情プラ法26条ガイドライン案について

危うい偽情報対策立法(経済安全保障政策としての偽・誤情報対策の論じ方 - Mt.Rainierのブログ、「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」とりまとめ案に対するパブコメ意見 - Mt.Rainierのブログ)が一旦先送りされたようでよかったですねと思っていたところ、今度は立法なしで犯罪対策をやらせようという、見方によってはより危うい流れになってきたので、それについて書いていきます。

 

情プラ法と26条ガイドライン案

  • 令和6年通常国会において、プロ責法改正法(=情プラ法)が成立した。その概要と背景については、立案担当者解説である「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律の一部を改正する法律」にまとめられている。本記事では、令和6年プロ責法改正で追加された規律を「迅速化・透明化規律」と呼ぶことにする。
    • なお、プロ責法改正法については、第213回国会衆議院総務委員会第15号令和6å¹´4月18日において実質的な審議が行われている。以下、同委員会での発言を引用するときは、「001」といった形で、単に同委員会での発言番号を引用する。
  • 情プラ法26条1é …2号は「他人の権利を不当に侵害する情報の送信を防止する義務がある場合その他送信防止措置を講ずる法令上の義務(努力義務を除く。)がある場合において、当該義務に基づき送信防止措置を講ずるとき」と規定している。詳細は後述するが、この規定は、指定役務提供者(迅速化・透明化規律の対象者をこのように呼ぶことにする)が事前に公表した基準によることなく送信防止措置(例えば投稿の削除、非表示、アカウントの停止)を取ることが許される場合を規定するものである。
  • 今回、総務省は、「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律第26条に関するガイドライン(案)」(26条ガイドライン案)を「デジタル空間における情報流通の諸課題への対処に関する検討会」(諸課題検討会。9月までの健全性検討会と区別してこのように呼ばれているようである)に提示した。このガイドラインは、情プラ法26条1é …2号の「他人の権利を不当に侵害する情報の送信を防止する義務がある場合その他送信防止措置を講ずる法令上の義務(努力義務を除く。)がある場合」を例示するものであり、指定役務提供者に対し、「送信防止措置の実施に関する基準の策定に当たり、以下についても盛り込むこと」を要求している(「はじめに」)。
  • 26条ガイドライン案は、①「他人の権利を不当に侵害する情報の送信を防止する義務がある場合」に関し、(a)名誉権、名誉感情、プライバシー…の違法な侵害となる場合を示し、(b) 違法な権利侵害が生じる場合において、指定役務提供者が送信防止措置を取るべき義務を負う場合を示し、②「その他送信防止措置を講ずる法令上の義務(努力義務を除く。)がある場合」に関し、(a)わいせつ関係の罪、薬物関係の罪、振り込め詐欺関係の罪…の構成要件を満たす場合を示し、(b)情報流通が犯罪となる場合において、指定役務提供者が送信防止措置を取るべき義務を負う場合を示すという構成になっている。
  • 26条ガイドラインのうち、①の部分は、今回新規に作成されたものと思われる。一方②の部分は、違法情報等対応連絡会(電気通信事業者協会、テレコムサービス協会、日本インターネットプロバイダー協会、日本ケーブルテレビ連盟からなる。)が2006年に策定し、2014年に最終改訂された「インターネット上の違法な情報への対応に関するガイドライン」に加筆修正を加えたものと思われる。

 

そもそもガイドラインを示すべきではないこと

  • 第1に、総務省が情プラ法に仮託してこのようなガイドラインを示すこと自体に疑問がある。
  • まず、情プラ法26条1項は、指定役務提供者に対し、送信防止措置を義務付けるものではない(「仮託して」と書いたのはそのためである)。同項は、指定役務提供者に対し、事前に公表した基準によらない削除を原則として禁止し、その例外の一つとして、「二 他人の権利を不当に侵害する情報の送信を防止する義務がある場合その他送信防止措置を講ずる法令上の義務(努力義務を除く。)がある場合において、当該義務に基づき送信防止措置を講ずるとき。」を挙げる作りになっている。つまり、同項2号は、指定役務提供者に対する禁止を解除するものにすぎない。立案担当者も、同項は、(迅速化・透明化規律のうち)透明化に関するものであり、指定役務提供者「による恣意的な削除を抑止し、利用者に対して透明性を確保する観点から」定められたものである旨説明している(立案担当者解説17頁)。
  • そして、迅速化・透明化規律全体に照らしたとしても、権利侵害情報について適切に送信防止措置が取られることを確保する趣旨は導かれるものの、それ以外の違法情報について適切に送信防止措置が取られることを確保する趣旨は導かれない。迅速化・透明化規律は、あくまで「侵害情報送信防止措置(≒権利侵害情報の送信防止措置)の実施手続の迅速化及び送信防止措置の実施状況の透明化」(情プラ法1条)を定めるものであり、権利侵害情報以外の違法情報について何からの規律を行うものではない。国会での審議過程においても、同規律はあくまで(政府が近年取り組んできた)誹謗中傷対策の延長上で議論されており、答弁者も、違法・有害情報や偽情報に言及しつつも、迅速化・透明化の対象となるのはあくまで権利侵害情報に当たる限りにおいてであることを注意深く留保している(例えば005)。
  • もちろん、政府参考人や総務大臣が繰り返し答弁するとおり、「インターネット上の情報流通の主要な場となっているSNSなどのプラットフォームを提供する事業者には、違法、有害情報の流通の低減に向けて社会的責任があり、対策の実施が求められて」いることは確かであり、特に犯罪利用について適切な対策を取らなかった場合、SNS等の役務提供者は発信者の共犯となりうるという意味で、この「対策の実施」は(少なくとも部分的には)法令上の義務である。しかしながら、SNS等の役務提供者を表現の自由に対する特段の配慮なく刑事罰によって脅迫し、政府の代理人として行動させた場合、ユーザーの自由が過剰に制約されるリスクが高まる。それこそが、権利侵害情報に関し、迅速化・透明化規律がセットで(つまり迅速化の単品ではなく)立案された理由であるはずであるし、偽情報対策に関して官民協議会の設置が前提とされている理由であるはずである。
  • これに関連して、総務省は、情プラ法を日本版DSAと称しているが(023)、これはミスリーディングである。DSAは、権利侵害情報に限られない違法コンテンツを対象としており(むしろそちらに主眼がある)、迅速化・透明化規律に相当するルール群はそれらの違法コンテンツについて適用され、また、これとは別に、指定役務提供者に相当する者(very large online platforms)に対しては、リスクアセスメントとリスク低減措置(対象となるリスクは34条1項各号に例示されており、低減措置は35条1項各号に例示されている)を義務付けている。仮に権利侵害情報以外の違法情報についても対処を求めたいのであれば、このような立法をすべきであるし、それをしない間は、せいぜい特定の犯罪利用に関する情報提供と、それについて対策を求める行政指導を行うにとどめるべきであろう。
    • なお、仮に立法を行う場合、違法情報対策の濫用リスク(恣意的執行を含む)が考慮されるべきである。権利侵害情報については具体的な被害者がおり、政府による濫用リスクは小さいが、それ以外の違法情報については具体的な被害者がおらず、政府による濫用リスクは大きい。また、欧州委員会と比べると、日本政府には治安維持、安全保障、公衆衛生といった権限が集中しており、権限濫用リスクが大きい。

 

ガイドライン案の内容が適切ではないこと

  • 第2に、26条ガイドライン案の内容が適切ではない。
  • 権利侵害情報の判断基準は、上記のとおり、今回新規に作成されたものと思われるが、法令と判例の一般的な説明となっており、ユーザーに示す基準としては詳細すぎるし、具体的な判断の基準としてはほとんど役に立たないと思われる。
    • 総務省としては、違法情報等対応連絡会ガイドラインの権威付けに主眼があり、権利侵害についてはあまり関心がなかったのではないかとも思われるが、権利侵害に関して言えば、総務省も関与して作成された「インターネット上の誹謗中傷をめぐる法的問題に関する有識者検討会 取りまとめ」が有用である(しかし、そのような内容のガイドラインを総務省が示すべきかと言われれば、そうではないだろう)。
  • 一方、権利侵害情報以外の違法情報の判断基準は、上記のとおり、違法情報等対応連絡会のガイドラインに加筆修正を加えたものと思われるが、違法情報等対応連絡会ガイドラインは実務上の手引に近く、ユーザーに示す基準としては詳細すぎるし、具体的な判断の基準としては機能しうるかもしれないが、政府の権威付けの下に示すには不適切である。
  • さらに、指定役務提供者が削除義務を負いうる場合についての記載が不十分又は根拠が不明である。例えば、
    • ①差止請求権について、「被害者に当該差止請求権があると認められた場合には、プラットフォーム事業者等は…」(7頁)とあるが、それが認められるのはどのような場合かがガイドライン案には示されていない(北方ジャーナル事件判決が引用の趣旨を明示することなく引用されているが、同判決の要件をそのまま当てはめるのであれば、差止請求権が認められる場合は相当に狭まることになる。上記の有識者検討会取りまとめはこの点について異なることを言っているが、理解しているのであろうか)。
    • ②条理上の義務(7頁)は、民事責任を議論しているはずであるが、その内容は刑法の不作為犯に関するものであるように見える。また、先行行為、作為可能性、排他的支配がどのように考慮されるかも示されていない。
    • ③権利侵害情報以外の違法情報について、不作為犯・幇助犯となりうること(24頁)が示されているが、どのような場合にそうなるかが示されていない。
    • そもそも、①〜③の基準は、当事者対立構造の下で、当事者が具体的事情について主張立証を尽くし、それを前提に職業裁判官が直接の行為者でない当事者に責任を帰属させるべきかを判断することを想定して作られた基準である。それを指定役務提供者の基準に書き込ませてもほとんど意味はなく、表現の自由を強く主張する役務提供者であれば自らは責任を負うべきではないと主張し、政府に従順な役務提供者であれば保守的に、つまりユーザーの自由を過剰に制約する形で削除を行うだけであろう。
  • 結局のところ、これらの問題は、政府が必要な立法を回避ないし先送りし、情プラ法に仮託して違法情報を削除させようとしていること自体に起因している。違法情報の削除のエンフォースメントが必要なのであれば、やはり第1に述べたような対応を取るべきである。