を強めているのはフリマサイトだという。
著作権は本来、作家本人が持つ権利であり、出版社が代理人となる場合は、代理人であることを示す契約書が別途必要だ。
YouTubeの場合、その証明は比較的簡略化されており、著作権者と出版社の関係性を明示すれば受理される。慣れてきたら削除までの対応も早いうえ、複数回にわたって違反したアカウントにはしっかりとペナルティーが科される。
対して、メルカリの場合は、代理人であることを示す法的書類を都度提出する必要があり、手続き自体が煩雑で時間がかかるという。
違反アカウントへのペナルティーへも不明瞭で、一度出品が削除されたユーザーが、同じ名前で同じものを再出品していることもある。
「こうなるともう、いたちごっこ。削除申請が受理されるのを待っている間に売れてしまえば文句を言えず、申請しているそばから次のものが出品されていく」
「権利者である証明が必要なのはわかるのですが、手続き完了の前に取引がおこなわれ、見過ごすことになってしまっているのが現状です」
「難しいかもしれませんが、フリマサイトの運営側が自らパトロールし、著作権侵害商品は率先して出品取り下げ対応、出品者にペナルティーを科すようになってほしいです。このままではいつまでたっても『言われなければいい』という状況を改善できませんから」
マンガで啓発、1万リツイートを超える反響
まずは多くの人にこの状況を知ってほしい、少しでも敏感になってほしい。弁護士に相談して学んだことも踏まえ、ブロンズ新社のSNSでマンガを公開した。Twitterでは1万リツイートを超える大反響だ。
このツイートには、「作者の気持ちを代弁してくださり、本当にありがとうございます」「あまりにも当たり前に溢れているので、宣伝のために出版社が許可されているのかと思っていました」など、さまざまな立場から声が寄せられている。
「文章だけならOK、作品によってはOKなど、作家さんによって許諾範囲が異なるので、一概にルールを決められないのがまた難しいところ。まずは一旦、『作品は著者のものである』と立ち止まってもらえれば」
「弊社に限らず、迷うことがあれば各出版社に問い合わせてもらうのが安全だと思います」
冒頭で紹介した、著作権者とブロンズ新社を悩ませていた1700万再生の動画は、4月10日に削除された。
佐古さんは、あらためて語気を強めてこう呼びかける。
「この作品が好きだから、好きな作品を広めたいから――例えどんな理由があっても、それはあなたのものではなく、他の誰かの作品です。好意や善意からであっても、思いとどまってもらいたいと思います」