レーザー/OPOネットワークを用いた非ノイマン型コンピュータの実現に向けて
配送ルートの最適化や無線周波数割当など,現代社会の多くの重要な問題は組合せ最適化問題であり,大規模サイズの最適化問題をできるだけ短時間で,できるだけ高精度に求めることが急務となっている.我々は,2011年にレーザーネットワークを用いてイジング問題を解く「コヒーレント・イジングマシン」を提案し [1],その後の縮退光パラメトリック発振器(DOPO : Degenerate Optical Parametric Oscillator)ネットワーク用いた時分割多重方式の提案により [2, 3],大規模化が見込めるようになった.本研究は,NTT物性科学基礎研究所,東京大学,大阪大学,スタンフォード大学等との共同研究として,ハードウエアとソフトウエアの両面から研究開発を進めている.
コヒーレント・イジングマシンの計算原理
コヒーレント・イジングマシンはイジング問題を解く非ノイマン型の計算機という点では,量子アニーリングを動作原理とするD-waveマシンや日立のCMOSアニーリングマシンと同様である.コヒーレント・イジングマシンではレーザー/DOPOの発振基底でイジングスピンを表現する.光ネットワークの相互結合係数にイジング相互作用係数 J_{ij} を実装すると,各レーザー/DOPOはイジングエネルギーを最小化するように発振基底を自発的に選択する.これは発振器のネットワークにおいて自動的に最小化されるネットワークの総損失がイジング問題の損失関数(組合せ最適化問題の目的関数)に対応するためである.
縮退光パラメトリック発振器 (DOPO) ネットワークの量子論
コヒーレント・イジングマシンを構成する縮退光パラメトリック発振器 (DOPO) ネットワークの時間発展は,量子力学的な観点から解析されている [4].このシステムは,環境との相互作用を含む開放非平衡性をもった物理系であり,ネットワークの無秩序相から秩序相への相転移,DOPO同士の量子もつれに代表される量子相関が存在する.このような特徴的な物理現象を的確に捉え,この計算機がどのような量子力学的過程によって計算を行うかを理論的に検証している.
スケーラビリティ
サイト数Nの問題をN個の独立したレーザー/DOPOを用いて実装する場合,すべての光振動子を結合する~N^2本の安定化された結合線を準備する必要がある,遅延線を波長レベルで安定化するには光強度・位相変調器を制御する必要があり,このような大規模システム構築は非常に煩雑になる.
レーザー/DOPOを時間領域に多重化する時分割多重方式では,単一の共振器にN個のパルスを同時に発振させ,これらをN-1本の光遅延線により結合することでシステムが構築できるため,大規模化が比較的容易になる.しかしながら大規模な問題数の実装の場合,大規模な光遅延線の同時安定化は容易ではない.そこで更なる大規模化のために,量子測定フィードバック方式が考案された(図1)[5].解きたい問題(イジング相互作用係数 J_{ij})をあらかじめフィードバック回路部分(FPGA)にプログラムすることで,相互注入光はゆらぎやAD/DA変換の離散化解像度の影響を除き正しく生成される.この方式では将来的にパルス繰り返し10GHz,ファイバー共振器長2kmでN=100,000パルスの実装が見込まれている.

図1. 測定フィードバックを用いたコヒーレント・イジングマシン
数値計算と原理実証実験による性能評価
実験ではこれまで, レーザーネットワークにおける原理実証と[5],NP困難であるMAX-CUT-3問題を実装したN = 4, 16のコヒーレント・イジングマシンの実証実験が行われてきた[3, 7].この研究では1,000回の試行実験の結果,すべての試行でイジングモデルの基底スピン状態を捉え,誤った解は1,000回の試行実験で1度も観測されなかった.従ってこのシステムのエラーレートは0.001以下(成功確率は99.9%以上)とみなすことができる.
また,より大規模な40 ≦ N ≦ 20,000 の完全グラフに関して,数値計算により計算時間の評価を行った[8].GoemansとWilliamsonにより提案された精度保証(87.8%以上)のある半正定値計画緩和アルゴリズム(GW)と同等な計算精度に到達するのにかかった時間のスケーリングを,精度保証はないがよい近似解を出す焼きなまし法(SA; simulated annealing)とともに評価した.コヒーレント・イジングマシン(CIM)を全光結合で構築した場合,数値シミュレーションの結果から発振状態に一定周回数で到達することがわかった (図2 (a)).更に大きな問題を搭載しようとすると,同一の共振器長のリング内にパルス間隔を短くしてたくさんのパルスを詰めるか,共振器長を長くするかの2通りの選択肢がある.前者の場合計算時間は問題数によらず一定となり,後者の場合計算時間は共振器長に比例する(図2 (b)).
測定フィードバック方式において、N=100の全結合イジングモデルの最適解探索[9]と,N=2,000の全結合イジングモデルの近似解探索[10]の実証実験がそれぞれ進められ,N=2,000の近似解探索時間は、CPU上で最適化された焼きなまし法(SA:simulated annealing)よりも50倍速いことが示された.

図2. 数値計算による計算時間のスケーリング評価
参考文献
[1] S. Utsunomiya, et al., Opt. Express 19, 18091 (2011).
[2] Z. Wang, et al., Phys. Rev. A 88, 063853 (2013).
[3] A. Marandi, et al., Nature Photonics 8, 937 (2014).
[4] K. Takata, et al., Phys. Rev. A 92, 043821 (2015).
[5] Y. Haribara et al., Entropy 18(4) 151 (2016).
[6] S. Utsunomiya, et al., Opt. Express 23, 5 (2015).
[7] K. Takata, et al., Sci. Rep. 6, 34089 (2016).
[8] Y. Haribara et al., arXiv:1501.07030 [quant-ph].
[9] P. McMahon et al., Science DOI: 10.1126/science.aah5178
[10] T. Inagaki et al., Science DOI: 10.1126/science.aah4243