狼に育てられた少年の生涯 ― “死ぬまで野生動物だった”男が唯一受け入れた人間の習慣とは

 1872年、インド北部ウッタルプラデーシュ州のジャングルで、ハンターのグループが不思議な光景を目撃した。

 そこでは6歳くらいの子供がオオカミの群れに混じり、這い回っていたのだ。ハンターはオオカミを撃ち殺し、男の子を救い出した。

■オオカミに育てられた少年、ダイナ・サニチャー

 その男の子は文字通り、オオカミによって育てられた子供であった。

狼に育てられた少年ダイナ・サニチャーの生涯 ― 「死ぬまで野生動物だった」男が唯一受け入れた人間の習慣とは!?の画像1
「オオカミ少年」ダイナ・サニチャー。発見から3年後の1875年に撮影された写真 「Wikimedia Commons」の記事より

 ハンターは男の子をアグラのシカンドラ・ミッション孤児院に連れて行った。そこで彼は洗礼を受け、「ダイナ・サニチャー」という名前を与えられた。男の子が孤児院に到着した日は土曜日で、「サニチャー」とは土曜日を意味するウルドゥー語だという。

 著名な児童心理学者ウェイン・デニスは、1941年の「アメリカン・ジャーナル・オブ・サイコロジー」誌に、論文「The Significance of Feral Man」を投稿し、サニチャーについて、多くの心理的特徴を指摘した。

 その論文で「野生の子供はだらしなく」、「文明人が嫌だと考えるものを食べる」とデニスは書いている。そして「サニチャーは肉だけを食べ、服を着ることを嫌がり、骨で歯を研ぐ」とも記されている。

 そしてサニチャーには言語能力がないように見えたが、無言ではなく、代わりに動物の鳴き声をげた。デニスは、野生の子は「暑さと寒さに鈍感」であり、「人間への愛着はほとんど、またはまったく無かった」と述べている。あ

『インドのジャングルの生活』の著者である鳥類学者バレンタイン・ボールは、サニチャーを「完全に野生動物」と評したと言う。

 サニチャーは人間になつく事は無かったが、孤児院に連れてこられた別の野生児とは絆を形成した、という。孤児院のエルハルト神父は、「奇妙な同情の絆が、この2人の男の子を結びつけ、年長の1人は、年下の子に水をカップから飲むように教えた」と述べている。おそらく、彼らの似たような過去が2人を結びつけるのに役立ったのだろう。

 そして野生の子供たちは普通の人間よりも動物と関わりを容易に持つことができた、という。

■言葉を話すことなく結核で死亡

 サニチャーの世話人であったエルハルト神父は、サニチャーのすべての「進歩」を注意深く計画したが、彼はついに言葉を話すことは無かった。

 サニチャーは直立して歩くことができたが、四つん這いの方がはるかに上手く動けた。また困難ながらも身なりを整えることができ、自分のカップと皿から食べることができた。しかし彼は、食べる前には全ての食べ物の匂いを嗅ぎ、生肉以外のものを可能な限り避けた。彼はその後30年近くを、孤児院で過ごしたが、人間らしい様子はほとんど示さなかったという。

狼に育てられた少年ダイナ・サニチャーの生涯 ― 「死ぬまで野生動物だった」男が唯一受け入れた人間の習慣とは!?の画像2
「Wikimedia Commons」の記事より

 唯一、彼が喜んで取り入れた人間の習慣は喫煙だった。彼はヘビースモーカーになり、1895年に36歳(推定)で結核で亡くなったといわれている。

 キップリングの名作「オオカミ少年」主人公のモーグリは、その時の男の子からインスピレーションを得たものとも言われる。

 インドでは、それまでにもヒョウ、鶏、犬、さらには鹿に「育てられた」野生の子供たちが発見されているという。これはおそらく親が養育放棄したり、ジャングルに捨てられた子供たちが、野生動物と生活を共にするようになったからだろう。

 サニチャーの場合は孤児院に引き取られ、周囲の人間が「人間化」を試みたが、残っている写真をみると洋服も無理やり着せられたようで、人間との生活は窮屈なことばかりだったかもしれない。もしサニチャーが言葉を話せたら、人間との生活とジャングルでのオオカミとの生活のどちらを選んだであろうか。

参考:「Wikipedia」、ほか

 

※当記事は2021年の記事を再編集して掲載しています。

文=三橋ココ

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