裁判員制度に対しては、最近ついに共産党と社民党が実施延期を要請し、民主党からも制度を見直すべきだという声が出ている。国会で裁判員制度法案が成立した時は全会一致だったことを考えると隔世の感があるが、多くの人々が制度に不安を持っている以上、これらの動きは当然とも言える。
しかし、日弁連はこのほど改めて裁判員制度を予定通り来春より実施するべきであるという緊急声明を発した。 日弁連 - 裁判員制度施行時期に関する緊急声明 http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/statement/080820.html 「人質司法や調書裁判という刑事裁判の根本的な欠陥はそのままです。これを変えるためには、市民のみなさまに裁判に関与していただき、無罪推定の大原則の下、『見て聞いて分かる』法廷で判断していただくことが不可欠です」 「市民のみなさまにはご負担をおかけしますが、是非とも裁判員制度に参加していただき、みなさまの健全な社会常識を司法の場に生かしていただきたいのです」 この自信にいったいどんな根拠があるのか? 以前も述べたが、私が裁判員制度に危惧を抱くのは、まさにその「市民」の「健全な社会常識」に全く信を置けないからにほかならない。制度導入により「捜査も自白よりも物的証拠や科学的な捜査を重視する方向に」なると声明は主張するが、それは裁判員が「物的証拠や科学的な捜査を重視」するという前提がなければ成立しない。 そもそも誰が見ても分かるような物的証拠があれば、裁判官だろうと裁判員だろうとその裁判結果に大差はない。問題は検察が物的証拠を隠蔽している場合、及び物的証拠が乏しい場合であって、今回の制度では前者については改善の保障はなく、後者についてはそれこそ慎重な検討が必要なのに、新制度によって「裁判員の負担を軽減するために」公判の期間が短縮され、性急な結論が出る危険性がある。 声明は検察審査会を例示して、「市民」の抵抗感は実際に実施されれば緩和されると述べているが、「不起訴になった人を改めて起訴する」=「有罪になる可能性に道を開く」検察審査会と、「無罪になる可能性に道を開く」はずの裁判員制度とでは質的に異なる。この国では依然として「正義感」とは「敵」に「懲罰」「苦役」を与える方向で発揮される。被害者参加制度と合わせて考えると、裁判員制度導入がむしろ冤罪を増やすのではないか。 日弁連声明の最大の問題は「裁判員制度を延期して今の刑事裁判を継続するのではなく、この制度を実施の上、欠点があれば、実施状況を見ながら改善していくという方法で進めるべきである」(太字強調は引用者による)という箇所である。要するに裁判員制度にはいろいろ欠陥はあるが、とりあえず実施して、それから問題を処方すればよい、と主張しているのである。 これと似た論法を私は知っている。「政権交代を延期して自民党政権を継続するのではなく、とりあえず民主党に政権交代させて、民主党政権の様子を見て、問題があれば改善を求める」というありがちな「民主党への政権交代」論と瓜二つ! 両者に共通するのは「現行の欠陥の上にさらなる欠陥が増える可能性」を無視していることである(*)。 「民主党政権」の話は今回の本題ではないので脇に置くが、裁判員制度の場合、「現行と同じ」どころか「現行より悪くなる」可能性がずっと深刻である。前述のように私には現行制度に比べて良くなるとはとうてい思えない。こうした疑問は私だけのものではないだろう。日弁連の主張はそうした疑問や不安には答えずに、「黙ってついて来い」と言っているように聞こえる。 共産・社民両党の申し入れは「中止」ではなく「延期」である。少なくとも現在想定される数々の欠陥を、制度実施前に見直す時間を「延期」によって増やすことは、日弁連が望む司法改革とも矛盾しないはずだ。報道や漏れ伝わるところによれば、弁護士の間でも裁判員制度に対する不安は増えているようでもあるし、この際日弁連からも裁判員制度の施行延期に賛同の意を示して欲しい。 *こう言うとまた「お前は自民党政権の継続を狙うスパイだ」とか言い出す人が出そうだが(笑)、私が抵抗しているのはあくまでも「政策転換なき政権交代」であって、「福祉国家への政策転換を伴う政権交代」はむしろ歓迎するところである。また「政策なき政権交代」についても「期待できない(正確には民主党政権では私は救済されない)」と考えているにすぎず、むしろ「民主党に問題があっても批判するな」という言論封殺や共産党を潰せという「反共主義」に対して怒っているのである。そこを見誤らないように。 【関連記事】 裁判員制度に対する私の本音
by mahounofuefuki
| 2008-08-21 23:31
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