<連載> 大腸最前線

外敵侵入を防御する 免疫力の向上と腸内細菌の密な関係

感染予防と腸内フローラ(上)なぜ「粘膜免疫」が重要なのか

2020.12.25

 新型コロナウイルスへの警戒が続くこの冬、免疫力に大きな注目が集まっています。ひとの免疫細胞の7割は、実は、腸にあります。その免疫力の向上に、善玉菌も深くかかわっていることが近年の研究でわかってきました。

 ウイルスや病原菌による感染症から身を守るため、わたしたちの体には病原体の侵入を食い止める「防御」の仕組みが備わっています。その最初の段階として、目や鼻や口、腸管など、粘膜からの異物侵入を防ぐのが「粘膜免疫」です。とりわけ腸はこの防御システムの最重要拠点です。

粘膜と皮膚の違い

粘膜は「外敵」が侵入しやすい「1層構造」

 なぜ粘膜の免疫が重要なのか。「皮膚と粘膜で構造が大きく異なるから」と東京大学教授の新藏礼子さんは説明します。体の表面をおおう皮膚は、角質層から真皮まで、細胞層が幾重にも重なる多層構造になっています。ウイルスや細菌が付着しても、すぐに体内に侵入することはまずありません。一方、口や腸の粘膜では体の内と外は、ただ1層の内皮細胞で区切られています。皮膚と比べて、異物がはるかに侵入しやすいのです。

 このうち腸は、微小な突起(絨毛)やひだがあり、その表面積はざっと400平方メートルにもなります。テニスコートの1.5面分に相当し、皮膚全体の表面積の200倍に達します。とくに小腸は、胃で消化・分解された栄養素を「体内」に取り込む最初の場所となり、病原体などを一緒に取り込まないようにする備えが欠かせません。

腸と粘膜免疫

 「免疫担当細胞の7割が腸に集中するのは、このためです」と新藏さん。「いわば進化の過程で、腸はその粘膜免疫を、体の奥で働く全身免疫とは異なる形で発達させてきたといえます」

 広大な粘膜を守る免疫物質の一つが「IgA抗体」です。食べ物などと一緒に入ってきた病原体などに取り付き、増殖を抑えたり体外に排出させたりします。特定のウイルスや細菌だけでなく、様々な種類の病原体に反応する守備範囲の広さも特徴です。ほぼ無菌状態で生まれてきて、免疫機能が未熟な赤ちゃんを守るため、出産まもないお母さんの母乳(初乳)には、このIgAがとくに多く含まれています。

IgAの構造

悪玉菌を腸から排除する免疫物質「IgA」

 このIgA抗体、腸内細菌とも密接な関係にあることが、近年の研究で明らかになってきました。

 新藏さんらの研究によると、IgAの役割のひとつが腸内フローラのコントロールです。約1千種いるとされる腸内細菌から大腸菌などの「悪玉菌」を見つけ出し、その増殖を抑えたり、体外への排出を促したりするのです。その結果、ビフィズス菌などの「善玉菌」が腸内フローラで優位を保てるようになります。

東京大学・新蔵礼子教授
東京大学教授の新藏礼子さん(撮影・村上宗一郎)

善玉菌には「IgA」を増やす作用も

 これに対し、ビフィズス菌がだす酢酸など「短鎖脂肪酸」にはIgAの産生量を増やす作用があります。互いに相手の力を高めあう、こうした共生関係を通じ、善玉菌は免疫力の向上にかかわっているといえます。

 一方、IgAには、病原体などと結びつく能力に強弱があることもわかってきました。強いIgAは、病原体となる悪玉菌や毒素にしっかり取り付き、腸内環境を整えてくれる一方、その結合力が弱いIgAが多くなると、毒素の侵入を許したり、悪玉菌の増殖を抑えることができなくなったりして、腸内環境はバランスが乱れた状態に陥ってしまいます。

強いIgA・弱いIgA

 では、IgAを元気にさせ、免疫力をアップさせるには、どのような食事が望ましいでしょうか。「腸内細菌を意識して食べることが重要です」と新藏さん。「食べたものは私たちの栄養になるだけでなく、おなかにいる腸内細菌のエサになります。よい菌が好きなものを食べれば、よい菌が増えます。悪い菌が好きなものを食べれば、悪い菌が増え、いろいろな病気の原因にもなる。なんとか善玉菌を増やして、腸の免疫力をアップしたい」

バランスのよい食事

 たとえば短鎖脂肪酸の原料となるビフィズス菌入りのヨーグルトに、善玉菌のエサとなる食物繊維の入ったワカメやひじき、ごぼうなど。漬物など伝統発酵食もいい。野菜や雑穀を丸ごと使うホールフードも菌と繊維が一緒にとれる。「様々な食品を取ることが、免疫のトレーニングになる。おなかの声を聞き、自分にあったものを選ぶことが大切です」

マスク・手洗い・うがい

マスク・手洗い・うがいで、外敵侵入量を抑える

 もうひとつ、新藏さんが強く勧めるのが、マスク、手洗い、うがいの励行です。免疫の力を生かしていくには、まずウイルスや病原菌など、侵入する敵の量を効果的に抑えておくことが必要だからです。

 「完全に除去しなくてもいいのです。マスクなんて、ウイルスが通るから意味ないという声も聞きますが、そんなことはない。マスクをすることで、かなり敵の量を減らすことができます。90%減らせば、効果はまるで違います」。手洗いや、うがいも同様です。「外から帰ってきて、あっ、おいしそうだとおやつをつまむ。そのとたん、手にウイルスがついていたら、お菓子と一緒にウイルスを粘膜である口のなか、そして消化管に持ち込むことになります。粘膜と皮膚の違いを、忘れないでいてください」

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  • 新藏 礼子
  • 新藏 礼子(しんくら・れいこ)

    東京大学教授(定量生命科学研究所 免疫・感染制御研究分野)

    86年京都大学医学部卒業。麻酔科臨床医として病院勤務の後、京都大学大学院へ進み、米国ハーバード大学こども病院に留学。京都大学准教授、長浜バイオ大学教授、奈良先端科学技術大学教授などを経て、18年東京大学分子細胞生物学研究所(現・定量生命科学研究所)免疫・感染制御研究分野教授。

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