10月10日公示の衆議院選挙は、フェイクニュース時代に日本が迎える初の総選挙だ。アメリカ大統領選で猛威を振るった偽情報や誤情報。これらと戦うため、メディアによるファクトチェック(事実の検証)が始まった。
フェイクニュースの恐ろしさ
フェイクニュースは社会に対する脅威となっている。フェイク(偽)に騙された人によって犯罪が引き起こされたり、選挙に影響したりするからだ。
2016年のアメリカ大統領選終盤では、Facebook上でニューヨークタイムズやCNNなど主要メディアのニュースよりも、フェイクニュースの方が人気だったことがBuzzFeedの調査でわかっている。
民主党幹部が児童買春組織に関わっているというフェイクニュースに騙された男が、組織のアジトと名指しされたピザ屋で発砲する事件も起きた。
パキスタン国防相がフェイクニュースを信じて、イスラエルへの核攻撃を示唆するという、国際問題に発展した例もある。
フェイクニュースとは何か
フェイク(偽)のニュースというと、メディアが誤った情報を流しているだけのように感じられる。しかし、実態はより複雑になっている。
Googleニュースラボなどが支援し、フェイクニュース対策に取り組むプロジェクト「ファーストドラフト」戦略リサーチディレクターのクレア・ウォードル氏は、「フェイクニュースは複雑だ(Fake news. It’s complicated.)」と題した記事で、こう指摘している。
(フェイクニュースは)たんなるニュースだけの話ではない、情報の生態系全体に関わる問題だ
この記事で紹介されている7分類を元に、フェイクニュースを以下のように6つに分類してみた。
- 誤情報:取り上げられた事実や事象に誤りのある情報
- 偽情報:取り上げられた事実や事象がそもそも存在しない情報
- 不正確な情報:取り上げられた事実や事象に誤りがあるとまでは言えないが、正確ではない情報
- ミスリーディングな情報:取り上げられた事実や事象に誤りがあるとまでは言えないが、見出しや表現の仕方で誤解を生じさせかねない情報
- 根拠のない情報:取り上げられた事実や事象に誤りがあるとは言えないが、それが事実であると証明する根拠がない情報
- 風刺や冗談:取り上げられた事実や事象はそもそも存在しないか、大幅に脚色されているが、風刺や冗談であり、人を騙す意図はない情報
これらの6つの情報は、メディアがニュースとして発信するものだけではない。個人のブログやツイートが元になるものもある。「情報の生態系全体に関わる問題」と言われる所以だ。
(風刺や冗談は高度な表現技法であり、それ自体が問題なわけではない。ただ、これを本物のニュースと信じ込んで拡散する人によって、結果としてフェイクニュースと同等の効果を持つことがある)
フェイクニュースの定義について、もう一つ注意すべきことがある。自分に批判的な報道に「フェイクニュース」とレッテルを貼る風潮だ。
例えば、トランプ大統領はCNNを「フェイクニュース」と呼ぶ。時には、私が所属するBuzzFeedやニューヨーク・タイムズのことも、そういって批判する。
CNNやBuzzFeedやニューヨーク・タイムズが間違うこともある。しかし、その際は訂正するし、読者を騙そうという意図はない。フェイクニュースと呼ぶのは行き過ぎだ。
日本でも同じ現象が起きている。自分好みのニュースかどうかではなく、事実に則っているか、論理的に正しいかが重要だ。
ネット時代に爆発的に増加したフェイク
誤情報やミスリーディングな情報は新聞やテレビの時代からいくらでもあった。しかし、ネット時代になって、状況は加速度的に悪化している。誰もが情報を発信、拡散できるようになったからだ。
日本も例外ではない。BuzzFeed Japanは2017年1月、日本で発信していた「大韓民国民間報道」というニュースサイトはフェイクだと報じた。
発端は、このサイトが流した「韓国、ソウル市日本人女児強姦事件に判決 一転無罪へ」(すでに削除されている)という記事。韓国人がソウルで日本人女児を強姦したのに、無罪判決が出たと伝えていた。
この記事を読んだBuzzFeed記者が判決に違和感を覚え、調べたところ、そんな事件も裁判もなかった。さらには、このサイト上の記事は全てが捏造だった。
記者はサイト運営者を突き止め、インタビューした。まだ20代の男性が一人でやっていた。目的はカネだった。
大韓民国民間報道やアメリカ大統領選で出てきた数々のフェイクニュースサイトがそうであったように、ビューを集めれば、それだけサイト上に掲載したネット広告から広告費が手に入る。
金銭目的だけではない。自分と意見の違う政治勢力を貶めたり、逆に自分が応援する政治家を賞賛して人気を高めたり。自分の嘘が拡散するのを喜ぶ人もいる。
9月には1本800円で「嫌韓」記事を書かせる求人がクラウドソーシングサービスに出ていた。こちらもBuzzFeedで報じている。
これらの情報に騙される人が増えていくことは、民主主義社会の危機だ。
ファクトチェックが始まった
対抗する動きも始まっている。
2017年春のフランス大統領選では主要メディアが協力し、選挙に関する情報が事実か検証する「クロスチェック」というサイトを立ち上げた。メディア間の壁を超えて、情報の生態系を揺るがすフェイクと戦う試みだ。
このような取り組みは、世界に広がっている。
日本でも衆議院選に焦点を合わせ、ファクトチェックに取り組むメディアや団体がようやく増えてきた。特徴的なのは、マスメディアよりも新興メディアの動きが目立つことだ。
例えば、有志による協議体「ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)」。海外のファクトチェック団体とも協力し、最新の知見をファクトチェックに取り組むメディアや個人に提供している。
FIJは現在、「総選挙ファクトチェックプロジェクト」を実施している。参加メディアを募り、ファクトチェックの元となる政治家の発言やニュースなどを共有する取り組みだ。
BuzzFeed Japanもこのプロジェクトに参加し、すでに検証記事を続々と公開している。
【検証】小池知事の「(衆院選立候補)最初から100%ない」発言は本当か
【検証】立憲民主党Twitter「フォロワーを購入」は本当か
【検証】立憲民主党のツイートを拡散したのは買われた偽アカウントか
【検証】アベノミクスで「格差拡大」は本当か?
【検証】「安倍首相が国連の選挙監視団を拒否した」は本当か
【検証】安倍首相「ほとんどの教科書に自衛隊が違憲と記述」は本当か
マスメディアの力が必要とされている
いわゆる主流のマスメディアの中では、朝日新聞がいち早くファクトチェックを始めた。
朝日新聞や読売新聞の編集局体制は2000人を超える。与野党や各省庁に張り巡らされた取材網とデータの蓄積は、ファクトチェックの大きな武器になる。テレビ局の映像データもそうだ。
フェイクニュースは、我々の情報の生態系全体を蝕んでいる。取材の人員や予算が限られている新興メディアだけでは検証する力が足りない。
前述したファーストドラフト・ニュースは、世界中のメディアやテクノロジー企業、研究機関などとパートナー関係を結んでいる。ウェブサイトを見ると国別にパートナーの名前が並んでいる。
アメリカはダントツの57、イギリスは18など、アメリカ生まれだけに英語圏で浸透している。非英語圏では、ドイツは9、フランスは5などと続く。
日本はFIJのみ。マスメディアの名前は一つもない。国の規模から考えても、取り組みがまだまだ遅れているのは明らかだ。
訂正
ファーストドラフト・ニュースの日本でのパートナーをYahoo! JAPANとFIJと書いていましたが、FIJのみでした。公式サイトに誤りがありました。