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第42回:いつか自分の書店をやりたいかもしれない
 いま、名古屋から長野に向かう特急「しなの」の中でこれを書いている。とある雑誌の企画で、ここのところ地方の新刊書店をいくつか取材してまわっていて、あと1件を残すところなのだけれど、これまでこうやっていろいろな書店の人と立て続けに話すことで得られたものは、記事に書こうとしていることよりもはるかに多かった。

 小さな企画のわりに結構な数の書店を回るので、取材に行く前には、どこかとどこかの書店で聞く話がほとんど同じような意見になる、といったこともあるのではないかと予想していた。取次配本というシステムの中でややもすると「金太郎飴」と揶揄されてしまうような業界である。だけれどこれが、面白いくらいに違う。実際は、回ったところには配本を受けていないところも多いけれど、普通に受けているところもあるし、だいたい同じ「本離れ」といわれる環境の中でものを売っているのは変わらない。それでも、それぞれが別々の方向を向いていて、なお本質的には重なってくるという、うれしい結果だった。名のある書店を回っているからというのもあるだろうが、よくある暗い話もほぼまったく出てこない。

 印象的だった話は本当にいっぱいあったのだけれど、ともあれぼくは初めて、いつか自分の書店をやりたいかもしれない、と思った。今までにやってきたような実験的なものや、誰かの資本のもとにやるものではなく、すべて自分の手が届く範囲の書店。今までも何度か、いつか自分の店を持ったりしたいんじゃないの、と聞かれたことがあった。ぼくはそのたびに、自分は書店でない場所に本の売り場をつくったり、ひとつの出版社や取次や書店の中に属していないからこそできることをやっていきたいと思うので、いまは考えていません、と答えていたし、実際にそう思っていた。書店という空間は誰にも負けないくらい好きだけれど、自分がひとつの場にしばられてしまうことについては、なんとなく怖いと思っていた。

 けれど今回ぼくは、街のひとつの書店が、どんなもの同士の媒介者にもなることができ、いかようにも書店であることを逸脱できるということを知った。ある店主は、その地域一帯を文化の街にするためのプロジェクトを、東京にも頻繁に訪れさまざまな業界の人々に積極的にコンタクトしながら、行政を巻き込んでやっていこうとしていた。一方のある店主はよりアンダーグラウンドに、その地域のアーティストやミュージシャン、およびギャラリーやライブハウスなどと強いつながりを持ちながら、その地域にやってくるものを積極的にサポートし、自らも作品制作を続けていた。かと思えばある店主は、ほとんど友達のようなお客さんたちに囲まれ、それらの要素をどんどんと吸収していき、一緒になって書店を作っていっていた。彼らは逸脱しているといわれる自分の店を、これこそが普通の書店なんだと言ったり、そういうような顔をして話を聞かせてくれた。

 ふだんの書店業務で忙しいのでは、という質問を彼らにぶつけても、当たり前のような顔をして、そうやってきたからそうでもない、というようなことを答える。ぼくはこれまで、そこには限界があるような気がしていて、だからこそ本を外に持ち出していたように思う。いや、正確にいうと忘れていたのだと思う。本が集まってくる場所に、人が集まってくるということの面白さと、そこにまだまだたくさん落っこちているはずの可能性のこと。書店という業態を媒介として、こういうことをやりたい、というようなことを話すことが、なんだか恥知らずの夢物語のように感じられてしまったのはいつからだっただろう。

 もちろん、簡単なことではないのはわかっている。きちんとそれで食べていかなければならないのだから、そうやってきたからそうでもない、と言い切るのは並大抵のことではない。まだまだ、本当にやるのか、やりたいのかどうかも、わからないとは思う。ただ、書店でないということの可能性よりも、書店であるということの可能性のほうが、ひょっとしたら大きく、面白いかもしれない、と感じてしまったのだ。そしてそのために、ぼくに足りない経験は必ずしも、書店員としての経験ではないというふうにも感じた。

 なんだかただの感想文みたいになってしまって、抽象的な話ばかりで申し訳ないのだけれど、もし書店をやってみたいと思っている人がいるならば、どんなに忙しくても実際に自分の気になる店を訪れて、それぞれの店主に直接話を聞いて回るのが、一番いいのだと思う。たいていは店をやりたくてと言えば、取材でなくても話してくれるだろうし、取材という形をとりたければウェブサイトなりリトルプレスなり、自分でメディアを立ち上げればいい。きっとそれぞれ個人のやりたいことや趣味や性格によって、着地するところは違うはずだし、自分がやりたいのはやっぱり店ではなかった、ということを逆に知ることになるかもしれない。何にせよぼくは、これまでの人生で訪れたいろんな店の人と話をしなかったことを悔やんでいるし、これからも可能な限り旅をしながら人の話を聞き、考え続けてみたいと思っている。


※冒頭の「とある雑誌」は『Esquire』2009年2月号(2008年12月24日発売予定)。「本棚」の特集号です。書いているのは全然違うことなので、よろしければぜひご覧ください。
by uchnm | 2008-11-25 14:13 | 本と本屋
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