少人数開発と「能力プール」
■少人数プロジェクトが儲かる理由
開発案件の最終利益率とプロジェクトメンバー数には一定の相関がある。開発に関わったメンバーの数が少ないほど、一般に利益率は高い。実際に数字で調べてみたわけではないが、筆者の過去の経験からも確信できるし、そのように思い当たる人も多いだろう。
その理由は単純である。メンバーが多いほど、メンバー間の情報伝達のためのコスト(情報コスト)が飛躍的に増えるためだ。指示やいわゆるホウレンソウのための初期コストだけでなく、訂正や伝達ミスにともなうさまざまな後追いコストが、人数の多いプロジェクトほど大きくなる。メンバーが2人のときに情報コストが1だとすれば、(1人のときなら0)、人数に従って次のようにコストは増えてゆく。
2人 1
3人 3
4人 6
5人 10
: :
n人 n(n-1)/2
たとえこの事実が理解されていたとしても、これらのコストを考慮して工数積み上げがなされることはまれである。せいぜい部分的にプロジェクト管理費用として計上されるくらいで、基本的に3人で1ヶ月ならば3人月、5人で3ヶ月ならば15人月の工数を基準として開発費用が算定される。だから、大規模プロジェクトの利益率が低いのはある意味で当たり前の話だ。
ゆえに、案件の規模に比してプロジェクトチームの規模を小さくするのが、開発受託ビジネスを成功させるためのコツである。もちろん、ただ単にメンバー数を減らすだけでは過重労働になるだけのことで、QCD(品質、コスト、納期)を守れない。何らかの工夫が要る。
その工夫のひとつがたとえば「フレームワーク」だったりする。じっさいのところ、少ない人員で仕事をまわすための手助けにならないのであれば有効なフレームワークとは到底いえない。たとえば今まで9人でやっていた仕事を同じ工期で3人でやれるようになるか。それくらいの効果が出なければ、使って意味のあるフレームワークとはいえまい。
■少人数では「能力プール」をまかなえない
9人だったのが3人で済む。そんな数字だけを見ると、システム開発企業の経営者は喜ぶかもしれない。しかし、現実はそれほど単純ではない。人数を減らすだけではプロジェクトの「能力プール」を維持できないからだ。
「能力プール」というのは、遺伝学で言う「遺伝子プール」を借用した私の造語である。遺伝子プールというのは生物集団に含まれる遺伝子の総体を表す概念で、一般に集団の個体数が多いほど集団としての遺伝子(遺伝子プール)の多様性が増して、環境変化に強くなる。
ニュースなどで絶滅危惧種の話を聞くことがあるが、個体数がある閾値を切れば、生物学的には既に絶滅していると言っていい。一定以下の個体数では集団が自然に存続するための遺伝子プールを維持できなくなるからだ。佐渡のトキは中国から異なる遺伝子プールを導入したおかげで佐渡のトキ集団として生き延びることができている。アフリカのチーターはほとんど絶滅した時代があったようで、近親つがいの結果、現在では個体間の変異が非常に小さい。そのために、個体数の大小に関係なく遺伝子プールが貧弱で、生物種としてはひ弱だったりする。
さて、プロジェクトチームによって進められる仕事において、そのメンバー数は必要な工数をカバーするためのものであると同時に、その仕事が直面し得るさまざまな状況に対処するための「能力」を担保するためのものでもある。少数でプロジェクトを運営しようとすると、必要なレベルの「能力プール」を満たせなくなる可能性が出てくる。経営者も技術者もこれに備えなければいけない。
ソフトウエア技術の発展とプロジェクト管理上の要請にもとづいて、少人数で開発をまわすための工夫はほっといても普及してゆくだろう。だから技術者としては「自分はチームの能力プールの強化に貢献できるか」という課題意識をもって身を処していく必要がある。
そのために技術者はどんな勉強をしてゆくべきなのだろう。自分の興味にまかせて漫然と雑多な技術をつまみ食いするようなやり方は非効率だ。的確な相場観にもとづいて能力プール中で欠乏しがちな能力を見極め、それを含めた多彩なスキルを習得したい。基本は「コンピュータが苦手な能力」である。顧客とのやりとりを通じてその場でアプリケーション構造や業務体制を図面に落としてゆくスキルなどは典型的なものだ。
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