ハリーとテイラーは「ちょうどいい」
―まずは2022年をどんなふうに振り返りますか?
川谷:個人的には、アルバムを出さなかった年で。ゲスでベスト(『丸』)は出しましたけど、オリジナルは出してないので、「そんな年あったっけな?」っていう。
―おそらく10年ぶりだと思います。2013年にインディゴで『夜に魔法をかけられて』を出して以来、毎年インディゴかゲスでアルバムを出していたので。
川谷:そうですよね。ライブをやりながら曲はずっと作ってたんですけど、楽曲提供に追われたり、(8月に)コロナに罹って1カ月くらい何もできない時期もあったりして。療養中はマジで何もできなくて、その時期に出た新譜もリアルタイムでは全然聴けなかったです。
―音楽シーン全体に対してはどんな印象ですか?
川谷:2021年とあんまり変わらなかった気もするんですよね。日本で言えばTani Yuukiくんとか、なとり「Overdose」とか、ボカロの系譜もありつつ、今までより歌ものがより出てきてるのかなとは思いつつ、「TikTokで流行る音楽」みたいな流れがそのまま続いてるというか。新しいスターはそんなに出てこなかった印象で、紅白に初出場するVaundyやSaucy Dogにしろ、2021年からもう人気でしたしね。
海外もSpotifyのランキングを見ると、新人でめっちゃヒットした曲はそんなになかったというか。ビリー・アイリッシュの「bad guy」とか、昨年でいえばオリヴィア・ロドリゴのような動きはなかったですよね。そういう意味では、日本も海外も2021年からの延長にあるのかなって。バッド・バニーも一昨年からずっと1位ですもんね。
―〈世界で最も再生されたアーティスト〉のトップ5は、順位が入れ替わっただけで顔ぶれはほぼ同じ。バッド・バニーとテイラー・スウィフトの1位・2位も昨年から変わらずです。
川谷:〈世界で最も再生された楽曲〉も、ザ・キッド・ラロイの「STAY」が昨年からずっと入ってますよね。ザ・ウィークエンドの「Blinding Lights」(2019年リリース)がやっといなくなったなと思いましたけど(笑)、やっぱり全体的にはそんなに変わってない印象です。
Photo by Shareif Ziyadat/WireImage (Bad Bunny), Lillie Eiger (Harry Styles), Jeff Kravitz/Getty Images for MTV/Paramount Global (Taylor Swift)
〈世界で最も再生された楽曲〉プレイリスト
―そんな中で2022年のトピックといえば、まずはハリー・スタイルズかなと。
川谷:ハリーのアルバム『Harry’s House』はめちゃくちゃ聴きました。「As It Was」はそれこそ「Blinding Lights」からの流れにあるようにも思いましたけどね。シンプルな、みんなで歌えるリフ一発押し、みたいな。やっぱり2022年一番のヒット曲だった気がします。「As It Was」はコーチェラのライブ映像で、イントロに合わせてハリーが階段を駆け降りてくる姿もすごく印象的で。本当にスーパースターだなって。
これは一昨年も話したと思うんですけど、2018年の年末にカラオケに行ったらハリーがいて、一緒にユーミンを歌ったんですよね。ハリーはどんな曲かわかってなくて、勘で歌ってましたけど(笑)。あれから3~4年で……もちろん、あのときもすでに大スターだったけど、ここ3年の活動はすごくないですか? 音楽的にも信頼できるアーティストになったというか、「ワン・ダイレクションのソロ」みたいな感じでは完全になくなったなって。
―これまではどうしても評価が分かれがちでしたが、もうアイドルとは呼ばせないところまで来ましたよね。
川谷:テイラー・スウィフトもそうじゃないですか? 今回のアルバムは『Midnights』っていうタイトル通り、真夜中の物語というかずっしりした重めの作品で。かつてのテイラーしか知らない人からすると、「今はこんな感じなんだ」って思いそうな曲ばかりですよね。どちらかといえばハリーの作品は派手、テイラーは地味だから方向性は違うけど、2022年を象徴する2作だった気がします。
―川谷さんの年間ベスト(一覧はこちら)にもハリーとテイラーの曲が選ばれていますね。ハリーは「As It Was」ではなく「Daydreaming」が入っています。
川谷:そこは迷いましたね。ゲスでNFTをやったときに「Gut Feeling」という曲を作ったんですけど、海外のリスナーに聴いてもらうためにはどういう方向性がいいかを考えたときに、ちょうど「As It Was」が出て。「これだ!」と思って、ちゃんMARIと2人でかなり聴いたので、リファレンスとして2022年一番大きかった曲かもしれないです。一方の「Daydreaming」は普通に曲が好きすぎて。とにかくメロディがいい。ハリーの曲はキャッチーなんだけどお洒落さもあって、BGMとしても聴けるし、じっくり聴くこともできるから絶妙なんですよね。「Daydreaming」は2022年一番たくさん聴いたと思います。
―テイラーに関しては、ラナ・デル・レイをフィーチャリングに迎えた「Snow On The Beach」が挙げられています。
川谷:あの曲も単純にメロディが好きで、途中の曲名をリフレインする部分は特に中毒性があるんですよね。これまでテイラーはそんなに聴いてこなかったんですけど、僕は夜中に音楽を聴くことが多いから、ベッドルームミュージックみたいなのが好きで。だから、今回のアルバムは自分にすごくしっくり来て、その中でもこの曲が一番好きでした。真夜中感に加えて、空白がちゃんとあるというか、そこが今のテイラーの良さだと思います。
―テイラーはコロナ禍に入ってからフォーキーな『folkrore』『evermore』を出して、去年は初期作『Fearless』『Red』の再録を出してるんですよね。それによって、『Midnights』は初期のポップさと近年のフォーキーさの中間みたいなアルバムになった印象もあって。
川谷:たしかに。その話でいうと、僕はいつも「ちょうどいいアルバム」を探していて。実はあんまりないんですよね。「ロックすぎる」とか「またこのトラップ感かぁ」みたいに、みんなどこか極端になりがちで、その中間があんまりなくて。ちゃんとキャッチーなんだけど、深いテーマ性もあるというか。それこそハリーとテイラーは作風こそ違うけど、どっちも「ちょうどいい」感じがしたんですよね。なかなか言葉では説明しづらいんですけど。
―海外は特にそうですけど、コロナがほぼ終息したような雰囲気になり、音楽的にも開けたものが増えた印象があって。でも急にめちゃくちゃロックだったり、パーティっぽいのも違うし、いつまでもメソメソしてるのも違うし……というなかで、ハリーの適度な軽さや明るさ、テイラーの適度な重みや暗さがちょうどよかったということかなと。
川谷:あとは出た時期もちょうどよかったんでしょうね。「コロナもういいでしょ」みたいな空気に「As It Was」はうまくハマった気がします。時代を切り取る音楽って、タイミングもすごく大事だと思うから。テイラーに関しては、もはや世の中の流れはそんなに関係ないというか、すごい記録を打ち立てたりもしてたじゃないですか?
―11月5日付の米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で、史上初めてトップ10を独占しました。
川谷:このちょっと地味なアルバムで、そういう記録を達成できたということは、アーティストとしての絶対的な評価を得たってことですよね。アルバムの初週売上もアデル以来(『25』以来、約7年ぶりの好セールス)とかだったと思うし、もはや単なる歌姫ではなく、一人だけ別格になりつつありますよね。