石若駿が率いるバンドと豪華ボーカリストとの共演が話題を呼んだ、昨年6月のライブ企画「JAZZ NOT ONLY JAZZ」。その続編「JAZZ NOT ONLY JAZZ II」が、今年9月に会場を東京国際フォーラムに移して開催された。2年連続で出演したアイナ・ジ・エンドに加え、今年は岡村靖幸、KID FRESINO、椎名林檎、中村佳穂といった錚々たる顔ぶれが集結。華やかなステージに会場は大きく沸いた(※当日のレポはこちら)。このイベントでは、石若駿とジャズ界のビッグネームとの共演も大きな目玉となっている。前回は上原ひろみとの初ライブ演奏が実現し、壮絶なセッションは日本のジャズ史に刻まれるべき一幕となった。そして今回は、アメリカからロバート・グラスパーが登場。ジャズとヒップホップ/R&Bを融合させ、21世紀のブラックミュージックを提示したグラスパーは、石若駿にとっても憧れの存在だ。学生時代からグラスパーのアルバムを愛聴してきたことを彼はよく語ってきた。
近年、グラスパーはジャンルを超えて活動するだけでなく、今年開業したブルーノートLAのオープニング公演をキュレーションしたり、音楽フェス「The Black Radio Experience」を手掛けるなど、その活動領域を大きく広げている。石若もまた「JAZZ NOT ONLY JAZZ」の顔を務めているように、日本のシーンを牽引する存在だ。
Rolling Stone Japanでは
昨年の上原×石若対談に引き続き、イベント当日の本番直前、日米それぞれのシーンでジャズの新時代を切り拓いてきた二人に話を伺った。ちなみに、僕(柳樂光隆)はこれまで何度もグラスパーを取材してきたが、この日の彼はいつになくご機嫌で饒舌だった。後進へのアドバイス、あるいは背中を押すような思いがあったのかもしれない。
対談の前に共演のリハーサルも見学させてもらったが、石若が演奏を始めた瞬間、グラスパーとバンドメンバーの表情が一変したのが印象深い。スタジオの緊張がほどけ、石若が彼らの信頼を勝ち取ったように僕の目には映った。昨年、サマーソニックの深夜に星野源とグラスパーが共演した際、石若もAnswer to Rememberとして出演しその場に居合わせたわけだが、いわゆるジャズセッションでの共演は今回が初。5000人もの観客が息をのむように見守り、大きな拍手を送った両者のステージは、歴史的にも大きな意義があったように思う。
「JAZZ NOT ONLY JAZZ II」で実現したグラスパーと石若駿の共演(Photo by Yoshiharu Ota)「両方」から信頼を勝ち取るのが大切―グラスパーたちとのリハーサルはどうでした?石若:「本物だ!」って感じですよね。自由になれる場所っていうか、(一緒に演奏していると)アイデアがどんどん出てくるんです。その空間にいるだけで、何も考えずに漂っているだけで気持ちよかったです。
―グラスパーがかなり目で合図を送っていたと思いますけど、あれはどういうことだったんですか?石若:「次は君の時間だ! もっと行け!」みたいな指示だったと思います。
「JAZZ NOT ONLY JAZZ II」では、グラスパーバンド[バーニス・トラヴィスⅡ(Ba)、ジャスティン・タイソン(Dr)、ジャヒ・サンダンス(DJ)]による「Find You」、グラスパーバンドと石若のツインドラム編成で「Rise and Shine」、グラスパーと石若、マーティ・ホロベック(Ba)のトリオ編成で「Jelly’s Da Beener」が披露された(Photo by Yoshiharu Ota)(※ここでグラスパーが登場)グラスパー:ヘーイ駿、調子はどうだ?
石若:最高だよ!
―まず、グラスパーさんに「JAZZ NOT ONLY JAZZ II」の趣旨を説明させてください。日本の一流ポップ・アーティストがジャズ・ミュージシャンをバックに演奏するという趣旨のイベントです。なぜビッグネームを集められたかというと石若駿さんの存在があるから。彼は日本のジャズ界におけるリーダーです。グラスパー:ふむ。
―あなたはアメリカのジャズ・シーンのリーダーですよね。ハービー・ハンコックやドン・ウォズもそう言ってましたし、あなた自身もそう自覚していると思います。その役割を意識するようになってから、どのようなマインドセットで活動するようになりましたか?グラスパー:そりゃもう、今言った人たちに認めてもらえるなんて、大きなお墨付きをもらったみたいなもんだからね。それこそハービーやドンみたいな人たちから「コイツ、今こんなことやってるぜ」って触れてもらうたびに、でっかい花マルをもらったみたいな、「俺ってイイ線いってるんだな」っていう確信にも繋がった。何よりも励みになるし、この先も前進を続けようっていう気持ちになれる。心からリスペクトしている大先輩が自分のやってることを認めてくれるっていうのは、この上ない光栄に決まってるよ。
―あなたが所属しているコミュニティの人たち、特に若手も「ロバートがリーダーだ」って認識していると思います。あなたは彼らのために、その立場にふさわしい行動をしようと心がけているように見えますけど、どうですか?グラスパー:まさに君の言うとおりだ。しかも、そういう意識でやってるのは何も俺一人じゃないはず。そりゃ、そうだよ。これに関しては天から授かったギフトであり、役割なんだ。要するに、扉をちょっとだけ開ける役ってわけ。そこからみんなが自由に入って来て、自分らしくいられるようにね。というのも、この業界って、その人が本来の自分を表現する動きを妨げるような構造に陥りがちなんだよ。何しろ閉鎖的な業界だから。そういう閉じたマインドを開くのが俺の使命だと思う。扉を開けて『ほら、こっちに来なよ?』ってね。
そのためにはまず、ジャズ界で信頼を勝ち取ることが重要だった。だから、最初の何枚かはデビュー作の『Mood』(2004年)にしろ、『Canvas』(2005年)にしろ『In My Element』(2007年)にしろ『Double Booked』(2009年)にしろ、全編ジャズだった。その地盤を固めたうえで、ようやくヒップホップや『Black Radio』(2012年)というふうに毛色の違うものに手をつけていった。両方の世界から認めてもらうためにね。そういう流れを作ってきたからこそ、俺はいまや新しい扉をバンバン開いていける状態にある。両方から信用されてないと扉を開くことができない。片方の世界からはリスペクトされてるけど、もう一方からはそうでもない場合、なかなかそうはいかない。だからこそ最初の数年間がものすごく重要だった。
その話でいうと、『Black Radio』の構想やアイデアは何年も前から存在していた。自分の頭の中にずっと前からあったものだ。ただ、「今はまだやらない」「まだ早すぎる」と、機が熟すのをじっくり待っていた。まずは最初に「やるべきことをやってから」ってことで、最初はジャズに次ぐジャズって感じで、ひたすらジャズのアルバムを打ち出してきたんだ。
「JAZZ NOT ONLY JAZZ II」で演奏された「Rise and Shine」「Jelly’s Da Beener」(共に『Canvas』収録)―石若さんはどんなことを考えて活動してきましたか?石若:ジャズのバックグラウンドを持っていて、日本のジャズシーンにすごくお世話になって活動してきたサイドマンとしての意見になるんですけど。僕はポップスに関わる時に、ジャズから学んできたことやジャズの自由さみたいなものをポップスに持ち込んだ時の化学反応が楽しいんです。自分のやるべきことはそういうことかなって思ってます。
―グラスパーさんも同じような取り組みを、ヒップホップやR&Bの世界でずっと実践してきたわけですよね。そのためにどういうチャレンジをしてきたのでしょうか?グラスパー:そこで想定される困難さの大半を自分は回避してきたんじゃないかな。というのも、最初はジャズ界で信頼を得ることに徹してたからね。だから、そうした困難をすり抜けることができた。最初の何年かはただひたすらジャズに奉仕して自分を捧げてきた。もし自分がジャズの世界で最初に信頼を獲得してなかったら、ものすごく険しい道のりになってたはず。最初にヒップホップやR&Bに手をつけてからジャズに移行するとか……いやいやいや、そうは問屋が卸さないって感じだから(笑)。そんな事例は聞いた試しがない(笑)。あのハービーですら下積みの時代を経てるんだ。まずマイルス・デイヴィスの元でやって、トリオをやって、そこから『Head Hunters』というふうに広げていったわけだから。その順番が大事なんだ。ただまあ、いつの時代にもジャズ警察みたいな輩がいて、「あれやっちゃいけない」「そんなのジャズじゃない」ってああだこうだ言ってくる奴がいるけど、人から「そんなのダメだ」と言われるってことは、逆に言えば自分は正しいことをしている証拠なんだよ。
石若:なるほど。
グラスパー:誰からも何も文句を言われないんだったら、わざわざ自分がそれを提示することに何の意味があるんだ?って話でね。何も新しいものを生み出してない証明みたいなものだから。つまり、クレームは多ければ多いほどいい(笑)。
石若:(笑)。
グラスパー:「何てことしてくれるんだ⁉」って反発が多ければ多いほど、何かしら違う、過去に前例のない、普通じゃないことをしてる証だから。普通に誰からも認められることをして周りから「ワー、パチパチパチ」ってな感じで承認されたところで、何が面白いんだ?って話だよ。みんながみんな扉を開く役割を持って生まれてきたわけじゃない。同じ場所に留まっている役回りを与えられた者もいる。ただ、駿もそうだけど、俺たちみたいな人間は扉を開いて、先頭に立って、その先の世界に人々を導いていく役目を担ってるんだよ。
石若:そうですね。
グラスパー:ハービーが自分たちのために扉を開いてくれたように、ハービーの前にマイルスが扉を開いてくれたように。それは自分たちみたいな人間に与えられた天命でありギフトだ。リーダーが務める役割なんだ。先陣を切って矢面に立って厳しい批評の目にさらされる役回りだね。「これはジャズじゃない」だの「邪道」だの「こんなん許されるはずがない」だの、あれこれイチャモンつけられるのを受けて立つ使命なわけだよ。ただ、ジャズ警察がどんな言いがかりをつけてきたところで、自分には『Mood』『Canvas』『In My Element』『Double Booked』っていう印籠があるわけだからね、「何か文句でも?」って言える。秒で黙らせることができる(笑)。「ゴチャゴチャうるせえ、これでもくらえ」ってな感じだね(笑)。
石若:あなたの音楽を聞いたら批判のしようがないですもんね。
グラスパー:マジでそう。記録として残ってるわけだから。(アルバムは)形として証拠になるんだ。