【解説】 「ウクライナは生物兵器を開発している」 ロシアの主張をファクトチェック
オルガ・ロビンソン、シャヤン・サルダリザデフ、ジェイク・ホートン、BBCリアリティーチェック(ファクトチェック)&BBCモニタリング

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ロシアは、ウクライナの研究所がアメリカの支援を受けて、生物兵器を開発していると主張している。
ロシアによると、その証拠は現在、兵器開発計画を隠すために破壊されてしまったという。しかしアメリカは、これは「全くのナンセンス」であり、ロシアはウクライナでの行動を正当化するために誤ったシナリオを作り出していると反論している。
BBCのリアリティーチェック(ファクトチェック)とBBCモニタリングは、ロシアのいくつかの主張を調べ、それらを裏付ける証拠があるか精査した。
証拠なし:「アメリカはウクライナでの生物兵器研究に出資している」
ロシアは、アメリカとウクライナが国内30カ所の研究所で「危険な感染症の病原体」を扱っていると非難した。ここで言う病原体とは、病気を引き起こす可能性のある微生物を指している。
ウクライナには数十の公衆衛生研究所があり、危険な病気の研究や脅威の軽減に取り組んでいる。
これらの研究所の中には、他の多くの国々と同様、アメリカや欧州連合(EU)、世界保健機関(WHO)から資金などの支援を受けているところもある。
ロシア側は、これらの研究所が「秘密の研究所」だと主張しているが、アメリカがどのように関与しているかの詳細は、アメリカ大使館のホームページで確認できる。

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これに加えてアメリカは、ソヴィエト連邦崩壊後の1990年代、ウクライナなどに残された生物兵器によるリスクを軽減するために、「生物兵器脅威削減プログラム」を立ち上げた。
このプログラムでは、特定の研究所が近代化や設備整備のための資金提供をアメリカから受けるが、研究所自体はアメリカではなく現地で管理されている。
米国防総省は、2005年からウクライナ保健省と連携し、同国の公衆衛生研究所の改善に取り組んでいる。
アメリカは技術支援を行うとともに、在ウクライナ米国大使館によると、「世界で最も危険な感染症のアウトブレイク(故意、事故、自然)の脅威に対抗するためにパートナー諸国と協力している」という。
これらの研究所が生物兵器を製造しているという証拠はない。アメリカは今年1月、このプログラムはその逆で、実際には「生物兵器拡散の脅威を減らす」ことを目的としていると述べた。
ロシアは過去にも、アメリカの支援を受けた近隣諸国の生物研究所について、根拠のない同様の主張を行っている。
2018年にはロシアの国営メディアが、隣国ジョージアのアメリカが資金提供した研究所で、未検査の薬剤が市民に投与されていると報道した。
BBCは現地を訪れ、研究に携わった人物に話を聞いたが、主張を裏付ける証拠は見つからなかった。
証拠なし:「ウクライナは違法研究を隠すために病原体を破壊した」
ロシア当局は、ウクライナが禁止されている活動の証拠を隠そうとしたとも主張している。
ロシア軍のイゴール・キリロフ将軍は、ロシアの侵攻が始まった2月24日にロシア軍がウクライナで発見した文書について、「ウクライナ保健省が、研究所で生物剤を完全に破壊する任務を負っていたことを示すもの」だと主張。
「米国防総省は、これらの文書がロシアの専門家の手に渡れば、アメリカとウクライナが生物・毒物兵器の禁止に関する条約に違反したと認定される可能性が高いことを承知している」と述べた。

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BBCニュースは、キリロフ将軍が引用した文書を独自に検証・確認することはできなかった。
しかしWHOはBBCニュースの取材で、ウクライナに対して公衆衛生研究所に保管されている脅威性の高い病原体を破壊し、住民に病気を広げる「あらゆる潜在的流出」を防ぐよう助言したと述べている。
WHOは、バイオセーフティーとバイオセキュリティーを強化し、「偶発的または故意の病原体の拡散」を防ぐために、数年にわたりウクライナの公衆衛生研究所と協力してきたという。
一方で、この勧告がいつ出されたのか、勧告が実行されたかについては明らかにしていない。また、ウクライナの研究所に保管されていた病原体の種類についての詳細も明らかにしなかった。しかしアメリカは、ウクライナ保健省がロシアの侵攻後、ロシア軍の攻撃時のリスクを抑えるために「検体の安全かつ確実な廃棄」を命じたと発表している。
キングス・コレッジ・ロンドンのバイオセキュリティー専門家フィリッパ・レンツォス博士は、「ウクライナの研究所が、生物兵器禁止条約に違反する悪質な活動や研究開発に関与していた兆候はない」と話す。
また、生物学研究所に保管されている病原体は単なる細菌やウイルスであり、「生物兵器の設計図や構成要素ではない」と述べた。
「安全な施設に保管されているのはバイオセーフティーのためであり、人々がそれに触れて病気にならないようにするためだ」
間違い:「病原体の多さが兵器研究を示唆している」
キリロフ将軍はまた、ウクライナの生物学研究所の仕事が高度に軍事化されていることは、保管されている「過剰な数の生物・病原体」によって証明されると主張した。
しかしレンツォス博士は、この主張は論理的な科学に則っていないと指摘する。
「数は問題ではない。研究所では(小さな検体から)病原体を簡単に増殖できる」
英バース大学の安全保障と公共政策の上級講師を務めるブレット・エドワード氏も、「ウクライナの研究所は研究資料を公開している。世界のパートナーと共に多くの公衆衛生プロジェクトに協力している」と話した。
さらに、アメリカ軍の退役軍人で生物兵器に対する防衛の専門家であるダン・カゼタ氏によると、「生物兵器の研究に多額の資金と膨大な資源を投入することは、紛争での使用が困難であることを考えれば、ウクライナにとって戦略的に意味をなさない」という。
「ウクライナのような国にとっては、通常兵器の方がはるかに使いやすく、効果的だ」
こうした主張を繰り返している国は?
ウクライナの研究所に関するロシア政府の主張は今週、中国政府によっても繰り返された。外交部の趙麗健報道官は、アメリカがこの施設を使って「生物・軍事計画を実施している」と非難した。
同様の非難は、イランやシリアの当局者からも出ている。
米メリーランド州立大学国際安全保障研究センター(CISSM)のミルトン・ライテンバーグ上級研究員によると、この疑惑は他の国でも繰り返されているが、「ロシアのメッセージのほとんどは、自国民向けのもの」だという。
ライテンバーグ氏は、ロシアの主張は、それがうそだと知らず、代替情報にアクセスできない「ロシア国民の心を混乱させる」ことを意図していると指摘した。