アメリカで中絶権認めた判例覆す最高裁の多数意見草案、異例のリーク

Abortion rights advocates and anti-abortion protesters demonstrate in front of the US Supreme Court in Washington, DC, on December 1, 2021

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アメリカで女性が人工中絶を選ぶ権利は憲法で保障されているという根拠になっている連邦最高裁判例について、現在の最高裁内で書かれた多数意見の草案が外部にリークされた。この判例を覆す内容になっていることと合わせて、最高裁文書が漏洩(ろうえい)したことで、アメリカに衝撃を与えている。米連邦最高裁のこうした文書が外部に漏れるのは、現代においては前例がない。

アメリカでは、1973年の「ロー対ウェイド」事件に対する最高裁判決が、女性の人工中絶権を認める歴史的な判例となっている。そのため、中絶に反対する勢力と、女性の選択権を堅持しようとする勢力が長年、この判決をめぐり争ってきた。

米政治ニュースサイト「ポリティコ」は2日、サミュエル・アリート最高裁判事がこの「ロー対ウェイド」判決について、判決は「はなはだしく間違っている」と書いた多数意見の原稿を入手したと伝えた。

報道が事実ならば、最高裁の判決草案が公表前に外部に漏れるのは現代において前例がない。

アリート判事は「第1稿」と書かれた草案でさらに、「憲法の定めを守り、人工中絶の問題を、国民に選ばれた代表たちの手に戻すべき時が来ている」と書き、中絶権の是非は議会が審議すべきだと書いているという。

判事は「ロー対ウェイド」判決の論理展開が「きわめて弱く」、「弊害をもたらした」とも書いているとされる。加えて、「人工中絶の権利はこの国の歴史や伝統に深く根差したものではないというのが、避けがたい結論だ」と書いているという。

「もし報道が正確なら、最高裁は過去50年間で最大の権利の規制を実施する構えでいる。女性に対してだけでなく、すべてのアメリカ人に。共和党が任命した判事たちがロー対ウェイドを覆す判断をするなら、それは実に忌まわしい、歴史上最悪で最も弊害の多い判断として歴史に残る。リンカーンとアイゼンハワーの政党は今や、トランプ党になってしまった」と、両議員は非難した。

Protesters outside the US Supreme Court

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画像説明, 意見草案の内容が伝えらると、大勢が最高裁前に集まって抗議した。写真では「私の体を規制するな」というプラカードも掲げられている(2日、ワシントン)

草案の内容が伝えられると、大勢が最高裁前に集まって抗議した。「私の体を規制するな」、「女性の権利は人間の権利」、「私の体、私の選択」など、女性が妊娠中絶を選ぶ権利を訴える、様々なプラカードが並んだ。

すでに中絶規制の動き

ポリティコによると、リークされた文書は2月に裁判所内で回覧されたもので、「第1稿」と記されている。判事たちの意見が、起草段階で変わることは珍しくない。

草案は、ミシシッピ州が妊娠15週以降の人工中絶を禁止したことを争う訴訟に関するもの。連邦最高裁は今年7月初めまでに、この訴えについて判断を示す見通しで、「ロー対ウェイド」判例が維持されるかどうかが注目されている。

「ロー対ウェイド」判決は、妊娠3カ月まで女性の人工中絶権を全面的に認め、6カ月までも条件付きで認める内容。この時期まで、女性が人工中絶を選ぶ権利は憲法が保障するものだと認めた。判決の違法性を訴える裁判で、最高裁は1992年に合憲判断を示している。当時は、アンソニー・ケネディー判事が最後に考えを変え、判例維持に回った。

現在の最高裁では判事9人中6人が、共和党の大統領によって指名され、3人が民主党の大統領に指名された。

ポリティコによると、アリート判事を含め共和党の大統領に選ばれた判事5人が、今回の多数意見に同意している。民主党の大統領に選ばれた判事3人は、反対意見の作成に取りかかっているという。共和党のジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)に選ばれたジョン・ロバーツ最高裁長官が、今回どのように判断するかは不明。

アリート判事の草案が多数意見として示されれば、人工中絶権が合衆国憲法で保障されたものだという判例が覆される。アメリカではすでに一部の州で、中絶を厳しく規制する動きが広まっている。

BBCのアンソニー・ザーカー北米特派員は、最高裁が「ロー対ウェイド」判決を覆す事態に備えてすでに多くの州が州法を整備しているため、この多数意見草案が最高裁判決として下されれば、たちまち22州で人工中絶が全面禁止されると指摘する。11月には連邦議会などの中間選挙を控えているだけに、中絶権をめぐる政治論争があらためて再燃することが予想されるという。

BBCがアメリカで提携するCBSニュースは、今回の草案漏洩は最高裁の評価を甚だしく傷つけることになると伝えている。CBSはさらに、ロバーツ長官が連邦捜査局(FBI)による捜査も含め、文書漏洩の経緯について全面的な調査を実施するだろうとしている。

米疾病対策センター(CDC)によると、2019年のアメリカでは約63万件の人工中絶が報告された。2010年に比べて18%減少していた。妊娠を中絶する女性の過半数が20代で、2019年には56.9%を占めた。

総数63万件は州や大都市など49地区による集計。そのうち人種別統計をとった30地区では、人種別の割合では白人(ヒスパニック系除く)が33.4%、黒人(同)が38.4%だった。15~44歳の女性1000人のうち中絶件数は、全体では11.3件。人種別には黒人女性が23.8件と最多だった。

(英語記事 Roe v Wade: US Supreme Court leak suggests abortion law repeal)