SFと聞いて真っ先に思い浮かぶ絵面は、宇宙やメカ、異星人のビジュアルではないだろうか。しかし実際はごく身近な題材もSF小説の題材になる。今回は化粧や衣服など、身に着けるものをモチーフにしたSF小説を紹介する。
1.化粧とSF
化粧品や美容器具がテクノロジーの塊なのは、少し化粧品の情報をあさればすぐにわかるだろう。今やインターネットにも街中にも人のコンプレックスをあおり、製品やサービスを買わせようと試みる広告が氾濫している。それだけ多くの人が自分の容姿に悩みを持ち、改善したいという願いを抱いているのだ。容姿の優劣は、他人との比較によって判定される。だから競争はいつまでも終わらない。より新しく、より効果のある製品が求められる。
地球の衛星軌道上に浮かぶ巨大博物館を舞台にしたお仕事小説SF〈博物館惑星〉シリーズで高い評価を得てきた菅浩江が、2008年から2013年にかけて『SFマガジン』(早川書房)で連載した連作短編シリーズ〈誰に見しょとて〉には、素肌やコスメにまつわる未来の物語が収録されている。各話で視点は異なるが、どの話にも近未来の日本の化粧品企業〈コスメディック・ビッキー〉のサービスや製品が関わってくる。化粧は時に魔法にも例えられるが、本書における化粧はきらびやかな夢と魔法からは意外に遠く、もっと切実で生々しい。
秘訣の1つは、学生や中高年女性といった一般の人々の思考が丹念に描かれていることだろう。ふだん化粧に興味がない人も、なぜ美容がこれだけ多くの人の情熱を呼び起こすのか、きっとヒントを得られるのではないだろうか。化粧品だけでなく、自傷や身体改造、化粧と宗教や呪術の近さに注目した回もあり、つまり人はなぜ化粧をするのか、顔を装うのかという根源的な問いかけに応える意欲作だ。
また、作中の美容企業がみるみるうちに力をつけ、創立者母娘の夢を実現する様子が心なしか不穏なのも特徴である。ただし著者は批判も肯定も避け、ひたすら淡々とジャーナリスティックにそのありさまを描いている。
美容業界の進化のスピードはすさまじく、2000年代末から連載されていた本書には今読むとさすがに感覚の違いを感じる点もあるが、一方で各話の間に差しはさまれた、狩猟から採集生活に移行して間もない古代日本の物語は、特にテーマの普遍性を引き立てている。以下は社会の目を意識し始める古代人の独白だ。
「けれども、集落の人々を見回せば、近付きたい人とあまりそうは思わない人とがあるのも確かだった。自分もどうやら、知り合って人となりが判る前に外見で好き嫌いを感じてしまうらしい。
他の人からどう思われるかを気にしなければならないのは厄介なことだ、と〈刃物造りの女の二番目の娘〉は、甕に水を入れながら嘆息する」(『誰に見しょとて』P.10)
この後、彼女は顔や髪のケアを始めるようになる。
2.衣服とSF
ここまでは肉体そのものに関わるSFを紹介したが、もちろん人間の身体を延長し、拡張し、改変する「服」について取り上げたSF小説も存在する。筆頭は研ぎ澄まされた言語感覚と暗い幻想性が魅力の作家・牧野修の長編『傀儡后』だ。著者らしくフェティシズムとグロテスクに満ちた危険な一作である。隕石災害が起こった後、ドラッグや奇病が流行る変容した大阪を舞台に、ファッションを学ぶ専門学生をはじめとした住人達が入り乱れる。体に密着する生地素材への夢想が奔流のように解き放たれた小説だ。著者の言語が織りなす独特の世界観に酔いしれよう。
本書の導入にあたる挿話は、1935年に世界初の高分子化学繊維ナイロンを発明したウォーレス・カロザースの夢想という趣向だ。ナイロンはスポーツウェアやタイツの素材として有名である。
「彼は怯えていた。
夢の中で。
夢の外で。
腕の形をした女たちの肉体は、彼の身体にへばりつき皮膚そのものと化していた。快美感を与えるそれは妖精(ニンフ)だ。人に寄生し、人の皮膚の一部と化す妖精たち。それが人外の快楽を人に与える、つまり人に寄生し人を人外のものへの変えてしまう。夢の中ではそうだった。そしてカロザースはその妖精を、妖精そのものではないにしろ、いずれは妖精へと進化するであろうものを生み出した。人を人ではない何かへと変える、新しい皮膚を」(『傀儡后』P.8)
なお、明快な筋立てを好む人はまずは短編で牧野修の着想と文章の魅力に触れてみてはいかがだろうか。『楽園の知恵―あるいはヒステリーの歴史』(ハヤカワ文庫JA)にはテイストの異なるさまざまな作品が詰め合わされていておすすめだ。ドラッグ漬けの子ども達だけの島で、言葉をトリガーに妄想が認識を揺るがす、衝撃的な連作短編集『MOUSE』(ハヤカワ文庫JA)も完成度が高い。
海外の服SFにも目を向けよう。バリントン・J・ベイリー『カエアンの聖衣』(大森望訳, ハヤカワ文庫SF)はもともと1976年に出版された長編だ。カエアン人と呼ばれる、衣装によってこそ人間は究極に進化できるという思想を持った種族が作り出したスーパースーツを巡る、破天荒な発想の冒険活劇もの。本書においても生地素材は重要な役割を果たす。ちなみにアニメ『キルラキル』のオマージュ元だと、同作のシリーズ構成や脚本を主に手掛けた中島かずきが語っている。
米国の作家ジョン・アームストロングが出版したのは、現時点でわずか2冊の長編『Grey』(2007)、『Yarn』(2011)と関連する短編のみ。このシリーズは、ファッションが社会や経済の中心となった世界を舞台にしている。『Yarn』の主人公は仕立て屋で、元恋人に非合法の繊維を使った服づくりを頼まれたせいで思いもよらぬ事態に巻き込まれていく。編み針やハサミや小型ミシンで武装した仕立て屋達や、売り文句で戦う営業戦士といった存在が物語を飾り立てる。
SF作家ルーディ・ラッカーは、アームストロングの世界観を「ファイバーパンク」と評した。ちなみにアームストロングは神戸の甲南大学に交換留学に訪れた経験を持ち、本シリーズのインスピレーション源は、90年代初頭の神戸三宮センター街で迷いこんだ洋品店だそうだ。
2003年から2011年にかけ、月刊『ウルトラジャンプ』で連載されたコミック『CLOTH ROAD』(脚本:倉田英之、作画:okama)もまた、ファッション中心主義の世界がテーマのアクション冒険ものである。本作で服のブランドは強大な力を持ち、服を作る「デザイナー」と、服を装着しその機能を使いこなす「モデル」はヒーローや格闘家のような扱いを受ける。作画者のデザインや画力が、奇抜な設定を存分に表現している。
さて、核心のネタバレになってしまう作品もあるので具体的には書かないが、今回紹介した複数の作品には異なる性別を装うという展開がある。化粧や衣服の効果の1つとして、「変身」は重要なキーワードと見なされているのだろう。また現実に、化粧やドレスが女性のものという印象が強かったのも一因かもしれない。
また、いくつかの作品で見られる、ファッションデザイナー個人がブランドの「顔」や「名前」となり大きな力を持つイメージは、1980年以降の日本におけるDCブランドブーム、90年代半ばから00年代初頭の裏原宿系ブランドブームからの影響を感じる。モデルも同様で、90年代のスーパーモデルブームやカリスマ読者モデルブームのイメージを参照していそうだ。現在は、特定個人がここまで一極集中した人気を持つことは少ないのではないだろうか。2020年代の価値観を反映したファッションSFもぜひ読みたいものである。
本当はパワードスーツ(強化外骨格)の話題にも触れたいところだが、ちょっと余白が残り少ない。アンソロジー『パワードスーツSF傑作選 この地獄の片隅に』(ジョン・ジョゼフ・アダムズ編, 中原尚哉訳, 創元SF文庫, 2021)に収録されたカリン・ロワチー「ノマド」の世界では、ラジカルと呼ばれる人工知能つきアーマーと着用する人間は本来ペアで活動する。語り手は例外的な、着用者を失った野良アーマー(ノマド)だ。相棒を亡くしたアーマーの健気さが印象を残す、一風変わったバディものだ。
最後に、ファッションに影響を受けたSFだけでなく、SF文化に影響を受けたファッションもあることに言及しておきたい。たとえば2011年にスケートシング、トビー・フェルトウェル、菱山豊の3名によって設立された「C.E」はSF映画から着想を得たストリートブランドで、ブランド名はフィリップ・K・ディック『ユービック』に登場する特殊能力者の女性パットのタトゥーに由来するという。
また、未来っぽいデザインを特徴とするブランドは、やはりSFらしい企画づくりに熱心な傾向にあるようだ。例えば、2010年に創立された「HATRA」はAR展示会や、デザイナー長見佳祐と写真家TOKIとSF作家麦原遼の三者によるビジュアルストーリーの共同制作(「記憶行き交う海」, 哲学カルチャーマガジン『ニューQ Issue03 名付けようのない戦い号』収録, 2021)のような試みを行っている。
2011年に現在の名前になったファッションレーベル「chloma」は、2018年の時点からVRショッピングに乗り出していたが、さまざまな角度から服を眺められる仕掛けに留まらず、2020年と2021年にはVR SNSであるVRChat上にデザイン性の高いポップアップストアを開き、アバター姿の客が試着できるイベントを実施し、服のデータを売るようになった。
これらはファッションブランドがSF性を「まとう」例であり、引き続き動向に注目しておきたい。また、現実であまりファッションに興味を持たない人もVR SNSではアバターを飾って楽しむ実例は、服や化粧どころか顔や身体も日々着替えて楽しむ時代の到来を感じさせる。
3.ルッキズム問題とSF
少しテーマからは逸れるが、容色の評価に切り込んだSFも紹介しておこう。
ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の映画『メッセージ』(原題:Arrival)で一躍知名度を上げた米国の作家テッド・チャン。彼が人の容貌の美醜に着目して書いた「顔の美醜について —ドキュメンタリー」は、第一短編集『あなたの人生の物語』(ハヤカワ文庫SF, 2003)に収録されている。我々が容姿を気にせざるを得ないのは社会で生きるためだ。人と比べる機会があるからつい優劣を考える。では、もし美醜を判定する脳の機能をブロックできる技術が発明されたら? 本作はそんなアイデアを起点に未来を空想している。
読者は読み進むごとに、美醜がビジネスの種であり、個人の意識を大きく左右する問題であり、特に恋人の獲得に重要と思われてきた経緯を噛みしめることになる。著者は賛否いずれかの結論に読者を誘導することはない。そもそも本作は美醜の問題だけでなく、新しい技術の導入や、人間の自由意志といったチャンの関心事を端的に表わしてもいる。シンプルながら印象的なこの名作で、ぜひSFに思考を刺激される楽しみを味わってほしい。