「代々木八幡」での職住超近接ぐらしが、わたしの人生を好転させた

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 人は良い場所に住むことにより良き人生を送れる人生に変わることができる――(アントニオ・ダ・オリベイラ)

 いや、ウソ。こんな人物はいない。あくまでもわたしが思っているだけである。それをつくづく感じたのが、代々木八幡を仕事場にするようになってからである。

スピリチュアルは信じない質だが……

 新卒で入った博報堂を退職したあと、自分にとって大口取引先のある渋谷から近い場所に部屋を借りるようにしてきた。渋谷の隣駅の池尻大橋(2001~2002)→渋谷から二駅の駒場東大前(2002~2003)→同じく渋谷から三駅の池ノ上(2003~2007)と移り住んでいたが、いまいちフリーのライター・編集者としてパッとしなかった。

 34歳、名前で仕事を取る同世代の同業者が出てくる中、わたしはまったく目立たない存在だった。さて、このまま自分はフリーでやっていけるのか……。そろそろ会社員に戻るか……そんなことを考えていたタイミング。そしてそんな逡巡のさなか、池ノ上の一軒家で一緒に住んでいた女性が亡くなった。

 毎日悲しんでいるだけのわたしのことを心配し、多くの人がこの家を連日のように訪れてくれた。日当たりが極端に悪くジメジメした築45年ほどの2階建ての家。ある日来た会社員時代の同期・I君がこう言った。

「おい、中川、お前、邪気が出てるぞ。この家に邪気がこもっていて、それがお前にうつってしまってる。この家から早く出た方がいい。オレが住む代々木八幡に来い! あそこはなぁ、新宿から渋谷方面に山手通りという大動脈がガーッと走り人々の行動的な“気”が流れ、代々木八幡宮の良い“気”が集まってくる。そして、明治神宮からの“気”が井の頭通りからやってくる。それが合流するのが代々木八幡駅からほど近い富ヶ谷の交差点だ。オレはここに引越してから会社を辞めて独立し、うまいことやってる。お前も絶対に代々木八幡に来い!」

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初詣には毎年人出が激減する1月10日以降に行っていた。ネコがたくさんいてかわいい

 普段、スピリチュアルなことを言うI君ではないのだが、このときは鬼気迫るものがあった。わたし自身、この暗い家、何より彼女の思い出が詰まり過ぎた場所にいるのは正直キツかった。だからI君の助言通り、富ヶ谷の交差点のすぐ側にあるマンションの一室を借りることにした。冒頭に登場した写真のマンションは、代々木八幡への引越し直後に住んだ場所だ。5年半住んだあと、2013年5月に退去し、現在は同じ富ヶ谷の交差点近くに別の部屋を借り、住み続けている。それだけこの土地が気に入ったのだ。

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ここがI君が言うところの「良い“気”」が集まる富ヶ谷の交差点だ!

 物件は、築40年ほどの2K、42平方メートル、11万5000円。その築年数の古さと風呂はバランス釜、エアコンは窓に取り付け式という設備の悪さも相まってこの広さと立地からみれば破格の安さだった。ナンツーヒドい設備だ。高度成長期かよ! と思ったものの、バイトがここに来たりするので2部屋は確保したかったため、金額と広さ重視で設備は二の次だった。

 わたしも元来、スピリチュアルなことは一切信じない質だ。だが事実として、代々木八幡に移ってから人生が完全に好転した。収入は上がりまくるし、ネット編集黎明期からの経験をまとめて『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)なんて本を書いたら売れるし、儲かったから節税目的で法人化を決意、事務方にと大学時代の友人のY嬢を雇ったらこいつが意外にもカネを稼ぐ能力を持っており、我が社の売り上げは毎年増え続けた。

 代々木八幡に来て13年。わたしは47歳の誕生日を迎えた2020年8月末をもってセミリタイアをした。数カ月後には、代々木八幡からも離れる身だ。前置きが長くなったが、自分の人生を好転させてくれた代々木八幡の過ごしやすさや楽しさについて書いてみる。

キミは「乱切り」の富士そばを知っているか!?

 一番重宝しているのが「肉のハナマサ」である。24時間営業の業務用スーパーだが、豊富な種類の野菜、果物、魚介類、肉を買うことができる。タイカレーペーストやタコスのシーズニングなど調味料も豊富で、プライベートブランドの飲料がすこぶる安いのもいい。今は2リットル93円の麦茶が手放せなくなってしまった。この店があるおかげで料理が楽しくなったし、今年の7月には『意識の低い自炊のすすめ 巣ごもり時代の命と家計を守るために』(星海社)という本を出すにいたってしまった!

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キウイ10個1000円、鶏肉100g59円、海苔15枚428円などのほか、ブリのアラ1.78kg380円なんてことも!

 スーパーは他にもある。肉や加工肉の種類が豊富で惣菜がおいしくて魚の種類も豊富なマルマンストア、ちょっと高いが国内外のいいものがそろう成城石井もある。意識の高いスーパー、ビオセボンはワインが豊富。好きな人にとってはうれしいだろう。

 飲食店に目を向けると、チェーン店ではフレッシュネスバーガー、富士そば、魚民、松屋、てんや、ドトールコーヒー、オリジン弁当があり、一通りのジャンルはそろっている。ラーメンについては渋谷や神泉に名店がいくつもあるのでそちらに行けばいい。隣の駅の代々木上原にはCoCo壱番屋、なか卯、バーガーキング、サブウェイがあるので、この2つの駅を合わせて考えれば充実のラインナップである。代々木上原と反対側のとなり駅、参宮橋は若干遠いので、別エリアと考えた方がいい。

 この中で特筆すべきが富士そばだ。なんと、代々木八幡店は2020年7月13日現在10店舗しかない「乱切り蕎麦」の麺を出す店なのである!

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最初は「肉」「ほうれん草のおひたし」でビールを飲むわけです。そして、シメが蕎麦! 意外と煮干しラーメンもウマい

 写真を見ていただきたいが、幅の広いこの麺が実に美味! 汁はアツアツで、衣の少ない春菊天から滲み出る油分とつゆが合わさった同店の蕎麦は絶品だ。天ぷらの持ち帰りもできるため、夏に素麺を食べるときなどは本当に重宝する。

 そして、さまざまな名店が存在する。焼きトンの「七福」は、地元の人に長らく愛されている店で、塩・タレ両方の焼きトンが美味である。まあ、わたしが一番好きなのは肉巻きアスパラ(塩)なのだが。

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ここには初期ころ何度も行きました、数々の取材場所はここでした

 そしてアイリッシュパブの「タラモア」では、本当においしいギネスやヱビス、キルケニーを入れてくれる。ワカモレチップスやフィッシュアンドチップスもおいしいし、夏と冬に登場するニュー・オーリンズの名物料理「ガンボ」も美味である。

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たまたま小田急線新宿駅から電車に乗ったら「ケロちゃん!」と声を掛けてきた女性が……。なんと、冒頭で紹介した亡くなった彼女の妹。13年ぶりに会い、この店で思い出を語り合った

「カドクラ商店」は、他のエリアにもある焼き鳥屋だが、ここの「ハツモト」のタレは自分史上最高の焼き鳥だ。心臓近くの部位で、一羽の鶏からわずかしか取れないのに、一本で何羽分を使っているのだ……というレベルである。この貴重な部位は開店からさほど時間がないうちになくなるので注意が必要だ。さらに、レバーもとにかくウマいのだ。こちらは塩でいただく。完全に焼き切っていないこの焼き加減……。嗚呼。生きてて良かった。

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この店は編集者やライターと頻繁に打ち合わせをした店で、当社の経営会議もY嬢と2人で毎回しました

 あと、このエリアはオシャレな人々がしきりに挙げる店が多数存在する。もんじゃ焼きと惣菜を提供する「さとう」。同店の店長が運営するポルトガル料理とエッグタルトの店「ナタ・デ・クリスチアノ」「クリスチアノ」。さらにはチョコを含めたスイーツの名店「ミュゼ・ドゥ・ショコラ・テオブロマ」、そして多数あるパンの名店。そうした店は検索すればいくらでも出るのでわたしはここでは紹介しない。

 いわゆる「奥渋」と呼ばれる渋谷と代々木八幡を結ぶ神山町の通りには、さまざまな飲食店が軒を連ねている。「今日は渋谷からタクシー使わず歩いて帰ろう♪」なんて思った日にこの道を歩くと、いかにもおしゃれ風・美食風な人々がお酒と食事を楽しんでいる。わたしはこの風景が大好きだ。あぁ、こんなに呑兵衛が多いのか、と。この通りでも特に好きなのが老舗鮮魚店兼定食・飲み屋である「魚力」だ。ここの鮭は本当に絶品なのだ。一切れ680円は一瞬高いと思うかもしれないが、そんなことはない。680円の価値はある素晴らしい鮭である。あとは精肉店の「さかえや」もいい。ここはカレーを含めた弁当が人気だが、わたしはアジフライが一番好き。これを「アジフライサンド」にするとボリュームたっぷりで立派な朝食になる。

 あとは、散歩コースも充実している。徒歩圏内に駒場東大前、笹塚、幡ヶ谷、初台、渋谷もある。自粛期間の運動不足解消にはこうした道を歩くことを日課としていた。食以外のスポットで気に入っているのは、とにかく代々木公園が近いことが挙げられる。公園でビールを飲むもよし。毎週末、去年までは「タイフェスティバル」や「ラオスフェスティバル」などもやっており、世界各国の食材を買うことができた。あとは若干離れてくるが、駒場野公園は緑が豊富だし、淡島の交差点の方まで目指すと「北沢川緑道」があり、ここではザリガニを取ることができる。

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ラオスフェスでは、香りの強いタイ・ラオス式のパクチーも手に入る。これで500円

渋谷新宿は徒歩圏、赤坂までは千代田線で8分

 代々木八幡の素晴らしさは前述の通り美食と雰囲気の良さに加え、交通の便の良さにある。飲み会は「みんなにとって都合が良い場所」ってことで渋谷か新宿になることが多いが、両方に近いってのは本当に利点。何しろすぐに行き、帰ることができる。その場にいた人が満員の山手線やら田園都市線、井の頭線に乗る中、代々木八幡在住者は歩いて帰れるのである。

 さらに、小田急線と千代田線まで使えるとはどれだけ交通の便が良いのか! とも感じられる。わたしは今、渋谷を本拠地とするサイバーエージェントと仕事をしているが、同社には歩いていく。そして、小学館にも週2回行っているが、千代田線代々木公園駅を使えば22分で最寄りの新御茶ノ水に着く。博報堂がある赤坂まではわずか4駅、8分だ。毎週行っている乃木坂の豚しゃぶ店「豚組」はわずか3駅。

 特に千代田線については、銀座に行くにしても、日比谷で日比谷線に乗り換えればすぐだし、新橋・銀座に行く場合でも日比谷で降りて15分ほど歩けばいい。新幹線に乗るために東京駅に行く場合も二重橋前まで行けばいい。山手線に乗りたい場合は、渋谷までタクシーで1000円以下で行くか、千代田線で一駅で明治神宮前まで行き、山手線に乗り換えればいい。千葉と東京の下町から大手町・霞が関方面に行く千代田線の通勤列車は大混雑だが、代々木公園から大手町方面に行く電車はかなりすいている。9時台後半に乗っても普通に座れるのである!

 最近は新宿の鰻の肝串を出す某店と、新大久保のインド・パキスタンのスパイス屋にハマっているが、これも小田急線を使えばすぐに行ける。代々木上原・渋谷は完全に徒歩圏内で、下北沢・新宿も力を入れた散歩だと思えば行ける。2つの路線が使えることに加え、小田急線の場合は急行などが停まる代々木上原と違って各駅停車しか停まらないため、家賃が若干安いのがいい。一方で、渋谷・新宿との距離は代々木八幡の方が近い。これは、代々木上原と比べて優位な点だ。オレ自身は「代々木上原、エラソーにしてるんじゃねぇよ。ただお前らは小田急の急行が停まるだけだろ? 実利はこちらにあり!」と思うほど。

ありがとう代々木八幡!

 あと、これは「警察に監視されるのがイヤ」や「安倍政権は嫌い」という人にとってはどうかと思うが、安倍晋三首相の自宅が近くにあるため(2020年9月10日時点)、警察官が常に路上に存在するのである。もちろん、彼らは安倍氏の警備のためにいるわけで仮に強盗が我が家に押し入ったとしても助けてくれるとは思えないものの、不審者が近所にいないか24時間目を光らせてくれているのは心強い。わたしはこれを「無料セコム」と呼んでいる。

 つらつらと、この街のよさを事実を基に書いてきた。こうして書き連ねてみてやはり、自分の人生を好転させてくれた富ヶ谷という土地、いや、代々木八幡・代々木公園エリアは最高であると確信する。当初のI君のスピリチュアルな言葉からなんとなく住み始めてしまった街だが、彼のあの言葉を信じて「オレはできる」と思い続けて早や13年。人はガツガツしていないし、穏やかで「この野郎!」などと思うことは滅多になく、怒りっぽい人生からも脱却できた。住んで本当に良かった。ここで人生が好転したことにより、セミリタイアができることとなった。ありがとう!

著者:中川淳一郎 

中川淳一郎 

ネットニュース編集者、フリーライター。株式会社ケロジャパン代表取締役。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『バカざんまい』など多数。

編集:ツドイ