どんな人にも居場所がある街「渋谷」|文・ガク(真空ジェシカ)

著: ガク 

渋谷の街がけっこう好きだ。

渋谷のイメージというと、人がたくさんいて騒がしい。ファッションの流行に敏感な若者の街。ちょい汚いちょいワルい。そんな感じだと思う。

対して僕は暗くて内向的だし、服もほとんどネットで買う。ギャルは直接喋るよりコマンド選んで攻略する派。あんまり渋谷向きっぽい内面ではない。

それでもなぜ渋谷が好きなのかというと、学生時代の大半を渋谷で過ごしてきたから。僕の青春の地なのだ。初めは怖い街かと思っていたが、実際そんな事はなかった。

今ではすごく過ごしやすい。渋谷の空気が美味しいとすら感じる。数日登山とか行って帰ってきたら、スクランブル交差点で深呼吸して「空気うめ〜!」と言っちゃう可能性がある。

使い方を覚えれば可能性が広がる、Excelのような渋谷駅

この間久しぶりに電車で渋谷に行ってみた。渋谷には「ヨシモト∞ホール」、通称「無限大」というよしもとさんの劇場があって、僕は人力舎の芸人だがたまに呼んでもらえる事がある。

人力舎に入るとき、マネージャーに「この世界で生きていくという事は、よしもとにハマる事だ」と言われたので、できる限りよしもとヅラをしていくようにしている。呼んでもらったら、尻尾振って無限大に行く。

だから渋谷にはたまに行くけど、大学を卒業して都内で芸人とルームシェアを始めてからはチャリかバスで行く事が多い。「大都会渋谷にチャリやバスで行く」というのはかなりイカした行為だと思っているから。

なのですっかり電車で行く機会は減った。何カ月ぶりかに、東急東横線と直通でつながった副都心線に乗って渋谷の駅で降りる。渋谷駅のすごく地下のほうに停まるので、頑張って地上に這い上がらなければならない。これがめちゃくちゃムズい。

どこから出たらどこに出るかを全て把握できてる人なんて、存在してないんじゃなかろうか。エスカレーター、改札、出口を全て直感で選ぶしかない。大量のひもから一本選んで景品を当てるくじをやってるのと同じ感覚だ。ほぼハズレを引く。

どんどん駅が進化して、どんどん巨大迷路になっていく。便利になっているという事でもある。どの道がどこにつながってるかを熟知できればどこへでも出られるようになるのだろう。

Excelみたいな。いっぱい勉強すれば何でもできるようになる。渋谷の地下はExcelだと思ってもらっていい。

よしもとヅラはするが、渋谷ヅラはできないでいる僕

僕がなぜずっと渋谷で過ごしてきたかという事なんだけど、中学から大学まで青山学院という学校に通っていたからだ。

青学は大学1、2年のときを除いて校舎が青山にあった。でも、「青山」が具体的にどこの事を指してるのかはよくわからない。青山駅っていうのはないし。僕は勝手に、渋谷の上品な匂いがする側が青山だと思っている。

学校の最寄駅は、渋谷か表参道。僕は実家が東急東横線沿線だったので渋谷から通っていた。なので中1のときから電車に乗って毎日のように渋谷で降りていた。でも中学時代から毎日渋谷通いしてたなんて言うとなんか鼻につくし、青春のほとんどを渋谷で過ごしたやつってなんかあんま会話が成立しなさそうだなとか思われそうで、自分から積極的には言ってない。

渋谷にもある路地と、通学の記憶

今はもう、あのころとは全然景色が違う。適当に渋谷駅の地上に出ると、ヒカリエとか渋谷スクランブルスクエアなどデカくてピカピカの建物に囲まれた。中学や高校のころ、まだ東急東横線の渋谷駅が地上にあったときはもうちょっと駅前も素朴だったように思う。確か今ヒカリエが立っている辺りに、学校に一番近い出口があって、そこを出ると小汚い路地みたいになっていた。

通り沿いはどの建物も年季が入っていて、壁にはだいたい落書きがしてあった。ほとんど学生かサラリーマンしか通らない渋谷の裏的な通りだ。お祭りみたいな雰囲気のセンター街側に対して、こちらはくたびれた渋谷の姿という感じがして好きだった。この通りの一本横の道を行くと宮益坂になっていて、そっちのほうがお店が多くて活気がある。

学校に行くためには宮益坂は通らず、オフィスビルが多い六本木通りのほうへ行く。そうすると金王坂という坂が現れる。歩道橋が2個あって、奥の歩道橋に書かれた「金王坂」の王の字には「、」が落書きされている。もっと治安が悪かったころの名残っぽくてなんかいい。中学のころの僕は正面から「オモレ〜!!」と大喜びだったけど。

行けなかったスタバと、尾崎豊ゆかりの渋谷クロスタワー

そして手前の歩道橋が通学路。渡った先に「渋谷クロスタワー」というビルがある。上のほうはオフィスになっていて、下にレストランとかスタバとかお店が入っている。

ビルが通り道になっているので、クラスのイケてる女子は行きしなスタバでコーヒーを買って登校してきたりする。コーヒー片手に「こないだ道で話しかけられてカットモデルしてきちゃった」とかそんな話をして。

僕は全然イケてなかったので、それを冷ややかな目で見ていた。「あらあら都会の女子高生は違いますねえ」と思っていた。右手にチョコチップスナック、左手にリプトンの紙パックを持ちながら。

でも本当は僕もスタバに行ってみたかった。誰かに見られたら恥ずかしいので、大学を卒業した後にコッソリ一人で行った。

渋谷クロスタワーは尾崎豊のゆかりの地でもあって、記念碑が設けられている。尾崎豊も青学出身で僕の大先輩だ。クロスタワーや歩道橋で、よく夕日を眺めていたらしい。

僕が通っていた時代には学年に不良とかは全然いなくて「上の学年に喧嘩をした事がある人がいるらしい」「3組にゲーセンの機械を揺らしてお菓子を落とそうとした奴がいるらしい」とかのレベルの都市伝説が出回るくらいに治安が良かった。

もちろん僕も不良じゃなかったのでバイクを盗んだり校舎の窓ガラスを割りたい気持ちはわからない。けど歌われている情景には見覚えがあるので、感情のほうじゃなく情景メインで尾崎の歌を聞いていた。それでもめちゃくちゃいい曲ばかりだ。尾崎豊はすごい。

クロスタワーにつながる歩道橋には尾崎に憧れるシンガーの人がギターの弾き語りをしにくる。その歌声をBGMにして、部活終わりは記念碑横のテラスで友達とだべっていた。みんなでたまるといえばクロスタワーだった。渋谷にしては人通りが少ないし、風が気持ちよくてずっと居たくなる場所だ。

正直な話、本当は当時たまり場にしていた学生御用達の定食屋の紹介みたいな事をしてみたかった。けど渋谷に通う中高生が行くお店のリアルは「マクドナルド」「サイゼリヤ」「歌広場」だ。御用達の定食屋なんてない。

その代わり、クロスタワーのテラスが僕らにとっての定食屋的な存在だった。部活終わりの疲れた体は、ここで癒やしていた。

青山通りで出会った、僕をおしゃれな気分にしてくれる店の数々

大学生にもなってくると、だんだんシャレたお店を覚えてくる。渋谷駅から宮益坂を上っていくと、そこから奥に行けば行くほど街が上品になっていく。表参道に向かう「青山通り」だ。

青山通り沿いに青学があり、その向かいに国連大学という建物がある。国連大学の脇の細い道をグイグイ進んでエスカレーターを二つ下った先にあるのが「青山ブックセンター」だ。

知らないと辿りつけないような所にあるその本屋さんは、ハチャメチャにおしゃれなお店だ。入口を入るとすぐに英語の雑誌がズラッと並んでいる。おそらく海外のファッション誌とかデザインの雑誌だと思う。読めないから正解はわからない。

最初はおしゃれすぎて僕みたいな人間が入る所じゃないのかなと思っていた。けど自分がおしゃれである必要はないって気づいた。僕がおしゃれじゃなくても、お店に入ればそこにいるときだけでもおしゃれになった気持ちになれる。マリオのスターをとったみたいに。

周辺にはカフェもたくさんある。なかでも「青山壹番館」は昔ながらの雰囲気ムンムンのかっこいい純喫茶だ。昔からあるっぽいけど店内はすごく綺麗。ジャズィーな曲がかかっていてお客さんの年齢層は高め。白髭のお爺さんが新聞を広げてそうな雰囲気。

学生が行くには少しお値段が高めでしょっちゅう行けてはいなかったが、そこにいるだけで人としてのグレードが上がってる気分になれるので好きだった。雰囲気もコーヒーも抜群に良い。大学のお笑いサークルに入っていたときに「ここでネタを考えている自分」を演出したくて行っていた。

いいネタができたかどうかは覚えてないが、確実に満足度の高い時間は過ごせていた。大人になった今、また行きたいお店だ。おそらくまだ精神はあのころと同じグレードにいるけど。

全然渋谷ではないんだけど、青学辺りから青山通りをずっと歩いて行くと「川志満」という喫茶店がある。お店の入口はそんなに広くなく、ガラス戸には古いポスターが貼られまくっている。昔からある喫茶店なんだろうなーというのがすぐわかる。

中は広くて席もたくさんある。全然気取ってなくて店員さんも明るくてアットホームな感じ。コーヒーも美味しいけど、おしるこがあるのが最高だ。サンドイッチも結構お腹いっぱいになる量が出てくる。

そして全席喫煙可なのでみんなタバコを吸っている。僕はタバコを吸わないが、タバコを吸っている人をカッコいいと思っているので全然平気だ。むしろタバコの匂いを嗅いでいると大人の仲間入りした気持ちになってうれしくなる。仲間入りも何ももう余裕で大人の年齢だし、自分も吸えばいいだけなんだけど。どうにも「苦くてマズい」のその先に辿り着く事ができないので吸ってない。だから喫煙可のお店に身をおくことによってタバコを吸ってる気分だけ味わわせてもらっている。

渋谷には、どんな人にも必ず居場所がある

学生時代のほとんどを渋谷で過ごした僕でも、いまだに渋谷に来ると「ウワー渋谷だ!全部がでけー!」とおのぼりさん気分でテンションが上がってしまう。渋谷はいろんな人の憧れを詰め込んだ街なのかなと思う。みんなが何かしらの憧れを抱いてここにやって来る。

センター街や109にも、おしゃれな本屋や喫茶店にも、尾崎豊の記念碑にも。毎日グングン姿を変えていくので憧れが途切れることはないだろう。そして歩けば歩くほどにたくさんの顔をもっている街だとわかる。若者が好む華やかな渋谷は表の顔で、最先端ビジネスマンが好むしゃれた一面や上品なお爺さんが好む渋い一面もある。どんな人にも必ず居場所があると思う。

きっとこれからも定期的に渋谷に訪れることになる。行くたびに違う顔をした渋谷をまだまだ楽しみたい。また新しい憧れが抱けるといいな。

著者:ガク(真空ジェシカ)

1990年神奈川生まれ。青山学院大学卒業。2012年にお笑いコンビ 真空ジェシカを結成。Ⅿ-1グランプリ2021では決勝戦進出を達成し、大きな話題に。TBSラジオ「真空ジェシカのラジオ父ちゃん」がポッドキャストでも配信中。YouTubeチャンネル「真空ジェシカ」も精力的に更新している。

 

編集:小沢あや(ピース)