TBSワシントン支局長(当時)だった山口敬之氏に「レイプされた」と、ジャーナリストの詩織さん(28歳)が告白した。BuzzFeed Newsは詩織さんに直接話を聞いた。また、山口氏にもメールで取材を申し込み、返答を得た。
この一件は「週刊新潮」5月18日号が「準強姦で逮捕状が出ていたが、逮捕直前に警視庁刑事部長がストップをかけた」と最初に報じた。詩織さんは5月29日、検察が山口氏を不起訴にしたことについて、検察審査会に不服を申し立てた。
山口氏は会見後の5月29日夜、Facebookで「私は法に触れる事は一切していません」と反論した。
その夜、いったいなにが起きていたのか。取材の内容をまとめた。
会うことになったきっかけ
そもそも、2人はどういう関係だったのか。そして、なぜ都内で会食したのか。
詩織さんの説明はこうだ。
山口氏とは、2013年にアメリカで知り合った。山口氏はTBSワシントン支局長、詩織さんはそのときニューヨークの大学に留学中だった。
詩織さんは、留学から帰国後の2015年3月25日、TBSのワシントン支局に働き口がないか、山口氏に問い合わせた。山口氏とはアメリカで2度会っただけだったが、その際に「あなたならTBSのワシントン支局であれば、いつでも仕事を紹介する」と言われたことを思い出したからだという。
2人はずっとメールでやりとりしていて、記録が残っている。
2015年3月28日に山口氏が出したメール。
履歴書受け取りました。ありがとう。
最大の関門はビザだね。TBSで支援することも可能ですので、検討してみます。
ところで、ヤボ用で一時帰国することになったんだけど、来週は東京にいますか?
問題の夜
詩織さんは山口氏に呼び出され、2015年4月3日午後8時ごろ、恵比寿の串焼き店で落ち合って食事をした。就職に向けた相談をするためだった。
2人きりで会うのは初めてだった。詩織さんは、店に行くまで山口氏の他にも誰かがいると思っていたという。
1軒目では、串焼き5本、ビールをコップ2杯、グラスワイン1杯を飲んだが、就職について具体的な話は出なかった。
山口氏が「店を予約してあるから、移動しよう」と誘ったため、2人は午後9時40分ごろ、鮨店に移動した。山口氏は詩織さんに「一緒に働きたいと思っていた」などと伝えたという。
詩織さんは入店して1時間ほど後、突然めまいがしたためトイレに立った。そして、給水タンクに頭をもたれたところで、記憶が途絶えた。
鮨店では、山口氏と2人で日本酒2合を飲んだことを覚えているという。詩織さんは酒に強く、酔って記憶を無くしたことは後にも先にもこのとき以外ないそうだ。
詩織さんはその後の記憶が途切れているために、後日、警察の捜査員に聞いたり、目撃者を探したりして、自らの足取りを確認している。
詩織さんが、後に警察の捜査員から聞いた話によると、2人が鮨店を出たのは午後11時ごろだったという。
タクシーの中
鮨屋を出た後、詩織さんと山口氏は2人でタクシーに乗っている。
詩織さんはタクシー運転手を見つけ出し、話を聞いた。その聞き取りの際、一緒にいた友人(37)は、BuzzFeed Newsにこう証言する。
「運転手さんの話だと、詩織さんは何度か『近くの駅で降ろしてください』と言っていた。ところが、山口氏が『何もしない。仕事の話をしよう』と言って、港区内のホテルに向かうように指示したそうです。詩織さんはタクシー内で、最初は話をしていましたが、ホテルに着いたときには一人ではタクシーから降りられない状況だったといいます」
「運転手さんによると、詩織さんはタクシーの後部座席で吐いていました。書き入れ時の前に車内に吐かれ、いったん営業所に戻らなければいけなくなったので、詩織さんたち2人のことが強く印象に残っていたそうです」
タクシーから降りる時の様子は、ホテルの防犯カメラにも映っていた。詩織さんと友人は、この映像も警察で確認したという。友人はこう語る。
「防犯カメラの画像は、タクシーの後方側から撮られたもので、ナンバープレートが映っていました。最初に山口氏が出てきたけど、詩織さんが出てこない。そこで山口氏がかがんで、後部座席に乗り込むような形で、彼女を引き摺り出していたのが映っていました」
このとき、時刻は午後11時20分ごろだった。
ホテルで
さらに2人の姿は、ホテルのロビーの一角にあるカメラにも映っていた。
「部屋に向かう詩織さんは、足に力が何も入っていないような状態で、とうてい歩いていると言える状況ではなかったです。それを山口氏が抱きかかえて、なかば引きずるような形で通り過ぎていきました」(友人談)
詩織さんは翌朝5時ごろ、身体に痛みを感じて、意識を取り戻した。そのときには、ホテルのベッドの上にいたという。詩織さんは次のように証言する。
「わたしは裸にされており、山口氏が仰向けのわたしの上にまたがっている状態でした。詳細については差し控えますが、はっきり言えることは、わたしはその時、わたしの意思とは無関係に、そしてわたしの意思に反して性行為を行われていたということです」
抵抗し、いったんトイレに逃げ込んだ。部屋から逃げだそうとトイレから出たところで、またベッドに顔と身体を押さえつけられたが、今度はなんとか逃れられた。日本語が出てこず、英語で「なぜこんなことをするのか、何を考えているのか」と罵倒した。服や下着を取り戻し、部屋を出た。
ホテルの監視カメラには午前5時すぎ、足早に立ち去る詩織さんの姿が残っていた。
「あなたのような素敵な女性が半裸でベッドに入ってきて、そういうことになってしまった」
詩織さんには、鮨店からホテルで朝、目覚めるまでの記憶がない。だが2人は後日、この日にあったことについて、メールをやり取りしている。このやり取りで、山口氏は性行為をしたこと自体は、否定していない。
詩織さんは2015年4月18日午後8時36分、山口氏宛に次のようなメールを送った。
山口さん。
今回山口さんと帰国した際にお会いしたのは新規のプロデューサーとして採用、ないしフリーとして契約をしたいので残りの問題のVISAの話をしようとお誘いいただいたからですよね。
なのに意識のない私をホテルに連れ込み、避妊もせずに行為に及んだあげく、その後なにもなかったかのように電話でビザの手続きをするので連絡するといってきたり、この期に及んでそのようなあやふやなご返答をされるのは何故ですか?
山口氏が2015年4月18日午後11時51分、詩織さん宛に送ったメール。
あなたはあの夜私の部屋に入ると、部屋の二カ所に嘔吐した後、トイレに駆け込みました。私は私のスーツケースの中やパソコンに吐きかけられたゲロを袋に片付けて濡れタオルで拭いて、トイレにあなたを見に行くと、あなたは自分がトイレの床に吐いたゲロの上で寝込んでいました。私はあなたをゲロから剥がして、ゲロまみれのあなたのブラウスとスラックスを脱がせ、あなたを部屋に移してベッドに寝かしました。そしてトイレに戻って吐き散らかされたゲロをシャワーで洗い流して、最もゲロが多く付着していたブラウスを、明朝着るものがないと困るだろうと思って水ですすいでハンガーに干しました。そして部屋に戻るとあなたはすでにいびきをかいて寝ていました。私はあなたの髪の毛などについた嘔吐臭が耐えられなかったので別のベッドで寝ました。
その後あなたは唐突にトイレに立って、戻ってきて私の寝ていたベッドに入ってきました。その時はあなたは「飲み過ぎちゃった」などと普通に話をしていました。だから、意識不明のあなたに私が勝手に行為に及んだというのは全く事実と違います。私もそこそこ酔っていたところへ、あなたのような素敵な女性が半裸でベッドに入ってきて、そういうことになってしまった。お互いに反省するところはあると思うけれども、一方的に非難されるのは全く納得できません。
あなたが妊娠するという事はあり得ないと考えています。でも、あなたが不安なのはわかりましたから、こちらで出来る事は喜んでします。しかし、問題に対処するには、一方的な被害者意識を改めてもらいたい。
このように性行為について、山口氏はメールで「そういうことになってしまった」と認めている。ただし、次のメールのように、レイプではなかったと主張している。
「レイプって何ですか?」
詩織さんが「レイプされた」と書いたメールへの返信として、山口氏が2015年5月7日午後4時37分、詩織さん宛に送ったメール。
レイプって何ですか?
全く納得できませんね。
法律的に争うなら、そうしましょう。
私は全く構いません。
次の面会には弁護士を連れて行きます。
あなたが準強姦の主張しても、
あなたが勝つ事はあり得ません。
私にはたくさんの証人がいます。
それでも争うなら、私も準備をします。
前向きにまともに話し合うつもりがあるなら、
話し合えるような態度を取るべきでは
ありませんか?全てはあなた次第です。
詩織さんは別のメールで、コンドームをつけていなかったので妊娠が心配だと山口氏を問い詰めている。これに対する山口氏の返信は、自分は「精子の活動が著しく低調だという病気」だというものだった。だから、「妊娠することはあり得ない」(山口氏)というわけだ。
準強姦とは?
山口氏のメールにある「準強姦」とは、どんな犯罪なのか。強姦罪とは違うものなのだろうか。刑事弁護を手がける寺林智栄弁護士が解説する。
「準強姦も強姦も、抵抗できない女性を、その意思に反して姦淫する犯罪です。法律で決まっている罪の重さ(法定刑)も同じです。違いは、そのためにどんな手段を使うかです」
「暴行・脅迫で抵抗できなくして姦淫すれば強姦罪。泥酔など、正常な判断力を失った状態、抵抗できない状態で姦淫すれば準強姦罪になります」
「また、酒を飲ませて泥酔させたり、薬で眠らせて姦淫するケースだけでなく、もとから泥酔状態だったり、眠っていたりする女性を姦淫したケースも、準強姦罪になります」
仮に合意があれば、強姦罪にはならないのだろうか。
「性交渉をする合意があれば、強姦罪にはなりません。ただ、『性交渉に対する合意』というのは、当然『性交渉とは何たるか』ということを理解したうえで『性交渉をする』という認識を正常な意識下で持ったうえでOKを出した場合に初めて認められるものです」
「13歳未満の女子に対する姦淫行為は、暴行脅迫を伴わなくても強姦罪になります。それは、年少の女子が『性交渉とは何たるか』ということを正しく理解できていないと、一般的に考えられているからです」
「合意について、このように考えた場合、お酒とか薬とかで意識朦朧となっている状況下で『いいよ~』なんて返事をしたとしても、そんなものは合意たりえないということになります」
仮に片方が合意があった、片方が合意がなかったと主張して、言った言わないの問題になった場合、裁判ではどんな風に判断されるのだろうか。
「裁判で、合意があったかどうかが争点になった場合、さまざまな証拠に基づいて判断されることになります。2人の関係性や、性行為にいたるまでの状況、前後の会話、現場のようす、性行為があった後の行動など、さまざまなものの総合考慮になるでしょう」
「逮捕直前で、上からの指示」
今回の経緯で、ことさら「特異」に思えるのが、いったん逮捕状が山口氏に出たにもかかわらず、逮捕直前で取りやめられた、という話だ。
詩織さんは2015年6月8日、捜査員から「空港まで行ったが、上からの指示で逮捕できなかった」と連絡を受けたという。
週刊新潮(2017年5月18日号)によると、警視庁刑事部長(当時)だった中村格氏が週刊新潮記者の取材に応じ、「事件の中身として、(逮捕は必要ないと)私が決裁した。(捜査の中止については)指揮として当然だと思います。自分として判断した覚えがあります」と回答したという。なお、中村氏は内閣官房長官秘書官を長く務め、現在は警察庁組織犯罪対策部長となっている。
不起訴→検察審査会へ
山口氏は結局、2015年8月に書類送検されたが、2016年7月に不起訴(嫌疑不十分)となった。
刑事裁判では、被告人が有罪だと証明する役割を、検察官が担っている。そのため、被疑者を起訴するかどうか、つまり刑事裁判を始めるかどうかは、検察官の判断にかかっている。
そして、検察官の判断に不満がある場合、第三者に検証してもらう仕組みが、詩織さんのした「検察審査会への不服申立」だ。
今後、山口氏が起訴されるかどうかの判断は、検察審査会に委ねられた。
詩織さんの代理人弁護士は記者会見で「私たちは起訴されるべき事案だと確信しています」と述べた。
なぜ、詩織さんは公に証言したのか
ネット上では、「なぜ、いま会見したのか」という疑問が出ている。詩織さんはこう説明する。
「本当は私も、被害者として外に出るなんてイヤです。でも顔を隠して、名前を隠して話していても、誰も聞いてくれないということが、この2年間で本当によくわかったんです。そして、誰かが話さないと、これからも同じような大変なことが起きてしまうと思った」
だから、国会で強姦罪の法改正が話し合われているタイミングで、法律や制度を変えるためのきっかけになればと、声を上げたのだという。
山口氏からBuzzFeedへの返信
BuzzFeed Newsは5月30日夜、山口氏に対して取材依頼のメールを送った。電話や対面での取材を依頼すると同時に、それが叶わないならメールでの質問に答えてほしいと、3つの質問をした。
(1)上記のメールのやり取りからすれば、山口氏は「性行為はしたが承諾を得ていたので準強姦にはあたらず、問題はなかった」という認識なのか。
(2)当夜、コンドーム等を使わずに性行為をしたのか。
(3)当夜、なぜ詩織さんと一緒にタクシーでホテルに向かったのか。
山口氏からは同日午後11時16分、メールで返答があった。そこには「現段階での私の見解をお知らせします。引用される場合は全文を掲載して下さい」として、次のような見解が書かれていた。その通りに全文を掲載する。
私は法に触れる事を一切していません。ですから警察・検察の一年以上にわたる調査の結果不起訴となりました。よって私は容疑者でも被疑者でもありません。
他方、不起訴処分の当事者には不服申し立ての機会が与えられていますから、申立が行われたのであればこれについても私は今まで通り誠心誠意対応します。
社会制度上の判断を尊重するため、本件の内容に関する個別の質問にはお答えしていません。
また、当該女性が会見などで強調している論点は全て、警察・検察の調査段階で慎重に検討され、その結果不起訴処分が出ました。
係争中の案件について片方の主張を一方的に取り上げ、容疑者でも被疑者でもない私を犯罪者扱いするような報道に対しては、しっかりとした措置をとる所存です。
山口氏は、「条件が許せばいずれ個別取材にも応じる方針」と説明しており、BuzzFeedは引き続き取材を申し込んでいる。