「小説家の西尾維新さんは1日に2万文字を書く」という話を聞いた。私も集中して原稿執筆に時間が取れる機会を得たので「1日2万文字」を目標に挑戦してみた。
―― へえー、文字数で! 1日でどれくらい書かれるのですか?
西尾 今は、基本1日2万字です。
どのくらいの時間があれば、2万文字書けるの?
私の場合は、2万文字を書くのに平均して10時間を要した。つまり筆速は2000字/時となる。お恥ずかしい話、1日2万文字に2週間ほど挑戦をして、これを達成できたのはわずか2日間だけだった。日速1万文字までならば、根気と時間さえあれば乗り切れる。
けれど日速2万文字となると、厳しい。実際にやってみると分かるが、到底不可能ではないかと思われる。凄まじい集中力の持続がなければ、2万字には到達しない。私が2万字を達成した2日間は、実のところ「徹夜」をすることで何とか書き切れたのだった。
結論を述べれば、西尾維新さんは凄すぎる。脱帽する。とても「1日2万文字」は、常人に容易く達成できる筆量ではない。
「筆速2000字/時」って遅くない? 森博嗣さんは1時間で6000文字書くよ
小説家の森博嗣さんは「1時間で原稿を6000文字書く」と、インタビューで答えている。(参考:森博嗣さんインタビュー | BOOK SHORTS)
「6000字/時」は、はっきり言って、神様レベルだ。たとえゾウが逆立ちをしても、私にはできない。無理です。筆が一番乗っている奇跡的な瞬間でさえ、時速4000字が限界だった。
「ふふふ、そんなの嘘だ、俺が本気を出せば余裕だぜ!」と思われた場合には、実際にストップウォッチを使って挑戦してみよう。多分、絶望すると思う。私も時速6000字にチャレンジして、その結果を目の前にしたときは、絶望に打ちひしがれた。
圧倒的な神の力を見せつけられて恐れおののき、地に頭をつけてひれ伏す。次元の壁を知る。まさに――、そのような気持ちだった。
「筆速2000字/時」は遅いペースではない
これも実際に書いてみることで実感できる。1時間で2000文字は決して遅くない。原稿用紙換算で5枚、一般的な文庫本換算で4ページほどとなる。この文量を1時間で書き進めるのは、意外と難しい。
具体例を挙げてみる。「2000字/時」で書くためには、30分で1000文字書かなくてはならない。
「1000文字」は、縦書き原稿で「40字×32~35行」くらいの文量となる。(計算が合わないじゃないかと思われるかもしれない。しかし小説を書くときはページ一杯に文字を埋めていくわけではないので、このくらいとなる)
つまり、30分で1000文字書くためには、1分で1行以上は書き進めておく必要がある。やってみると、案外難しい。
「次のヒロインの台詞はどうしよう」「このシーンの描写はどうやろう」「表現はこれで合っているのだろうか」などと悩んでいると、1行を書き終える前に2分、3分、10分と、どんどん時間が過ぎ去っていく。
ゆえに「筆速2000字/時」は決して遅いペースではない。むしろ、それなりに原稿が止まらずにスラスラと筆が進んでいる状態だ。だから筆速2000字あるのなら、「もっと早く書かなきゃ」と焦らなくても大丈夫。
集中力が途切れるのはどうすればいい?
私は次のような方法で原稿を書いている。
- 30分を目安に1000字を書く
- 書けたら10分間の休憩。ベッドで横になったりストレッチをしたりしながら、次の1000字で書くシーンを脳内再生する。
- また30分を目安に1000字を書く
- 終われば再び10分間の休憩をしながら、次に書くシーンを脳内シミュレートしておく。
上記を5セット繰り返すと「執筆時間5時間、休憩時間90分」で、原稿が1万文字進む。時速2000文字で進めるとして、もちろん10時間やれば2万文字は達成できる。が、本当に苦しい。途中で意識が途切れてぶっ倒れそうになる。
小説執筆に時間が取れるときであっても「1日あたり1万文字」くらいが、無理のない範囲かなと感じる。
こまめに休憩を挟む方法は、一見すると非効率的に見えるかもしれない。しかし、1日に5時間以上原稿を書き続ける場合においては、このように休憩を入れないと集中力がまず持たない。
実際に休憩なしのノンストップで挑戦してみると『走れメロス』の気分を味わうことができる。
途中で筆が止まってしまうのはどうすればいい?
原稿は「描写」と「構成」の2つの要素から成り立つ。
つまり、筆が止まる原因は
- シーンをどのように文章で表現したら良いのかで悩む=「描写」の問題
- 次の段落にどういったシーンを持っていけば良いのかで悩む=「構成」の問題
のどちらかであると思われる。
描写で立ち止まった場合には、大抵は辞書を引けば解決できる。創作理論の本などを読むとたまに「原稿執筆中は辞書を引くのを辞めましょう。難しい表現に固執せず、自分の言葉で書き進めることが大切です」といった論説を見かける。
後半部分には同意するとして、それでも辞書は引いたほうが良い。むしろ原稿執筆中に辞書を引かなくて、一体どこで辞書を引く機会が訪れるというのか。どんどん辞書に頼るべし。
例えば、次のようなシーンで筆が止まったとき、辞書なしで描写の問題を突破するのは難しい。
「えーっと、歩道橋の上で男が佇んでいるシーンを描きたい。男は歩道橋の上で、寄りかかって、肘をついて、街に沈みゆく夕陽を眺めている。このとき男は『何処に両肘を乗せた』と表現するのが正しいのだろう。
『歩道橋のうえに両肘を乗せた』は表現としておかしい。
『歩道橋の柵の上に…』『転落防止用のフェンスの上に…』『手すりに両肘を乗っけて…』うーん、どれもしっくり来ない。何かぴったりと当てはまる表現はないものか」
と、上のように悩んだときに、日本語大シソーラス類語検索大辞典(大修館書店)を一冊持っていれば、即座に悩みが解決する。
この辞書で「手すり」と引いてみると、類語として「欄干」というまさにぴったりな言葉が出てくる。
以上、解決。「欄干」の言葉なしに上記の描写を突破するのはなかなか難しい。辞書にはどんどん頼ってしまえば良いと感ずる。
ちなみに私はロゴヴィスタから発売されている日本語大シソーラス類語検索大辞典を使っている。検索語句を一発で引くことができ、めちゃくちゃ便利だ。「ctrlキー+R」で全文検索ができる。(見出し語にない単語でも見つけられる)
『日本語大シソーラス類語検索大辞典』(ロゴヴィスタ)
(私はAmazonのダウンロード版 for Winを購入した。Windows10でも問題なく使える)
執筆中の使用頻度が高い辞書リスト
私は具体的に、執筆中は以下の辞書を使っている。
☆言葉の意味が間違っていないかを確認する
- 岩波国語辞典 第七版
- 広辞苑 第七版
上の2つはいずれも電子版で、「一太郎プレミアム」のおまけにくっついてきた。※付属の電子辞書は毎年変わり、2018年版には広辞苑が特典についてきた。
一太郎プレミアム付属の「広辞苑 第七版 for ATOK」は、気になる単語を選択してCtrlキーのショートカットで即座に辞書を呼び出せ、大変便利だ。
ちなみに今年度版の「一太郎プレミアム 2019」には
- 日本語シソーラス 第2版 類語検索辞典 for ATOK
- 明鏡国語辞典 第二版 for ATOK
の2種類の電子辞書がおまけでついており、まさに小説書きをターゲットとした特典となっている。
※平常時はAmazonよりも、上記のジャストシステム公式のECサイトからの方が一太郎は安く買える。
☆類義語、代替表現を調べる
- 日本語大シソーラス類語検索大辞典(大修館書店)
使用頻度がめちゃくちゃ高い。これひとつあるとものすごく捗る。
たとえば『嬉しい』の項目を調べると『胸をふくらませる』『心躍る』『顔を綻ばせる』『声を弾ませる』『嬉しい悲鳴をあげる』などなど、小説表現にも使えそうな類語がたくさん出てくる。
上で述べたとおり、ロゴヴィスタの電子版がパソコンで即引けて便利。CASIO電子辞書(EX-word)の上位クラス版でも、この類語辞典が搭載されていたはず。
収録語数は申し分ないが、用例や使い分けの解説がないのは短所とも言える。国語辞典と合わせて活用したい。
☆言葉のあとに接続する語を調べる
この辞書も比較的、執筆中の使用頻度が高い。コロケーション辞典なのだけれども、小説を書くのに特化している感じがあり、使いやすい。
例えばてにをは辞典で『胸』の項目を調べると、『胸が上下する』『胸が波立つ』『胸が煮えくり返る』『胸が早鐘をつく』『安堵が胸に還る』などなど、『胸』の前後に繋がる言葉が大量に提示(100は軽く超えている)される。
てにをは辞典に出てくる表現だけで小説一冊書けるんじゃないかと思えてしまうほどで、大層役立つ。
(参考:「てにをは辞典」小説書きの辞書レビュー)
他にも小説執筆のために、あと10冊ほどの辞書を用いている。出し惜しみも勿体無いので、リストアップと簡単な評価だけしておきたい。
タイトルリンク先はAmazonページ。個別にレビューをおこなっているものについては記事リンクをつけた。
- てにをは連想表現辞典(三省堂)
◯ 上級者向け。てにをは辞典の姉妹辞書で、実際の小説作品で用いられている「表現」を調べる。ただ索引に手間がかかるため、使い勝手は五十音で一発引きができる「てにをは辞典」の方が優秀。
→ (てにをは連想表現辞典 レビュー記事) - ブリタニカ国際大百科事典 小項目版 プラス世界各国要覧 2018(ロゴヴィスタ)
◯ あると何かと便利だが、最近ではWikipediaで調べることが多い。買うならPC版か電子辞書が使いやすい。 - 感情類語辞典(フィルムアート社)
△ 見出し語が少なすぎて辞書としては使えない。心理描写の書き方の参考にはなる。
→ (感情類語辞典 レビュー記事) - 性格類語辞典 ポジティブ編 / ネガティブ編(フィルムアート社)
△ こちらも辞書としては今ひとつだが、キャラ設定時のネタ出しには活用できる。 - 場面設定類語辞典(フィルムアート社)
△ 情景描写・風景描写を手助けする非常に面白い発想の辞書であるものの、日本を舞台とする小説には使いづらい点が多く見られる。 - 日本語コロケーション辞典(学研)
× 用語解説があるのはプラスだが、てにをは辞典の収録語数には大きく劣る。小説執筆にはあまり役に立たない。 - 日本語の文体・レトリック辞典(東京堂出版)
◯ 上級者向け。修辞技法の体系を網羅。ただ使いこなすには、レトリックについての事前知識が必要。
→ (日本語の文体・レトリック辞典 レビュー記事) - 官能小説用語表現辞典 (ちくま文庫)
△ この手の小説を書くなら役立つ。ただし出てくる表現が独創的なため、直接的な借用は難しい。(剽窃表現となってしまう) - 官能小説「絶頂」表現用語用例辞典 (河出i文庫)
◯ この手の小説を書くのであれば極めて役立つ。官能小説用語表現辞典よりもこちらの方が実用的。私が持っているのは文庫版だが、このたびまさかのKindle版が登場。電子書籍なら本文検索ができて便利。 - レトリック事典(大修館書店)
☆☆☆ 超上級者向け。レトリックをマスターするのであれば外せない辞書。文章表現をとことん究めたい方に。但し極めて専門的かつマニアックな領域。
→ (レトリック事典 レビュー記事)
辞書を買うのは良い投資だと感じている。
ボキャブラリーを増やせば良い小説が書けるのか?と問われれば、私は首を横にふる。けれども、執筆の補助ツールとして辞書は役立つか?と問われれば、それはもう全力で首肯したい。
とにかく辞書さえ揃えれば、描写の問題で筆が止まる事態はかなり軽減される。
次の段落に何を書けば良いか迷ったときの対処法
「構成」で立ち止まってしまうのは、事前準備の段階で「設定」が煮詰まっていないケースが多い。プロット、世界観設定、キャラ設定のどれかに不備があると、書き進められなくなる。
シーンが鮮明に滞りなく脳内再生できるようになるくらいまで、設定を深めておきたい。原稿を書く段階に至って「このキャラの口調はどうしようかな」みたいなことを考えているようでは、準備不足と言わざるをえない。
私も決して偉そうなことを言える立場ではなく、プロット段階での準備不足をいっつも後悔している。本当に反省しだせばキリがない。
手前味噌で申し訳ないが、プロットのアイデア出しに役立つであろうWebサイト「タロットプロット」なるものを作った。もし宜しければこちらもご活用されたし。
どうしても次の段落が思いつかない場合には、【保留】とでも原稿に打ち込んでおいて、次の書けるシーンに飛ばしてしまっても大丈夫。
1日2万文字を書く方法まとめ
- 時速2000字なら、10時間はかかる(かなり苦しい)
- 時速2000字は、決して遅い執筆ペースではない
- 30分で1000字書いて、10分休憩(&次に書くシーンを脳内再生)を繰り返すと、長時間の執筆でも集中力が持つ
- 「描写」で詰まったときは辞書にどんどん頼ろう
- 1日2万文字を書くためには、前提条件として「プロット」「キャラ設定」「世界観設定」などの事前準備をしっかりとしておく必要がある(その場の即興で2万字書こうとするのは無謀。ただし不可能とまでは言わない)
- 無理のない範囲でなら、1日1万文字程度に留めておくのが無難
(終わり)