20世紀最大の発明はどう考えても「コンテナ」だったという話
2016年 08月 29日
人生で読んだ本トップ10というのがあるなら、そのひとつが書き換わってしまった。
かのビル・ゲイツが「今年読んで良かった本7冊(2013)」に選んだことで随分話題になった本書は
海上輸送用コンテナ(海コン)の生い立ちとその発展をくまなく描き切った大作である。
海コンというのはあの、フネで運ばれたりトラックで引っ張られたり、鉄道貨車に乗っけられたりしているあのコンテナのことである。
見た目はなんの変哲もない箱であり、恥ずかしながら「それを誰が発明したのか」などと考えたことはこれまで一度もなかった。
かつて世界に「グローバルな物流」という概念がなかった頃、
遠い場所にフネで届けなければいけない荷物は人が出港地でひとつずつフネに積み、入港するとひとつずつフネから降ろしていた、というところから物語は始まる。
考えてみればアタリマエのことだが、これが地獄のように大変な作業で、コストも時間も莫大にかかる「船便最大の弱点」であった。
船便でモノを運ぶということはつまり、港までの輸送費、海上での燃料代や人件費よりも、「港での積み下ろしコストを支払うこと」とほとんど同義なのだった。
弱点とは言え、これを簡略化する方法についてまじめに考える人というのは異端児であり、
とにかく時間と人間をドバドバ投入してフネを何週間も港に留め置くことが当たり前であり、疑う余地のないことだったのだ。
だがこの本はコンテナについての書物である。
コンテナ、すなわち大きな箱に荷物を入れれば全部が同じ大きさ、カタチに揃うし、クレーンやフォークリフトで積み下ろしをすればコストは一気に下がる。
ただそれだけのことなら、「玩具をおもちゃ箱にしまいましょうね」という幼稚園児でもおそらく理解可能な概念にすぎない。
しかし、コンテナの機能はそれだけではない。
前にトラクター(牽引車)を接続すればコンテナトラックになるし、下に貨車をつければ有蓋車(蓋のある貨車)になる。
開けっ放しにしないかぎり雨風から荷物を守ってくれるから、コンテナはそのまま倉庫代わりにもなる。
送り主がカギをかけてしまえば受け取り手が開封するまで誰も荷物を盗むことができない。
コンテナとはすなわち、ただの箱であると同時に、対人的なセキュリティーや耐候性を向上させながら、
世界の物流をひとつの単位ごとにリフレームして、ありとあらゆるコストを低減させるための"システム"でもある。
それまで「コーヒー豆を麻袋でいくつ、針金をぐるぐる巻きで何メートル」と数え、それをいちいちどんな方法で運ぶか考えていた時代が終わり、
何の表情もない箱のなかに入れてしまい、トラックで牽引し、クレーンで船に乗せ、またトラックに乗せて目的地に運べば良い。
本書を読んで驚くのはまず、
たったそれだけのことが円滑に運用され、世界規模で「あたりまえのこと」になったのはあまりにも最近のことである、ということだ。
ただ単に、「荷物を箱に入れて運べば簡単じゃないか」ということをみんなが「そうだね」と同意して、歩調を合わせる。
たったそれだけのことが、人類にはどうしてもできない。どうしてできないのか、なんでできるようになったのかが本書にはめちゃくちゃ詳しく書かれている。
次に驚くのは、コンテナの出現により、世界の都市構造がすべて一変してしまう過程である。
物流コストが下がるということに気づいた人や企業は、「従来型の輸送に適した立地」から「海コンをもっとも有利に使える立地」へと移動する。
コンテナ船の建造とそれを捌くことのできる港の建造には莫大な投資が必要だが、
そのイノベーションは一瞬で起きてしまい、「気づいた人/都市/企業」と「そうでなかった人/都市/企業」の間に
あまりにも短い間にあまりにも大きな格差が生まれてしまう過程が数字とともに詳しく説明される。
そして最後に驚かされるのは、「じつはだれもコンテナの真の価値に気が付かぬまま、現代の物流は回っている」という事実である。
本書の主人公であるマルコム・マクリーンは自らのトラック運送会社を拡張するにあたり、コンテナを「再発明」する。
世界中の物流を一気に変革したマクリーンもまた、コンテナ輸送が従来型の物流のコスト構造を一気に書き換えてしまったことに気づけなかった。
物流という世界、造船という世界、港湾という世界が従来養ってきた人々があまりにも多すぎたがため、
コンテナによる劇的すぎるコストの削減とそれに伴う物流の変革は、人類の暮らしぶりの変革よりもスピーディーであり、
コンテナに食い殺される人や会社(本の終盤、当のマクリーンですら何度も何度も火傷を負う)が後を絶たない。
上記は短く説明するためにかなりショートカットした(一語に多くの意味を込めた)要約となってしまっているが、
本書は約450ページに及び、多数の図表を使いながらこれらの経緯をわかりやすく説明してくれる。
多くの書評が読める本書だが、あらゆるビジネスマンやイノベイターを目指す人が読むべき一冊だ。
ただ、これを読んで「よし俺もひとつやるぞ!」と思う人はよっぽどの楽天家か、自信家だろう。
げに恐ろしいのは、人類は現代に至ってなお、いかに野蛮で、利己的で、目先のことしか考えられない種族なのだろう!ということを裏付ける事実たちだ。
コンテナ。
そのシンプルなアイディアの裏には、『映像の世紀』で見るような、我々人類の醜さ、腹黒さ、本能的などうしようもなさが内包されている。
なぜ我々は平和に暮らせないのか。なぜ我々は貧富の差の激しさを是正できないのか。なぜ地球環境は破壊され続けるのか。
その答えを知っているのは、短い歴史の中でそのすべてを「目撃」した、コンテナにほかならない。
必読です。
by kala-pattar
| 2016-08-29 22:14
| Movie&Books