本文へ移動

次世代中国 一歩先の大市場を読む

Zoomとはどんな企業なのか
中国生まれがつくった「中国らしくない会社」

田中 信彦 氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

ユーザーは数カ月で20倍

 新型コロナウイルス感染症が世界的に拡大し、在宅勤務や遠隔授業、友人間のコミュニケーションなどに急速に普及しているのが、オンライン会議システムのZoom(ズーム、本社・米国カリフォルニア州サンノゼ市)である。

 2019年末のユーザー数は世界で1000万人ほどだったが、2020年3月には2億人と、数カ月で20倍にも増えた。一方でセキュリティの脆弱性が明らかになり、政府機関や一部企業が使用禁止にするなどの問題も起きている。とはいえ、ナスダック上場の同社の株価は、2割ほど下落したものの、1年前の株式上場時と比べて4倍近い水準を保っており、ユーザー数の増加も目立った衰えは見えない。

 Zoomを創業したのは中国山東省で生まれ、大学卒業後、米国にわたり、その後、米国籍を取得したエリック・ユエン (Eric Yuan、袁征、以下敬称略)という人物である。ユエン自身、現在は米国人ではあるが、中国で大学教育を受け、渡米の時点では英語がまともに話せなかった。製品の開発拠点は中国にあり、エンジニアの大半は中国人という企業である。

 しかし、調べてみると、その経営は一般的な中国企業とはかなり異質だ。そして、その中国企業との違いが、そのままZoomの競争力の核心になっている。これは中国で育ちながら米国で起業し、米国の魅力に惹かれて国籍を変えたユエンのパーソナリティによるところが大きいと思われるが、いわゆる「IT投資バブル」が消滅し、厳しい時代に入りつつある中国企業が抱える問題点と、Zoomの成長ぶりは鮮明な対比をなしている。

 今回は日本国内でも人気のツールとなりつつあるZoomの生い立ちと経営に対する考え方を入り口に、中国人的発想や中国企業の経営について考えてみたい。

Baidu(百度)と並ぶ時価総額

 中国のネットでみかけたジョークにこんなものがあった。中国No.1の検索エンジンであるBaidu(百度)とZoomの対話という設定のジョークである。

百度 :我々は世界で最も大きい中文検索サイトだぞ!
Zoom:私どもは一つのサービスしかございません
百度 :我々は膨大な科学者のチームを擁している!
Zoom:でも私たちの時価総額は同じですよね?
百度 :我々の人工知能に関する特許件数は中国一だ!
Zoom:でも私たちの時価総額は同じですよね?
百度 :我々のアプリは毎日2億のアクティブユーザーがある!
Zoom:でも私たちの時価総額は同じですよね?
百度 :もういい!

 蛇足ながら注釈しておくと、インターネットの初期から中国に君臨しながら、スマホシフトに乗り遅れ、最近はいろいろやるが、いま一つパッとせず、プライドばかり高い百度に対し、一つの領域でコツコツと技術を積み重ね、地味ながら着実に力をつけてきたZoomをネタに皮肉っているのである。両社は共に米国ナスダックに上場している。

 こうしたジョークが広がる背景には、中国企業は近年、確かに急成長してきたが、世界的に独自の技術やサービスを持っている企業は一部であり、大半は海外企業の模倣や政府の保護の下、国内市場の大きさに頼ってお気楽な商売をしている――という見方が中国国内にもある。百度が中国で威張っていられるのは国の規制でGoogleが使えないからに過ぎず、Zoomは同じ中国人(米国籍とはいえ)がやっているのに、実力勝負の市場で勝ってきた企業だぞ――という含意がある。

41歳、シリコンバレーで創業

 創業者のユエンは1970年、中国山東省泰安市生まれ、父は鉱山技師で、その影響もあって山東鉱業学院(現・山東科技大学)に進学、87年卒業。いわゆるエリート校ではない。94年、勤めていた会社の出張で日本に滞在していた際、来日したビル・ゲイツの講演を聞き、感銘を受けて米国行きを志す。97年8月、米国にわたり、ウエブ会議システムのWebEx(現・Cisco Webex)にエンジニアとして就職。2007年、WebEx社が32億米ドルでシスコに買収され、シスコの一員に。次第にその実力が認められ、シスコでは800人のエンジニアを束ねるVice president of engineeringのポジションに就いた。

 2011年、シスコを離れ、Zoomを創業。40人のエンジニアがユエンと共に起業に参加した。シスコを辞めるきっかけは、顧客からはウエブ会議システムに対する期待は大きかったものの、シスコは同事業の拡大に熱心でなく、現状維持との経営判断が続いたことだった。WebExに入社以来、15年目、すでに41歳になっていた。シリコンバレーの創業者としては決して若くない。

 エンジニア時代についてユエンは「最初は何年かやって、中国に戻ろうと思っていた。でも仲間と一緒に働いているうちに、離れたくなくなった。透明でオープンな米国のやり方が好きになっていたし。それで米国籍を取得した」と後にメディアのインタビューで語っている。

 会社を辞める時、少し前に同じくシスコを離れていた以前の上司が25万米ドル出してくれた。投資家第1号である。後日談だが、この元上司はZoomのナスダック上場で700倍のリターンを得たという。またWebExをシスコに売却した創業者は中国浙江省寧波出身の華裔(中国系人)だが、ユエンに対する信頼があつく、300万米ドルを出資してくれた。少し後になるが、ヤフーの創業者、ジェリー・ヤン(Jerry Chih-Yuan Yang、楊致遠)、香港No.1の富豪とされる李嘉誠(Li Ka-shing、レイ・カーセン)も2013年、それぞれ600万米ドル、650万米ドルを出資している。中国系ネットワークの広さ、深さがうかがえる。

第一号の顧客はスタンフォード大学

 製品としてのZoomが世に出たのは創業の翌年、2012年のことだ。第1号の顧客はスタンフォード大学の生涯教育部門だった。当時、まだ大学教育向けのサービスは完成していなかったが、同大学は各社の製品を試した末にZoomを選び、一緒に開発に取り組む姿勢を見せてくれたという。この経験はZoomが最初から個人ユーザーの市場ではなく、企業や公共機関など向けに専念し、着実に実力を蓄える路線へと進む端緒となった。

 ユエンは後にメディアのインタビューに答えて、「この経験は本当に幸運だった。個人向けの市場では、無料で提供して広告で稼ぐモデルになっていただろう。しかし企業からはお金を払ってもらえる。私たちのような(単一の製品で勝負する)企業にはそのほうがよい」と語っている。実際、現在でもZoomは教育界に強く、全米の大学ランキング上位200校の約95%がZoomを導入しているという。大学でZoomに親しんだ学生が、卒業後、企業に入ってZoomが広がっていくという予期せぬ効果もあった。

 その後の成長は順調で、企業ユーザーは13年9月には4500社に達した。14年には3万社を超え、15年に17万社、16年に45万社と急成長し、同年第三四半期に初の黒字化を達成。17年には70万社となり、19年4月、ナスダックに上場。公開価格の36米ドルは初値65米ドルをつけ(終値62米ドル)、時価総額は160億米ドルに達した。最近は個人ユーザー数も増加し、冒頭に紹介したように、19年末には1000万人、新型コロナウイルスの感染が広がった20年3月には2億人に達したとされる。

中国の開発拠点にコスト優位

 Zoomのビジネスモデルの特徴は、開発コストの低さにある。米国企業で、売上高の8割以上は北米(19年末現在)にも関わらず、開発拠点の中核は中国国内にあり、「開発は中国、市場は北米」という構図が鮮明になっている。会社設立直後の2011年9月、中国の安徽省合肥市の開発区に初めての開発拠点を設置、現在も約500名の体制で開発業務を行っている。そのほか江蘇省蘇州市や浙江省杭州市にも合肥市より規模は小さいが、開発の拠点やオフィスがある。

 中国のエンジニアの人件費は近年、急速に上昇しているとはいえ、シリコンバレーよりは圧倒的に低い。その差額を収益源にしたビジネスと評されることも多い。人材紹介会社の調査によると、合肥地域の若手開発エンジニアの年収は3万5000米ドル程度。一方、本社のあるサンノゼ周辺では10~11万米ドルとされ、その差は大きい。

 単純な計算だが、仮にエンジニア1人あたり年間5万ドルの差があるとすると、500人では2500万米ドル。シリコンバレーで開発を行った場合と比べると、毎年それだけのコスト削減効果があった計算になる。Zoomの財務報告によると、2019財政年度の利益は798万米ドル、2020年財政年度は2625万米ドルなので、2500万米ドルの差は大きい。この人件費の米中格差がZoomの収益に与える影響の大きさがわかる。2019財政年度の財務報告書によると、Zoomが研究開発に投じた資金は3300万米ドルで、これは当年の売上高の約10%にすぎない。成長途上のIT企業は一般に研究開発投資が売上高の20~40%に達する例が多く、かなり少ない部類に属する。

セールスに注力する会社

 一方で米国国内を中心とするセールスの体制には力を入れている。同じく2019年度の財務報告書によると、総売上高の56%をセールスと本社などの管理経費に投じている。これは前述したように、基本的に企業や教育機関などの法人顧客を主要な収益源としてきたことが大きな理由だ。同社は「社員全員がセールスパーソン」という方針を掲げ、どんな職種、どんなポジションでも自社の製品のセールスをする義務がある。社員に限らず、紹介や口コミで製品の導入が決まる例が多いのは既述の通りである。

 このあたりの経営手法は非常に手堅い。中国のIT企業は、膨大な個人ユーザーを主要な対象に、技術や製品の優位性を大々的にブチ上げて大量の資金を集め、株式上場でのキャピタルゲインを目指す――といったタイプの経営を指向する例が目立つが、Zoomはそういう気配がない。あくまで固定のユーザーを重視し、製品の競争力を着実に上げていくことで、地道にシェアを広げていくタイプの泥臭い経営でここまできた。そうしているうちに新型コロナという想定外の事態が出現し、個人ユーザーの需要も爆発したという経緯である。

「全米で最も幸福感を感じる会社」

 そして、もうひとつ、あまり目立たないがZoomの競争力を支えているのが、同社が「人に優しい会社」との評価が高く、社員のロイヤリティが高いことである。また真面目で規律に厳しい社風で、経費の管理も厳格という一面を持つ。

 企業の報酬や文化、キャリアなどの調査を行っている米国のComparably.comが全米5万社、計1000万人のビジネスパーソンを対象に行った「従業員が最も幸福感を感じる会社2019(Happiest Employees 2019)大企業部門」で、Zoomは全米第1位を獲得。

「Happiest Employees 2019大企業部門」のホームページ。Zoomは全米第1位に輝いた

 また米国の求人サイトGlassdoor が行った「最も働きたい会社(Best Places to Work 2019)」調査(https://www.glassdoor.com/Award/Best-Places-to-Work-2019-LST_KQ0,24.htm別ウィンドウで開きます) でも第2位に選ばれている。

「最も働きたい会社(Best Places to Work 2019)」ホームページ。Zoomは全米第2位。Facebookが6位に

 ユエンは2018年、テレビ番組のインタビューに答え、「私の最大の任務は従業員が楽しく働いて幸せになることだ。従業員が幸せになれば、顧客もそうなる」と語っている。また、人材採用の基準は「業務経験や学歴は重視しない。最も大切なのは“自分で学び、自分で成長できる”ことだ。管理職を他社から引き抜いてくるのは好きではない。一緒に成長していく人がいい。互いの信頼関係ができれば、その他のことは何とでもなる」

 経費の管理についてユエンは同じインタビューでこんなエピソードを披露している。

「以前、ヤフーの創業者、ジェリー・ヤンたちと食事をした時のことだ。ちょっと高級な寿司の店で、かなり高かった。わが社の投資家であるヤンに払わせるわけにはいかない。でも会社の規定を超えていて、ビジネスのカードでは払えないから自分で払った。使ったお金の効果が確認できるもの以外、会社のお金を使うことはできない」

 同社では2,000米ドルを超える決済はすべてユエンがみずからサインをするという。「会社がどんなことにお金を使っているか、どの部門がお金を使っているかを見れば、会社がどんな状況かわかる」と語っている。

誰でも、どこでも簡単に使える柔軟性

 Zoomが人気を呼んでいる最大の理由は、(1)いたずらに機能を拡大せず、リモート会議に必要な機能に特化し、品質を高めてきたこと、(2)使用環境を選ばない融通性の高さ――にあるというのが定説だ。

 例えば、中国でいえばアリババの企業向けサービス「DingTalk(中国名「釘釘)」、テンセント(騰訊)のビデオ会議プラットフォーム「騰訊会議(Tencent Meeting、国際版は(VooV Meeting)」といった製品は、単独でも利用は可能だが、やはり自社のその他さまざまなサービスとの相性がよく、それと一体で活用することで初めてメリットが出る面が強い。ユーザー個々のそれまでの利用環境に左右される面が大きい。

アリババの企業向けサービス「DingTalk(中国名「釘釘」)のホームページ

 しかしZoomは、相手がパソコンやスマートフォン、タブレットなどどんな環境でもそのまま使える。ハードウェアの機種もパソコンやスマホのOSも選ばない。これが大きなメリットになっている。機能はリモート会議やミーティングに必要なものに限定されているので、必要があれば他社のさまざまなサービスと組み合わせて使うことができる。自分が会議を主宰するのでなければ、アカウントの事前登録もログインもいらない。誰でも、どこでも簡単に使える柔軟性、どんなものにも組み合わせられるオープン性が昨今の急速な普及の最も大きな理由だろう

Zoomを支えた米国社会のオープンさ

 こうしたZoomの発想の背景にあるのは、シリコンバレーや米国社会のオープンさである。中国の社会は、もちろん企業差、個人差はあるが、一般に「利益のあるものは身内で行い、利益をなるべく外に出さない」という「抱え込み」の発想が根強くある。その結果、中国では「大きな勢力が何でもやる」という傾向が強くなり、一つの領域に特化し、専門性を深めて、オープンな環境で活躍するという「小粒でピリリ」型のユニークな専門企業が生きづらい状況が生まれやすい。

 昨今、中国のIT業界がアリババとテンセントの二大勢力に分割され、どちらかの陣営に属さないと生きる空間がなくなりつつあると指摘されるが、それも同根である。

 加えて、これまでの中国企業、とくに急成長を続けてきたIT関連の業界では、前述のように、とりあえず収益をあげる方法は考えず、とにかくユーザー数を増やし、世間の耳目を引きつけて投資資金を集め、後のことはそれから考える――式のやみくもな経営が幅を効かせてきた。こうした手法と、Zoomの成長してきた経営手法はほとんど対極と言っていい。

 しかし、中国でもIT投資バブルの崩壊で、こうした無責任な態度の経営は立ち行かなくなっており、昨今、悪質な粉飾決算が暴露され、経営危機に陥っている「ラッキン・コーヒー(瑞幸珈琲)」は、その典型的な例といえる。中国企業の中にも、過去の野放図な拡大主義を見直し、着実に競争力を積み上げる努力をするべきだという気運が出てきている。そのような中国国内の見方にZoomの成功は大きな影響を与えている。

眼前の問題は山積だが……

 リモート会議システムの需要は今後、世界で着実に拡大していくだろう。しかし、Zoom自体の中国国内での先行きは楽観できない。2019年4月、中国国内から一時的にZoomにログインできなくなり、「Googleの再来か」とユーザーが騒然とするという事態が起きた。原因はZoomの機能の一部が米国内のサーバーで行われており、それが中国の関係法規に抵触するとの理由だったとみられるが、真相はよくわからない。現在は中国国内のサーバーを利用することで一応、障害はクリアされている。

 加えて、今年3月にはZoomのセキュリティ問題が次々と明らかになり、暗号化が強固でない、システムが脆弱で第三者に侵入される可能性があるといった問題が指摘された。データの一部が中国国内のサーバーを経由して送られ、「中国政府に情報が把握されているのでは」との疑念も生んだ。その根底には、昨今の深刻な米中の対立関係がある。「Zoomは第二のファーウェイ(華為技術)になるのではないか」との声もある。

 このように、眼前の問題は多々あるが、Zoomという中国出身の経営者が米国で創業し、育てた企業が、従来の多くの中国企業とは異なる経営思想で世界的なIT企業に成長しつつあるという事実は変わらない。中国の経営の特徴はどんなところにあり、中国企業が今後、どのようにグローバル化していくのか、その前途を考えるうえで、Zoomという「中国生まれがつくった、中国らしくない会社」の生き方は注目する価値があるように思う。