カテゴリ:ウィルコム
HYBRID W-ZERO3が採用したシステムLSIは、Qualcomm MSM7200Aというチップである。 WILLCOM 03のCPU(システムLSI)が、Marvell PXA270の520MHzだったこともあり、CPUのクロック周波数が528MHzという数字だけを見て、全然変わっていないじゃないか!と、叩きまくっている人も多い。 また、東芝の「TG01」で採用された1GHzのARM CPUを内蔵しているSnapdragonでなくて、ガッカリしている人も多い。 私自身、MSM7200Aの採用は、予想外だった。 といっても、CPUに馬鹿っ速いSnapdragonを採用しなかったからではない。理由を説明しよう。 Qualcommから発売されているSnapdragonと、MSM7x00シリーズは、同じ3G/GSMをサポートするシステムLSIでありながら、そもそも、かなりコンセプトが異なる商品である。 Snapdragonは、スマートフォンからネット端末あたりをターゲットとしていて、汎用OSを動かすためにCPUの処理能力が重点的に強化されている。MSM7x00のCPUがARMv6命令セットのARM11で528MHzであるのに対し、Snapdragonは、ARMv7命令セットを独自拡張したオリジナルコアScorpionで1GHzである。メモリ性能が足を引っ張るにしろ、ベンチマークでざっと倍ぐらいの速度が出ても不思議ではない。 Snapdragonは、コンセプト的には、どちらかというと、CPUとその回りを強化し、ソフト処理を高速化するアプローチのLSIなので、LinuxやWindows CEなどの重めのOSを動かすのに最適で、特に、ブラウザでAJAXアプリを動かしたり、パソコン用の動画を再生するような処理は、得意である。 MSM7x00シリーズは、HTCなどのスマートフォンでも使用されているが、それよりは、auの3G携帯電話の標準プラットフォームであるKCP+でも使用されていることで有名である。 こうした携帯電話向けのシステムLSIは、スマートフォン用LSIとは設計方針が少し異なり、必要な処理は仕様をきっちり決めて、なるべくハードワイヤード化してLSIに組み込んでいる。 例えば、動画再生一つとっても、Snapdragonだと、動画のデコード自体はあくまでCPUが主体になって拡張命令を使って処理するスタイルになるのに対し、MSM7x00シリーズだと、動画専用のDSP(デジタルシグナルプロセッサ)に、CPUが指示を与えれば、あとはDSPが主体になって勝手にデータを読み込んで動画を再生するようなスタイルになる。 前者の方式だと、ソフトウェアでのチューニングや機能拡張などが容易だが、後者の方式だと、動画専用DSPの性能と用意されたファームウェア(誰もがプログラミングできる訳ではない)で、性能、機能の限界が決まってしまう。 しかし逆に言うと、保障できる性能、機能の範囲であれば、後者の方式は、完璧に処理をこなす。 LSIが、VGAで60PのH.264/AVC動画再生能力があるなら、スペックどおりの動画データであれば、どんなデータが来ようと、CPUで他に何を処理していようと、コマ落ちすることなく再生可能である。 しかし、前者の方式の場合、一つのCPUで処理を行っている関係上、いくらOSが上手にスケジューリングを行ったとしても、動画再生以外でCPU負荷が重い処理、メモリを食う処理などが並行実行されたら、単体では十分な再生能力のある動画でも、コマ落ちしてしまうことがある。 例えば、Windows Mobile機では、カメラを持っていれば、WMVによる動画撮影機能を持っている。しかし、撮影できる動画のフレームレートについては、一切カタログ記載がない。原理的に保障できないからだ。 実際に、私のアドエスで動画を撮影してみても、QVGAで7~10フレーム/秒ぐらいの性能で、しかも、フレーム間隔がバラバラで一定でない。すべてをソフト処理する弊害と限界である。 携帯電話で、こんないい加減な動画撮影機能を付けたりしたら、クレームの嵐になるのは間違いない。だから、携帯電話で使うシステムLSIでは、CPUから独立したリアルタイム処理が得意なDSPで、動画をエンコードする。このため、VGAで60フレームのような動画を確実に滑らかに撮影が可能だし、そんな重い撮影中でも、CPUにはほとんど負荷が掛からない。 また、後者のアプローチだと、デジカメの撮影なんかも得意だ。CCDやCMOSセンサーからの読み出しからJPEGへのエンコードまでを完璧にハードワイヤード化してあるため、シャッターを押してからほんの一瞬でJPEGデータに変換されてしまう(その代償として、処理できる写真サイズに上限がある)。実際に、もっと時間が掛かっているように見えるのは、メモリカードへの書き込み時間が大部分なのだ。 高速連写なんかの機能は、後者のアプローチのLSIでないと実現は不可能だろう。 さて、MSM7200Aは、ここまで説明してきたように、後者のアプローチで、どちらかというと多機能携帯電話向けに作られており、ある程度スペックが決まった機能を積極的にハードウェア化して搭載し、CPUの手を煩わさずに高速処理することをコンセプトにしているLSIだ。 また、ハードワイヤード化を進めることにより、同じ処理をするにしても、ソフト処理するより消費電力は格段に減らすことができる。 このようなMSM7200Aをスマートフォンに使うことは、どのようなメリット、デメリットがあるだろうか。 先ほど書いたように、重いソフト処理が走るブラウザやPDFの表示や、動画サイズが不定なのでCPUでソフト処理をせざるを得ないインターネット上のFlash動画表示などは、Snapdragonより不利だ。 逆に、内蔵カメラによる静止画、動画の撮影性能は、携帯電話並みに高速で滑らかだし、携帯電話向けにサイズやコーデックが限定された動画や音楽の再生は得意だろう。 3G通信時のバッテリーの持ち時間も、チューニングがきちっと行われれば、携帯電話並みに伸びるはずだ。 また、内蔵されている周辺デバイスやインタフェースが豊富で、外付け部品を減らせて、基板面積を小さくでき、トータルでの部品コストを削減できる点も優れている。 いったんまとめると、「特に携帯電話のような組み込み機器では、CPUのクロック周波数だけが速度のすべてではない」ということと、「MSM7200Aには、MSM7200Aならではの得意分野や、メリットはある」ということだけ、覚えておいて欲しい。 シャープが、今回、HYBRID W-ZERO3で、フルキーをなくし、形状も操作性も携帯電話スタイルにこだわった方向転換をしたが、その製品に、Snapdragonではなく、MSM7200Aを選択したというのは、それなりのポリシーを読み取ることが可能だろう。 シャープは、マニアックな存在のスマートフォンに、ハード&ソフトの両面から、携帯電話ユーザーが納得できる品質を作り込みたかったのかもしれない(もちろん、コストの問題もあるだろうが)。 話が思ったより長くなってしまったが、実は、まだまだ話し足りない。 次に、引き続き、MSM7200Aは、WILLCOM 03のPXA270と、性能はどの程度違うのか?という観点での分析をしてみたい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009年11月13日 19時11分17秒
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