知財判決のココに注目

第1回 2ちゃんねる「乗っ取り」事件裁判 − 何が東京地裁と知財高裁の結論を分けたのか 2ちゃんねる商標権侵害・不正競争事件知財高裁判決

知的財産権・エンタメ

目次

  1. 2ちゃんねる商標権侵害・不正競争事件の概要
    1. 請求の内容
    2. 本件の事実経過
    3. 第一審(東京地裁)と控訴審(知財高裁)の判決
  2. 損害賠償請求の認定判断のポイント
    1. 商標法との関係
    2. 不正競争防止法との関係
    3. 争点のまとめ
  3. 東京地裁と知財高裁の判示事項(2ちゃんねるは誰のサービスだったのか)
    1. 東京地裁
    2. 知財高裁
  4. 両判決の相違点
    1. サービスの提供に必要な具体的な行為を誰が担っていたのか(サービス提供者側の視点)
    2. 需要者によって誰がサービスの提供者と認識されていたか(需要者側の視点)
    3. 間接事実に基づく相対的な判断
  5. 本判決を踏まえた企業実務のポイント

 2023年1月26日、知的財産高等裁判所で、「2ちゃんねる」などの表示をめぐり、商標権侵害・不正競争行為の成否が争われた事件の控訴審判決がありました。本件の事実関係はかなり複雑で、しかも、通常の企業間取引をめぐる紛争とは異なり、契約書などの証拠が少ない中で間接事実が積み重ねられた結果、第一審(東京地裁判決)と控訴審(知財高裁判決)とで事実認定が異なり、結論も分かれました。


 判決に現れる法的問題の詳しい解説は、「イノベンティア・リーガル・アップデート」の記事を参照いただければと思いますが、ここでは、本件の損害賠償等の請求に関し、何が東京地裁と知財高裁の明暗を分けたのか、分水嶺となったポイントを見ていきます。

2ちゃんねる商標権侵害・不正競争事件の概要

請求の内容

 本事案は、電子掲示板「2ちゃんねる」を開設した「ひろゆき」こと西村博之さんが原告となって、2ちゃんねるの運営に関与していたフィリピン法人のRace Queen, Inc(以下「RQ社」といいます)を訴えた、というもので、「2ちゃんねる」「2ch」といった表示と「2ch.net」のドメイン名の使用差止、そして、損害賠償を求めていました。

 被告のRQ社は、2ちゃんねるにプログラムを提供するなどし、また、2012年5月3日以降「2ch.net」のドメイン名を保有していた会社です。
 この訴訟の重要な関係者としては、もう1社、2ちゃんねるのサーバを管理していた米国ネバダ州法人のN.T. Technology Inc.(以下「NTテクノロジー社」といいます)が登場します。同社は、本件の被告となったRQ社と実質的経営者が共通する会社で、2ちゃんねるの創成期から西村さんと協力関係にありましたが、2014年、パスワードを変更して西村さんとその運営会社が2ちゃんねるにアクセスできないようにし、西村さん側は、広告料収入を受領できなくなりました。西村さん側は、これを「乗っ取り」と呼んでいます。
 訴訟では、こういった事実を含む一連の経緯が俎上に載せられています。

本件の関係者

 西村博之さん 原告
2ちゃんねるを開設
 RQ社
(フィリピン法人 Race Queen, Inc)
被告
2ちゃんねるの運営に関与
 NTテクノロジー社
(米国ネバダ州法人 N.T. Technology Inc.)
2ちゃんねるのサーバを管理
(RQ社と実質的経営者が共通する会社で、2ちゃんねるの創成期から西村さんと協力関係にあった)

本件の事実経過

 本件の事実経過は以下のとおりです。

本件の事実経過

 1999年 西村さんが2ちゃんねるを開設、NTテクノロジー社がサーバの提供開始
 2004年 RQ社が2ちゃんねるのプログラミングを担当するようになる
 2006年頃 2ちゃんねるが広く知られるようになる
 2012年5月3日 RQ社が「2ch.net」のドメイン名を取得
 2013年1月25日 西村さんが「2ちゃんねる」商標登録出願
 2014年2月19日 西村さん側の2ちゃんねるへのアクセスが遮断される
 2014年3月27日 西村さんが「2ch」商標登録出願
 2016年 上記2件の商標が登録される
 2017年 本訴訟提起
 2017年9月30日 2ちゃんねるの運営がRQ社から他社に承継される
 2019年12月24日 東京地裁判決
 2023年1月26日 知財高裁判決

 この事件、もともとは2017年に訴え提起があり、第一審では、東京地方裁判所民事第46部(知的財産部)が2019年12月24日に判決をしていました。そこから知財高裁の判決まで、約3年を要したことになります。

第一審(東京地裁)と控訴審(知財高裁)の判決

 結論は、東京地裁と知財高裁とで対照的なものとなりました。東京地裁は、損害賠償請求を却下ないし棄却しつつ、「2ちゃんねる」や「2ch」の差止請求を認めていましたが、知財高裁は、差止請求を棄却し、代わって、一定の期間に被告側が得た広告料収入を西村さんの損害と認め、その賠償を命じたのです。
 なお、いずれの判決も、ドメイン名に関する請求は棄却しました。また、東京地裁が却下した部分は、知財高裁も却下しています。

 ここで、損害賠償が認められた「一定の期間」というのは、西村さん側が2ちゃんねるへのアクセスを遮断された時点(2014年2月19日)から、RQ社が2ちゃんねるの運営を別会社に譲渡した時点(2017年9月30日)までの約3年半の期間です。
 知財高裁の判決では、RQ社が2ちゃんねるの運営に関与していた期間という意味で、「本件関与期間」と呼ばれています。

第一審と控訴審の判決の比較

請求 第一審(東京地裁) 控訴審(知財高裁)
商標法 差止請求 ◯(認容) ×(棄却)
本件関与期間分の損害賠償請求 ×(棄却) ◯(認容)
将来分の損害賠償請求 ×(却下) ×(却下)
不正競争防止法 商品等表示差止請求 ×(棄却) ×(棄却)
ドメイン名差止請求 ×(棄却) ×(棄却)
本件関与期間分の損害賠償請求 ×(棄却) ◯(認容)
将来分の損害賠償請求 ×(却下) ×(却下)

 RQ社は、東京地裁の判決時点ですでに「2ちゃんねる」や「2ch」の使用をしていなかったため、おそらく差止命令に大きな不都合はなく、東京地裁の判決は、西村さんにとって実質的な敗訴だったと思われます(RQ社は地裁判決に対して「附帯控訴」をしたにとどまり、積極的な控訴はしていません)。
 他方、知財高裁はRQ社に損害賠償を命じたため、この点では、西村さんは逆転勝訴をしたといえるでしょう。

損害賠償請求の認定判断のポイント

 本件で東京地裁と知財高裁の結論を分ける分水嶺となったのは、「2ちゃんねるが世の中で広く知られた後に、2ちゃんねるというサービスを運営していたのは誰だったのか」という問題でした。

 2ちゃんねるが広く知られるようになったのは2006年頃と認定されているのですが、東京地裁は、RQ社が「2ch.net」のドメイン名を取得した2012年にはRQ社が運営主体になっていたとしたのに対し、知財高裁は、2006年以降ずっと西村さんが運営主体だったとしています。

 では、なぜこの点が本件の結論を大きく相違させたのでしょうか。西村さんが請求の根拠としている法律は商標法不正競争防止法の2つですので、それぞれについて見ていきましょう。

商標法との関係

 本件において、西村さんが商標法上の請求の根拠としたのは、「2ちゃんねる」と「2ch」についての2つの商標権です。西村さんがこれらの商標の登録出願をしたのは、それぞれ2013年と2014年のことでした。つまり、2ちゃんねるが広く知られるようになった2006年から商標出願まで7年ないし8年を経ていたことになります。

 その後の2016年に、西村さんは、これらの商標の登録を受け、2017年提起の本訴訟で商標権侵害を主張したのですが、これに対し、RQ社は、自分には「先使用権」がある、と主張したのです。

 先使用権というのは、要するに、誰かが商標出願をするより先に商標を使用していた人を保護する権利です。具体的には、日本国内で、不正競争の目的でなく商標を使用していた結果、その商標がその人の商品またはサービスを表示するものとして周知になっていると、その後に他人が同一または類似の商標を同一または類似の商品またはサービスについて商標の登録出願をし、商標権者となったとしても、その商標を使い続けられることとされています(商標法32条)。

 商標法上の先使用権が争われるときにしばしば問題になるのは、周知になっていたかという点で、本件でも、そこが焦点の1つになりました。
 2ちゃんねるは2006年には広く知られるようになり、「2ちゃんねる」という名前も周知になりました。その後、2013年から2014年にかけて西村さんが商標登録出願をするまでの間、2ちゃんねるの提供主体がRQ社だったということになると、「2ちゃんねる」という商標は、RQ社の商標として周知だったということになり、先使用権が認められる可能性が出てきます。そのため、訴訟では、この点をめぐって攻防が繰り広げられたわけです。

不正競争防止法との関係

 次に不正競争防止法ですが、同法は、他人の「商品等表示」を勝手に使用する行為を不正競争行為として規制しています。ここでいう「商品等表示」とは、商品や営業の表示で、商標もその1つですが、範囲はより広く、氏名や商号、商品の容器や包装も、それが誰かの商品や営業であることを識別できるものであれば、商品等表示に該当します。
 商品等表示を広く認めたことで話題になった判決として、無印良品のユニットシェルフの形態や、コメダ珈琲の店舗の外観が商品等表示に該当するとした事案をご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

 本件において、西村さんは、「2ちゃんねる」と「2ch」が不正競争防止法で保護されるべき商品等表示に当たると主張しました。製品の形態や店舗の外観と違って、これらが商品等表示に該当し得ることはあまり疑義がありません。また、不正競争防止法によって商品等表示が保護を受けるには、周知性や著名性が求められるのですが、「2ちゃんねる」が周知ないし著名であったことは東京地裁、知財高裁とも認めています。
 では、本件では何が問題となったかというと、周知ないし著名になった後において、これらの表示は誰の商品等表示だったのか、ということでした。

 商標権は、権利者が登録されているため、誰の権利かが問題になることは原則としてないのですが、不正競争防止法の場合、登録がないため、そもそも誰の商品等表示なのか、というところから議論になることがあります。本件でも、「2ちゃんねる」や「2ch」といった商品等表示が誰のサービスを表示するものだったのか、つまり、そもそも2ちゃんねるは誰のサービスだったのかが、不正競争防止法との関係でも重要な争点となったのです。

争点のまとめ

 その結果、商標法との関係では、先使用権の成否との関係、つまり、商標登録が行われる前の時点で誰の周知商標だったのか、という観点で、また、不正競争防止法との関係では誰の周知表示だったのか、という観点で、それぞれ「2ちゃんねるは誰のサービスだったのか」が争われることになりました。

東京地裁と知財高裁の判示事項(2ちゃんねるは誰のサービスだったのか)

東京地裁

 2ちゃんねるは誰のサービスだったのか。この点について東京地裁は、RQ社がドメイン名の登録を取得した2012年時点で、RQ社がその運営主体だったとしました。

 東京地裁は、もともと西村さんが2ちゃんねるを開設して管理人を名乗り、また、直接・間接に広告料収入を得ていたことを認めつつも、下記の理由などから、NTテクノロジー社がサービス提供主体であったとの考え方を採用しました。

  • 西村さんが、ブログや書籍『僕が2ちゃんねるを捨てた理由』で、2ちゃんねるを譲渡して管理人を退いたなどと公言していたこと
  • 2005年以降のドメインの登録情報(Whois情報)で、NTテクノロジー社が、技術面のみならず、運営面の連絡先や登録サービス提供者として登録されていたこと

 そのうえで、2ちゃんねるのプログラムを提供するなどしてNTテクノロジー社に協力していたRQ社は、自らドメイン名を取得した2012年には、NTテクノロジー社から2ちゃんねるの運営を承継したと認定したのです。そこでは、後日別の会社によって開設された「5ちゃんねる」で、RQ社から2ちゃんねるの権利運営権を譲り受けたと記載されていたことも考慮されています。

 東京地裁は、RQ社が2ちゃんねるの運営を承継する前はNTテクノロジー社が2ちゃんねるの運営主体であった、としているわけですが、この点について、西村さん側は、NTテクノロジー社は、サーバの管理の受託会社に過ぎず、運営主体ではないと主張していました。
 しかし、東京地裁は、以下のとおり、巨大な掲示板サイトである2ちゃんねるの運営におけるRQ社の役割の大きさを強調し、「NTテクノロジー社が単に原告等の委託を受けてその指示等に基づいて管理業務を行っていたのみであるというのは不合理というほかない」と述べています。

 本件電子掲示板は、多種の掲示板から構成された巨大掲示板サイトであり、その性質上、サーバの管理、新たな掲示板や機能の導入、それらの維持、改善等の運営は極めて重要である。また、平成14年頃には利用者が急激に増加していたのであり、遅くともその頃以降、それらの管理、運営等が占める役割には非常に大きいものがあった。そして、それらの管理、運営等は、平成11年以降、NTテクノロジー社が単独で又は被告と共に担っていた。この点について、原告が(中略)別件訴訟において提出した陳述書中には、NTテクノロジー社は東京プラス社からサーバの管理業務を受託したにすぎない旨の記載があるが(中略)、上記の事実関係に照らせば、NTテクノロジー社が単に原告等の委託を受けてその指示等に基づいて管理業務を行っていたのみであるというのは不合理というほかない。

 要するに、東京地裁は、西村さんが2ちゃんねるを「捨てた」といっている一方、NTテクノロジー社は多大な労力を投じて巨大掲示板サイトを支えていたのだから、同社が2ちゃんねるの運営主体であり、RQ社は、その立場を承継したのだ、というシナリオを描いたのです。

知財高裁

 他方、知財高裁の見方は違っていました。知財高裁は、本判決において、下記の理由などから、「2ちゃんねる」などの表示が周知性を獲得した2006年時点で、2ちゃんねるのサービス提供主体は西村さんだったとしました。

  • 2ちゃんねるの運営に西村さんが実質的に関与していたこと
  • 2014年まで西村さん側が広告料収入を得ており、その中から、西村さん名義でNTテクノロジー社に送金していたこと
  • 対外的にも西村さんが2ちゃんねるの管理人として表示されていたこと

 上記各ポイントについて、本判決は、以下のように述べています。

 控訴人が平成11年5月頃に自らプログラムやレンタルサーバを準備した上で本件電子掲示板を開設したこと(中略)、その後、利用者の増加に伴い、ボランティアの協力によって本件電子掲示板の維持や機能向上等が図られるようになり、控訴人は不要なデータの削除作業等を行うようになっていったものの、本件電子掲示板のプログラムの修正等に参加する技術的ボランティアは、控訴人から、又は、NTテクノロジー社のサーバの使用を控訴人に申し出て控訴人の了承を得るなどして平成12年頃から本件電子掲示板の運営に関与していたBから、技術的ボランティアとして参加することの許諾を得るなどしていたこと(中略)、平成14年頃から平成26年2月に至るまで、本件電子掲示板の広告料収入は控訴人が代表取締役を務める東京プラス社が取得し、その中から控訴人名義でNTテクノロジー社に送金がされるなどしていたこと(中略)、平成16年及び平成17年に控訴人が対外的にも本件電子掲示板の管理人として活動し、平成18年5月12日発行の「2ちゃんねる公式ガイド2006」にも控訴人が本件電子掲示板の生みの親であることなどが記載されていたこと(中略)のほか、その後も控訴人が平成18年当時本件電子掲示板の管理人であったことに沿う事実が認められること(中略)を考慮すると、(中略)「2ちゃんねる」の標章及び「2ch.net」の標章が周知性を獲得したというべき平成18年の時点において、その役務の提供の主体は、控訴人であったというべきである。

 また、東京地裁は、上述のとおり、2ちゃんねるの運営主体はNTテクノロジー社であったとしたうえで、2012年にRQ社がその運営を承継した、と考えたわけですが、知財高裁は、以下のとおり、2006年以降「2ちゃんねる」等の標章が被告側の役務を表示するものになったとは認められない、つまり、「2ちゃんねる」等の標章は、ずっと西村さんのものだったとしました。

 他方で、本件全証拠をもってしても、平成18年の時点及びそれ以降平成26年3月27日(原告商標2の出願日)までのいずれかの時点において、「2ちゃんねる」の標章及び「2ch.net」の標章が、NTテクノロジー社又は被控訴人の業務に係る役務を表示するものとなったとみるべき事情は認められない。

 さらに、東京地裁は、NTテクノロジー社が巨大な掲示板サイトである2ちゃんねるのサーバの管理等において重要な役割を担っていた、という点を重視していたのに対して、知財高裁は、一言、「サーバの提供者が直ちに当該サーバを用いた事業の運営者となるものではないことは明らかである」と述べています。

両判決の相違点

 さて、両判決の違いはどこからきたのでしょうか。本件では、控訴審でも3年にわたる審理が行われており、判決文からは、同じ事件とはいっても、東京地裁と知財高裁で判断の基礎となった事実にかなりの違いがあったことがうかがわれます。本件の争点は、多分に事実認定にあるため、このような状況で両判決を単純に比較することにはあまり意味がありません。

 ただ、この点を度外視し、上に引用した判旨を比較したとき、東京地裁は、NTテクノロジー社が巨大な掲示板サイトである2ちゃんねるの運営管理を担っていた、ということを重視しているのに対し、知財高裁は、サーバを提供しているだけで事業の運営者とはならない、としつつ、西村さんの実質的な関与と、対外的に西村さんが2ちゃんねるの管理人と認識されるような状況が継続していたことを重視しているように見えます。
 換言すれば、東京地裁は、サービスの提供に必要な具体的な行為を誰が担っていたのか、という「サービス提供者側の視点」を重視したのに対し、知財高裁は、需要者によって誰がサービスの提供者と認識されていたか、という「需要者側の視点」を重視したものとも考えられます。

両判決の認定判断のポイント

2ちゃんねるの運営主体に関する判示 重視されたと考えられるポイント
東京地裁 当初はNTテクノロジー社で、2012年にはRQ社に承継された サービスの提供に必要な具体的な行為を誰が担っていたのか(サービス提供者側の視点)
知財高裁 2006年以降ずっと西村さんだった 需要者によって誰がサービスの提供者と認識されていたのか(需要者側の視点)

サービスの提供に必要な具体的な行為を誰が担っていたのか(サービス提供者側の視点)

 一般論としては、先使用権においても、商品等表示においても、対象となる標章は、誰かの商品等であることが識別できれば足り、具体的に誰の商品等であるかが知られていることまでは要求されません。つまり、「2ちゃんねる」という識別力のある表示を使用していれば、世の中の人が、掲示板の運営主体が西村さんなのかRQ社なのかまで知っていなくても、先使用権や商品等表示の主張をすることができるわけです。
 この点を強調すれば、実際、誰が使っていたのか、ということが焦点になりますので、NTテクノロジー社が2ちゃんねるの物理的な運営管理を担っていたことを重視する東京地裁の判断に傾くことはあり得ます。

需要者によって誰がサービスの提供者と認識されていたか(需要者側の視点)

 他方、いずれの法律も、需要者の信用に支えられるブランドを保護する点で共通しているため、本件のように、訴訟当事者のいずれが表示にかかる商品やサービスの提供主体だったかを争っているような状況では、需要者の認識は大きな意味を持つものと考えられます。
 この点を強調すれば、知財高裁の判断に傾きやすいといえるでしょう。

間接事実に基づく相対的な判断

 もっとも、東京地裁も、西村さんが、2ちゃんねるを「捨てた」という趣旨の発言をしていることなどを考慮し、知財高裁も、西村さんの2ちゃんねるの運営へ関与を考慮しているため、両者の判断の相違は相対的なものといえます。
 本件では、西村さんと被告側との法律関係が委託だったのか、共同事業のようなものだったのか、内部関係においていずれが運営主体に位置付けられていたのかなどといったことを示す契約書類が乏しく、各審級で積み上げられた間接事実に基づき、相対的にどのような事実が重視されたかで勝負がついた、というところなのでしょう。

本判決を踏まえた企業実務のポイント

 ここでは取り上げませんでしたが、本件では、不正競争防止法のドメイン名の不正取得等の規定の適用も争われているほか、将来の給付を求める訴えの適法性といった民事訴訟法上の争点についても議論がなされており、法的には興味深い判決になっています。

 企業実務との関係では、契約関係がはっきりしない共同事業者間の権利の帰属や、その前提としての事業運営主体の認定手法という観点で参考になりますが、本件の教訓としては、共同事業を営むに際しては、将来の紛争を予防するため、知的財産権の帰属その他必要な事項について、文書による取り決めをしておくことが重要である、という当たり前の結論に至ることになりそうです。

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