冷蔵庫の冒険004|完膚なきまでの負け学、またはステージママの憂鬱
君はまだ気高く飢えているか?
たとえば君は、もうこれ以上頑張ることが出来ない人に向かって、まだ、果敢にも、そして愚かにも頑張れというのか?
笑える。
たとえば卓球の試合。
3セットを先に取られ、4セット目、カウント4-7。
4セット目先取点は、先に取った。そして2点目も連続ポイント。
3点目で相手選手が得点。カウント2-1。
大丈夫だ、落ち着けば大丈夫。ここからの逆転も十分に狙える。落ち着きさえすれば。
負けるイメージを必死に払拭する。
そこからお互い自サーブで2点ずつ失う。カウント4-3。大丈夫、レシーブは入っているし、backhandのスマッシュもだんだん精度が上がっている。
コーチから落ち着けの指示が飛ぶ、球を浮かせるな、フォアとストレートを打ち分けろ、コーチの言うことは、もちろん理解できる。でも、今日は、
バックのスマッシュが冴えている。
ここ数日で、調整は完了している。
敵のサーブの回転はもうすでに全パターン把握は終わっている。
大丈夫だ。心を静めろ。気持ちで戦え。
そこから、3連続でポイントを失う。
乾燥した小枝を踏んだような音が、耳のすぐ後ろで聞こえた。
1日に、大げさに言わなくても7時間はラケットを握っている。
カットマンは少し苦手だが、打ち合いになれば私が勝っているはずだ、何よりも、バックのスマッシュが、ミッドとクロスを織り交ぜたこのスマッシュがここ数年で私の必殺技になっている。フットワークだって、スマッシュのブロック率だって、そう、悪くない。悪くはない。
知らない君のために一応教えておくと、1セット11点を先に取った者の勝利だ。それを4セット先に先取した者が勝者(ウイナー)だ。
・・・
縦にラケットで切った(カットした)レシーブがフォア側に帰ってきた。
本来ならスマッシュを打つ球だ。
脳裏にさっきのオーバー(打った球が台から漏れる)がフラッシュバックする。
迷うな、迷いを捨てろ、振ればいい、体が覚えている。
正しいスイングと力加減は体が覚えている。
はずなのに、突っついた、相手はフォアよりもバックが苦手なはずだ。
突っついた球は、台を超えて、床にタッチする。オーバーだ。大の向こうのニキビ面が「ヤァー」とか言ってる。笑える。
カウント4-9。後2点で試合は終わる。
おそらく、いや、お察しの通り、負ける。確実に負ける。時間の問題だ。笑える。
別に卓球でなくてもいい。出来れば一人で戦うスポーツがいい。ボクシングや柔道のようにコンタクトのない競技がいい。
確実に負けるとわかっているこの数分間。君に想像が出来るか?逆転できないと自分で心を折る音が君は聞いたことがあるか?
ご飯を食べる時間と、ある程度免除はされているが、それでも働いている時間、生きていくのに必要な時間以外を頑張ってきたのに、力が及ばないことを誰よりも突きつけられるこの数分間、数秒間を君は知っているか?
・・・
我が子のテレビ出演やお芝居、ダンスの発表会に熱を上げるステージママを、僕はあまり好きではない。
その理由を長い間考えていたんだけど、先日氷解した。
期待を誰かに託す姿がひどく滑稽だからだ。
しかしながら、我が子に期待をしない親がいるだろか?我が子の幸せを、我が子の成功を願わない親がいるだろうか?
しかし逆にこうも思う。自分以上に優秀で才能にあふれた我が子を嫉妬せずにいられるのか?
もしくは、残念ながら、養子やタレントに限界を感じてしまったとき、それを認めることは出来るのか?
答えはどちらもイエスだろう。プラスもマイナスも、ひっくるめて愛せなくて、何が家族だ。
ステージママは、プラスにもマイナスにも蓋をしている。必要以上のプライオリティーをさいている。本来関知しなくてもいい領域まで浸食し、己を食い込ませている。
そこは君のフレームではないし、そのスポットライトは君を照らしはしない。そのことをキャンセルしている。没頭し、応援することでキャンセルしている。
滑稽だ。笑える。
・・・
ニキビ面が、不敵に笑った。
知っている。勝ちを確信し、こらえきれなくて漏れる笑いだ。その後ろで太ったコーチがよくわからない言葉で何かを言った。
スコア5-10
マッチポイントだ。多分僕は負ける。
自分よりも明らかに頑張っている人に、君は頑張れと言えるのか?
君は誰かに頑張れと言えるほど頑張っているのか?
なるほど、僕は負ける。
天井に届けばいいと願いながら、僕は球を投げ上げた。
そして冷蔵庫の冒険は続く。
冷蔵庫の冒険はハイスピードカメラもスローモーションもない、ソリチュードな時間の浪費です。
文:シンタロヲフレッシュ
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