第1回/はじまりは神話
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その{歌劇]体験に人々は魅了されている。
アニメ『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』の爆進が止まらない。6月4日の公開以来6ヶ月にわたり異例のロングラン上映が行われていた。
(編集部注:2021年12月20日現在、一部の劇場ではいまだ上映が続いている。)
treeではテレビシリーズから監督を務める古川知宏さんにインタビューを行った。明らかになったのは読書への愛と感謝だ。
インタビュー当日、古川さんが持参した20冊以上の本。その全てから何度も読み返された跡が見て取れた。いま最も注目すべきアニメ監督が、自身を育んだ「本」について語った。
ーー『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』は最高の映画でした。本当にありがとうございました。早速ですが古川さんの読書遍歴についてうかがえますか?
僕の幼少期、最初のインパクトのある読書体験は『聖闘士星矢』(車田正美/集英社)でした。
必殺技があって、鎧があって……その設定のなかでも一番最高だと思ったのは「神話を題材にしていること」。子供のころにギリシア神話の世界に触れちゃうと、もう底なし沼です。
それがきっかけで、小学3年生くらいのとき、バーナード・エヴスリン『ギリシア神話小事典』(社会思想社)を父親に買ってもらいました。辞書や事典って本当に面白い。最高の読み物です。
これは後日談ですが中学生にあがって、漫画版『風の谷のナウシカ』(宮崎駿/徳間書店)を手に取ったのですが、その1巻のあとがきで『ギリシア神話小事典』が触れられていたんです!
ナウシカは、ギリシアの叙事詩オデュッセイアに登場するパイアキアの王女の名前である。私はバーナード・エヴスリンの『ギリシア神話小事典』で彼女を知ってから、すっかり魅せられてしまった。
『風の谷のナウシカ』(徳間書店)あとがきより
中学生の古川知宏は「宮崎駿さんが同じものを読んでいる!」と興奮しました。偉大な作家が自分の本棚にある本を読んでいるということに感動したんですね。
話を戻して小学校低学年の頃だと……父親の本棚にあった3つの作品を繰り返し繰り返し読んでいました。
ーーその3つというのは?
『まんが道』(藤子不二雄A/少年画報社)と『アドルフに告ぐ』(手塚治虫/文藝春秋)と『ボクの手塚治虫』(矢口高雄/毎日新聞社)です。
ーーどれも名作漫画ですね。年齢を考えると少し大人びているように思えますが。
父の本棚に漫画はこれしかなかったので。前述の『聖闘士星矢』を兄がぽつぽつと買い揃えるのを待っている間に繰り返し読みました。『まんが道』は創作することに対してとても責任を持って物語です。そうそう、子供心に“キャベツ炒め”食べたかったんです。「ンマーイ!」って言いたかった(笑)。
手塚先生の『アドルフに告ぐ』は子供目線だと馴染みがない「ある種の性的暴力」にまで踏み込んだ作品で、最初はよくわかっていなかった。何度か読み返すうちに「もしかして、この漫画って……すごい作品なんじゃ!?」と内容への理解が進みました。
『ボクの手塚治虫』は漫画家の自伝的物語ということに興味を持っていました。矢口高雄先生のディティール力とイマジネーション豊かな幼少期の描写に惹きつけられ、漫画家になるのはこういう人なのかと新鮮に感じました。
『摩利と新吾』では、全寮制の高校を舞台に、生々しい性愛まで踏み込んだ人間関係が描かれています。男と男の恋愛も当たり前のように描かれる世界。それに触れて、僕の「恋愛におけるキャラクターの性別」に対しての意識は希薄になりました。
ーーそこに出発点が!
そうです。『摩利と新吾』の感想で、僕の母が言った言葉がすごく心に残っています。「面白いし、美しいよね。」それに続けて「美しいっていうのは、いいことなんだよ。」と。
その言葉はいまだに僕の中に残っています。究極的な、大事な言葉です。子供のころは、美しい人物とか美しい風景とか、そういったことについて言っているんだと思っていました。
でも、僕も年齢を重ねて、美醜の話ではなかったんだろうと気づきました。
「応援されるような存在になりなさい。それが美しいということ」なのかなぁと。崇高な行いや、伝えるべき言葉を相手に伝えること、そういう正しさ……に対して真摯でありなさいということだったんだろうなと、今では思っています。自分には全然身についておりません!
ーー『レヴュースタァライト』にも通ずる考えですね。お母さまの言葉が今なお古川さんの中に残っているのはすごい。
両親は二人とも普通の一般人ですが、ある種の礼節を重んじる人でしたね。全く自分には身についていないのがお恥ずかしいです。だからこそある種の理想としてキャラクターにそうあってほしいのかもしれません。あ、でも母は「銃!」「爆弾!」「ドーン!」みたいな映画が大好きな人でした(笑)。一方で、父は歴史ものが好きで、よく一緒に『世界・ふしぎ発見!』を観ていました。その影響もあって僕は子供のときは将来、考古学者になりたかったですねぇ。
そして、中学生に上がったとき、とんでもない出会いがありました。ある日、母が懐からスッと『日出処の天子』(山岸凉子/白泉社) を出してきたんです。
ーーおおっ名作が!
この作品は僕にとって大事件でした。最初は絵が美しいなと思って読み始めて「へー、厩戸皇子の話なんだ……えっサイキックなの?」とぐいぐい惹き込まれました。厩戸王子が性愛に対する葛藤も描かれています。全てが美しい。
『摩利と新吾』でも感じた、キャラクターの性別に関するこだわりは不要なんだということも再認識しました。
僕のキャラクター作りの根っこに『摩利と新吾』と『日出処の天子』が深く根差しています。
相手に対して誠実であろうとする姿を『摩利と新吾』から。
自分の存在や欲望と向き合い葛藤する姿を『日出処の天子』から学びました。
ーーその頃には創作の土台が固まり始めていたんですね。
ちなみに『レヴュースタァライト』におけるキャラクター達の関係性の「スカッと感」は、摩利と新吾を好きな自分には自然な関係性です。彼女たちはバンカラなんですよ。
ーー舞台少女の源流がそこに!
はい。これは余談になっちゃうんですが、〈魂のレヴュー〉について。
劇場版では僕と副監督の小出卓史君とで大量のイメージボードを作ります。体感で8割ほどは使わないんですが。
ーーそれほどまでアイディアを絞っているんですね。すごい。
アイディアを捨てることも大事だと考えています。もちろん、没になったアイディアにも面白いのがあります。例えば……〈魂のレヴュー〉では、真矢が始皇帝になるイメージボードがありましたね。
ーーえっ、天堂真矢が始皇帝に!?
はい(笑)。小出君と真矢が冕冠(編集部注/べんかん:大量の宝玉が糸でつるされた中華風の冠)を被っている絵を描きたいね、と話していて。彼も中華風の甲冑を着たクロディーヌのイメージボードを描いていたりしましたね。
〈魂のレヴュー〉の導入部は中華風で行く道もあったんですが、最終的にはお客さんにとって「ザ・歌劇ってこういうものかな」と感じてもらえそうな『ファウスト』がモチーフになりました。
ーークロディーヌが舞台上手から登場するシーン、細かな所作に感動しました。
クロディーヌの登場シーンはモーションキャプチャーを撮っています。元宝塚の方に実際に歩いてもらいました。〈魂のレヴュー〉の“摑み”なので「生っぽい」動きにしようと。
ーーなるほど、目を奪われる訳です。
モーションキャプチャを参考にしつつ、それをなぞるだけでなく、という感じですね。
小出君とその後輩の高橋さんという方が、「現実の演者の魅力」と「アニメの動きの魅力」が両立するように大変な作業をこなしてくださいました。
ーー〈魂のレヴュー〉は真矢とクロディーヌの会話の応酬に感動しました。
樋口達人さんのホームランが炸裂しました。真矢の「わたしはいつだってかわいい」というセリフは彼の発案。僕はあの脚本をいただいたとき、ゲラゲラ大笑いしちゃって……。ある種のゴールがしっかりと提示されていた。
面白いだけじゃなく一言で「天堂真矢が何者であるのか」をお客さんに伝えれるセリフ。みんなに「そのセリフ、待ってました!」と感じて欲しかった。樋口さんにしか書けない素晴らしいセリフです。