DAILY VA-11 HALL-A 2022 #18

よーし、良い子のみんな、今からは楽しい楽しいナラティブゲームデザインのお時間だよー!楽しんでってくれよな!

じゃあまずは単純な仮説から行こうか。

ナラティブゲームの理想形、つまり全ての選択肢ひとつひとつが大きく展開を変えるというものを作ろうとしているとしよう。あとは、例のついでに「昔ながらのRPGのクエストはどれも戦争発生を回避するか、世界規模の犯罪を犯すかどちらかの結末になる」というジョークも応用してみよう。面白そうだからね。

このシステムはそうだな…「戦争か平和か」と呼ぼうか。各クエストの最後には戦争か、平和どちらかの道しか選べず、どちらを選んだとしても今後の展開に大きく影響を与えることとする。また、この仮説としてはそれぞれの重要な選択肢(今回は全部が該当するわけだけど)の間のテキストは500ワードくらいとする。

プレイヤーは最強救世主様になろうとしていることにしよう。なので最初のクエストでは平和ルートを選び、盲目の患者を治そうとする。

次のクエストでは大量殺人の選択肢もあるけどやっぱり不治の病を癒やす目標を選ぶ。

次の会話での選択肢次第では突然冷血になって多くの子供達を殺害することになるが、ここでも主人公は街で一番大きな豪邸よりも豪華な孤児院を建てることにする。

さて、エンディングだ。プレイヤーに与えられる最後の選択肢は、悪役にどう向き合うか。ここまできたら、もちろん彼は悪役の罪をすべて受け入れ、赦す選択をする。

そして完成!全ての選択肢が大きくストーリーに影響する最強ゲームだ!

あ、でもさっきの選択肢で孤児院にいる子どもたち全員を殺害するケースを足してなかったね。

あ、それとその前の選択肢で大量殺人をした場合にどうなるかも書いてなかった。で、そっちに進んだ場合も同様の戦争か平和の展開が待ってるから…

で、それぞれが別々のエンディングにつながっていくから…

ちょっと待って。最初の選択肢で盲目の人に拷問をするときはどうなるんだっけ。でもそれやるとそれ以降の分岐全て追加することに… オイオイオイ

単純な算数をするだけでも、このやり方が成り立たないというのはわかってくれると思う。なにをどう作っても、指数関数的に中身が増えて、当然仕事もそれに比例して増えていくわけ。しかもこの例ではワード数をだいぶ少なく見積もってる。参考に言うと、VA-11 Hall-Aでの1日のワード数は平均1万だからね。

しかも、さっきの例では「完全なる善」もしくは「完全なる悪」ルートがどうなるかというのはカウントしていなかったよね。

また、この例だと、最後の最後に一回だけ善の選択肢を選んだとしても全体に今更影響を与えることはなく、むしろほとんどの分岐が無駄に見えてきてしまう。

更に、この場合はすべての選択肢が単なる二択だけど、別のルールに則った選択肢や分岐があったり、単にあるクエストをやったかどうかが影響する場合だってあるだろう。

そもそも、ただの放浪者にそれほどの影響力を与えるということがコンセプトとしてどれほど無理やりか、そして完全にランダムに発生する小さいクエストが、その場にいる全ての存在の人生を一変させてしまうような選択肢に繋がり、しかもそれはなぜかプレイヤーしか下せない決定だというのすら飽き飽きするほど使われてるって言うさぁ…

あ、ごめん、最後のは単に個人的な愚痴だったわ。忘れて下さい。

ゲームデザイン論から考えても、プレイヤーにそれほど別々の結果を想像させてしまうというのは、プレイのやる気を起こさせるよりもむしろ怖気づかせてしまうんだよ。その先の展開を楽しみにするよりも、「自分が見ることのできない色々な展開」を想像してしまうんだ。

また、例にあげた何でもできちゃうゲームだと、何が物事に影響を与えるかというコンテキストも重要なので、そういった基準を用意することも肝心だね。

ここで関連してくるのが「幻の選択肢」なんだ。

これだけだと意味わからんかもしれないけど、とりあえず選択肢なんか意味ないって話じゃないよ。逆に、お話にそこまで大きな影響を与えていない選択肢であっても、選択という行為自体の意味合いを強めてくれるということを言いたいんだ。

考えてみて。ゲームが君の選択をすべからく無視してくる場合と、選択肢は覚えていてくれるけどそれが与える影響はほぼほぼないのどっちがいい?

じゃあ初日のドノヴァン会話を例に説明しよう。

「意味のある選択肢」というやつを、後々話に影響してくる明らかな効果を持つもの(ふりだしに戻る系は別だよ)と考えるのなら、ドノヴァンはたったひとつしか「意味のある」分岐を持ってない。3度目の注文を終えた段階でドノヴァンに提供したドリンクに含有されたカルモトリンの量が18以上だった場合、次の日のオーグメンテッドアイのニュースでは、ドノヴァンがトチ狂った記事が見られる。それ以外の場合はいつものニュースが掲載される。

もちろん、ゲームを遊んだ君たちはここまで単純じゃなかっただろ!と言うと思う。じゃあ最初の注文に遡ってみようか。

注文1:ドノヴァンがビールを注文。となると選択肢は以下のようになるよね?

ここでドノヴァンに関する面白いネタがあるんだけど、最終的なゲームのコードとなるものにおける最初の客であるドノヴァンのコードでは、かなりのトライアルアンドエラーを繰り返した結果、最初の注文のあとに「注文1.5」が発生することになって、その修正のためにかなりのエッジケース設定や例外処理が必要になった。

それはともかく、注文は実際にはこうなる。

さて面白くなってきた。こういう展開が分かってきたユーザは、「じゃあ最初のオーダーで最初からラージのビールを提供したらどうなる?」とか考える。さてそれも反映してみよう。

こうしておくことで、プレイヤーが周回したときに、「以前体験したことを覚えていて、それを実践した結果」経験できることを味わえて、自分の賢さに震えられるわけだ。

ご照覧あれ、ここからが手品の始まりだ。

どんな選択肢を選んだとしても、結果的に同じルートに落ち着く。でも、そりゃそうだよね?ジルは別に急にドノヴァンをファーストネームで呼び始めたわけでも、彼の足跡にキスし始めたわけでもなく、単にその日提供するサービスの質を変えてみただけなんだから。

あ、でも一つ大事なことを言っておくと、ゲームはそれまで提供したドリンクを記憶している。つまり、ドノヴァンの注文2の前には2パターンの会話が用意されていて、ひとつは最初の注文でビールを出していた場合おかわりしてくるもので、もう一つは今度こそビールを出せと言ってくるというもの。

小ネタコーナー:ミキサー用のキャッシュ(名前を付けるならだけど)から過去のドリンクを判断してるのはゲーム全体の中でここだけ。他は普通にフラグのログから読み込んでる。これはまあ、いつか改めて説明するかもしれないけどマジで「これのせいでゲームが壊れなかったってマジ!?」なやつでもある。

まあともかく上記の追加会話を表に足すとこうなる。

結果的には同じことになるけど、プレイヤーは以前なにを提供したかをゲームが覚えているというのがこれでわかったはず。

次の注文は同じ展開なので同様に追加してみよう。ここでも同様に同一分岐に落ち着くことになる。

さて、18というのはこのシナリオでだいぶ重要な数字なんだ。前に書いたように各キャラクターにはどれだけカルモトリンを提供したかのデータが保存されていて(正確に言うとゲーム側で定量に達した段階で別スクリプトに移行するという設定になってる、だけど)、この18という数字は以下の説明に沿って試した場合に発生する分岐のすべてに関わる重要ナンバーなんだ(ここでリマインド:ドノヴァンはあくまでも最初のお客)。

初見のプレイヤーとして注文通りに進めた場合、ドノヴァンには合計20のカルモトリンを提供することになる。最初の注文で4、ラージを強制されて8、おかわりで8。おかわりのラージ要求に気づかなかった場合は16。

ここでプレイヤーが周回プレイの場合、最初からラージを渡しているかもしれない。この場合は16になる。なので、ここでそんなプレイヤーはドノヴァンが強めでビター、でもアルコールはなし、という注文をしてくるのを見る可能性は大いにある。ということで、なんとここの分岐は別のドリンクに枝分かれする。

で、ここで以前ノンアルコールドリンクをドノヴァンに提供したことのあるプレイヤーは、ビターなドリンクが好きな彼にビールじゃないアルコールを提供してみたらどうなる?と企むかもしれない。

それも含めてみようか。

最後の分岐は僕のせいでちょっとミスがあるんだ。最後の会話に影響する条件は同じ(カルモトリンが18以上)なんだけど、ここでドノヴァンはもうアルコール入りのドリンクはいらないと言ってくるんだ。ここでジルがその通りにしたとしても、結局次の会話でも酔っ払いのままになってしまう。
ここは本来は21以上のカルモトリンになったときにするべきだった… シュガーラッシュであったとしても酔ってしまう、というのが理想的な流れだった。ラージのビール2杯、普通のビール1杯だと大丈夫だけど、ラージ3杯だとダメ、という感じ。他にもドノヴァンがぐでんぐでんになる組み合わせはたくさんあって、この問題がドノヴァンシナリオを作っているときにぶつかった鋼鉄の壁だったと思う。例えば「三度目の正直」って言ってくるところも、実際はビール4杯目になる場合もあったり…

改めて言っておくけど、これは最初のお客のコードだったんだからね。8年も経って、これまで培った経験あってようやく説明できたよ。

それはそれとして、分岐表を完成させてみようか。

よし、完成したっぽいので、どれだけ「意味のある」選択肢が出てくるか数えてみよう。

まとめると…

赤:影響が大きい展開が2つ

緑:ルート展開が収束するものが4つ

青:収束手前にちょっとだけ分岐する会話が2つ

黄:3種の注文に分岐する展開が4つ

紫:どのドリンクを提供したかによって変化する会話が18(+黄色の2つ)

これで最初に書いた「幻の選択肢」について描画できているかな。大きな展開としては2つしかないけど、数多くの選択が短期的中期的な展開の変化を生むことでプレイヤーは十分に楽しめるというわけ。しかもこれは初日の4人の客のうちたったひとり。

だから、20種類の別々の選択肢をプレイヤーに提供するのではなく(それをやると最初の例のように展開が指数関数増加してしまうし)、一番大きな展開が「ドノヴァンが酔うか酔わないか」だけで、それがプレイヤーの記憶に残るだろう(提供したドリンクが具体的にどれかというのではなく)というのを論理的に考えるのが大事だということ。ついでに、2日目には初日にドノヴァンが酔い倒したときにだけ見られるちょっとした分岐があったりする。

ちなみに僕にとってのジルのキャッチフレーズは「Coming right up – すぐお持ちします!」だった。というのも、ストーリーを書いているとき、注文のあとには意図的にその文章を置いておくことで、あとで分岐を書くときにすぐに注文の箇所を見つけられるようにしてたから。

今日は元々真実か挑戦かのゲームが起きる日だったからそれについて書こうと思ってたんだけど… でも信じてくれないかもしれないけどあっちの分岐は今日説明したものよりだいぶ単純で説明もそんなにいらないものなんだよね。

明日はまた次の週のはじまりだ。

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