「高校3年生の担任なので、最近は調査書作成に追われています」。東京都内の私立高校で社会科の教師として教鞭をとる神内聡(じんない・あきら)弁護士はそう話しながら取材に応じた。弁護士でありながら高校教師として44人の生徒を受け持つ、日本で唯一の「学校内弁護士」だ。
神内弁護士は今年9月、自身の経験を元にした著書「学校内弁護士ーー学校現場のための教育紛争対策ガイドブック」(日本加除出版株式会社)を出版した。いじめや保護者のクレーム対応など、教育現場のトラブルについて、教師としての経験と法律の両面から解決策を示している。
神内弁護士は同書のあとがきで、学校内弁護士は「魔法戦士」や「パラディン」に似ていると述べる。これらは、RPG「ドラゴンクエスト」に登場する、戦士でありながら魔法を使うこともできる職業だ。教育現場では、生徒への愛情や情熱だけでは解決できないトラブルが増えているが、法律という「魔法」を使えば、意外と楽に解決できることも多いという。
学校ではどのような問題が起き、教師たちは何に悩んでいるのか。問題を解決するために、法律という「魔法」はどう役立つのか。神内弁護士に話を聞いた。
●教師たちは何に悩んでいるのか?
ーー今回出版された本では、どのような法律問題を取り上げているのでしょうか。
学級担任や部活動顧問など、現場の教師が直面する仕事に関する法律問題を取り上げています。また、スクールカウンセラー、海外の教育法との比較、特別支援教育と障害者差別解消法など、類書がこれまでほとんど扱っていなかった論点についても取り上げています。
ーーいじめや体罰、保護者からのクレームなど、学校では様々なトラブルが起こりうると思いますが、教師が特に悩んでいるのはどんなことなのでしょうか。
例えば、不登校の問題ですね。不登校というと「いじめられて登校できない子ども」というイメージがあるかもしれません。しかし、子ども自身が無気力だったり、親がしつけに無頓着で、子どもが登校しない状況を容認しているというケースも少なからずあります。子どもが夜更かしして朝起きられなかったからといって学校を休ませたり、1日中ゲームをして学校に行かなくても放っておく。そんな親がいるのです。
このような生徒自身の無気力や、親のしつけ不足で休んでいる生徒を不登校と考えていいのか、現場は困惑していると思います。
ーー一概に「不登校」とは言えないのですね。
不登校には2つのケースがあります。いじめ、友人関係、病気がちなど、正当な理由があって登校できないのが「消極的不登校」、親のしつけ不足などで登校しないのが「積極的不登校」です。アメリカではホームスクーリングが発達している代わりに、「積極的不登校」に対しては退学処分や刑罰も辞さない厳しい態度が取られていますが、文部科学省の不登校の定義では、この2つが区別されていません。
日本の法律では本来、正当な理由なく学校を休ませることは就学義務違反(学校教育法144条)となり、保護者は罰金(10万円)を科されると定められています。ところが実際は、罰則がほとんど適用されていません。正当な理由があっての不登校なのかどうか、教師が判断しづらいという難しさがあるのだと思います。
ーー学校はどのように対応すべきなのでしょうか。
不登校に正当な理由があるかどうかを学校側が判断し、ない場合は法律に基づいて厳正に対処することです。就学義務に反しているのであれば、保護者に罰金を科す。正当な理由なく欠席日数が多く、学校教育法で定められた教育目標が達成できなかった場合には、留年も視野に入れて対応するという姿勢を示すべきだと思います。学校教育法で定められた教育目標は、通学しないで達成することはかなり困難なレベルの高いものです。
ただし、いじめなどの理由で登校できない「消極的不登校」だと思われる生徒には、学習権が侵害されていることを意識して慎重に対応するべきです。学校が強硬手段に出ることで、子どもの学習権が侵害されることがあってはなりません。長期欠席になる前に適切な対応をするため、私は学級担任として、1日でも休んだ生徒に対しては必ずその日のうちに電話などで連絡し、できるかぎり直接コンタクトを取るようにしています。
●裁判傍聴、主権者教育、痴漢被害への対応など法教育も実践
ーー本の中では法教育についても触れられています。弁護士として、どんな法教育の授業を行っているのですか。
裁判傍聴に行ったり、痴漢被害に遭った時の対応について女性弁護士に授業してもらったこともあります。そもそも弁護士が担任をしている以上、毎日のホームルームが法教育でもあります(笑)。また、今年は高校3年生の担任になったので、選挙権に関しても、授業で積極的に取り上げました。
特に重要だと感じたのは、選挙犯罪に関する授業ですね。公職選挙法では、有権者ではない人は選挙運動ができないと定められており、違反すると、「1年以下の禁錮又は30万円以下の罰金」や「5年間の選挙権停止」に問われます。例えば、有権者ではない人がLINEなどで候補者のマニュフェストを流すと、法律違反になってしまう可能性があるのです。
イメージしてみてほしいのですが、高校3年生のクラスには、すでに18歳の誕生日を迎えた生徒と、まだ17歳の生徒が混在しています。
ーー自分は18歳の有権者でも、仲良しのクラスメイトは17歳で有権者ではないという状況もあり得るのですね。
その通りです。すると、18歳の生徒が17歳の生徒に「この候補者が、いいこと言ってるよ」とLINEなどでマニュフェストを送ったとします。ところが、17歳の生徒がそのマニュフェストを誰かに転送すると、法律違反になってしまう可能性があります。
●「数十人、数百人の生徒たちと毎日接し、刺激を受けている」
ーー学校内弁護士になって5年が経つということですが、神内先生以外にも、新たな学校内弁護士は生まれているのでしょうか。
残念ながら、全然増えないですね。いまだに全国で私1人です。「やりがいのある仕事です」と若手弁護士にも話すのですが、やはり教員免許のハードルが高いのかもしれません。
最近、「スクールロイヤー」と呼ばれる、教育委員会の依頼で学校の相談を受ける弁護士が注目されていますが、学校にとってあくまでも第三者であるスクールロイヤーと比べて、より日常的かつ直接的に生徒や教師と関われる学校内弁護士が増えないことは、少し残念に感じています。
ーー学校内弁護士ならではのやりがいや魅力は、どんなことでしょうか。
まず、保護者からのクレームや生徒間のトラブルなど困ったことが起きた場合に、同僚の先生に、法的なアドバイスを直接できることですね。普通の弁護士が学校トラブルに関わる場合は、教育委員会や管理職を通じてしかアドバイスができないので。学校内弁護士は、法律だけではなく教育現場の実態も知っていますから、弁護士が抱きがちな固定観念や先入観に影響されず、適切な視点でトラブル解決の方法を示すことができます。
また、憲法や主権者教育といった法教育をする上でも、普通の教師より深く正確な知識を教えられます。教師以外の職業も経験していることは、生徒の職業選択や進路指導にも役立っていると思います。
ーー毎日10代の若者と接している中で、刺激を受けることもありますか。
1日の勤務で数十人、数百人の生徒達に会いますから、日々刺激を受けています。普通の弁護士だと、少年事件を担当してもこれほど多くの若者と関わる機会はないでしょう。
とはいえ大変なこともあります。例えば、私は学校での1日が終わった後、法律事務所に寄り弁護士業務を行うのですが、教師と弁護士とでは仕事で使う知識も思考回路も全く異なるため、切り替えが難しいと感じることもありますね。
それでも、純粋で、計り知れない可能性を秘めた生徒たちと毎日会えることは、この仕事のの醍醐味の1つです。また、生徒たちの人権や現場の先生の権利を日常的に、しかも直接的に守ることができるのは学校内弁護士ならではのやりがいです。学校内弁護士を実践する弁護士や、学校内弁護士を導入する学校が、少しでも増えていけばいいなと考えています。