9割が常連さん。なぜ“2年半待ち”でも「食堂とだか」に通いたくなるのか?

食堂とだか

次回予約は約2年半先……五反田の超人気店として知られる「食堂とだか」。お客さんの9割が常連客という、圧倒的なリピート率を誇る食事体験と営業戦略、サービス精神に迫ります。


常連客とは、言い換えれば「店を愛し、支えてくれるファン」。経営を軌道に乗せ、安定させるためには、ファンを増やす工夫が必要不可欠です。

2015年9月、小規模なスナックや飲食店がひしめく五反田の雑居ビル、人呼んで“五反田ヒルズ”に開店した「食堂とだか」は、数多くのファンを抱える超人気店。テレビドラマの舞台になったことをきっかけに、瞬く間に人気に火が付き、2年半先まで連日満員御礼!という状態が続いています。

メディアへの露出というチャンスをしっかりと掴み、一過性でない圧倒的な支持を集めるまでになった背景には、名物店主・戸高雄平さんのさりげなくも巧みなアイデアの数々がありました。

「とだか」戸高雄平さん
戸高雄平さん

1984年生まれ。鹿児島県出身。高校生の時に先輩に連れていってもらった店で茶碗蒸しの美味しさに魅了され、料理の世界へ。地元鹿児島県の居酒屋チェーンや東京の有名和食店で研鑽を積み、2015年9月に独立すると、またたく間に予約困難店に。翌年7月に「立呑みとだか」をオープンし、両店の店主を務める。

予約が取れない理由は「リピート率」にあった

「食堂とだか」戸高雄平さん

――「食堂とだか」といえば、“予約の取れないお店”として広く知られていますが、いつ頃からこのような状況になったのでしょう?

戸高雄平さん(以下、戸高さん):やはり、ドラマ『孤独のグルメ』の舞台になったことが大きかったですね。9席の小さい店ということもあり、放映(2017年6月30日)後から、常時予約が埋まっている状態になりました。

――さらにさかのぼると、2016年2月にブロガーのコグレマサトさんが自身のサイト「ネタフル」に掲載した「食堂とだか」の訪問記も印象に残っています。「すごいお店を発見した!」という興奮が伝わってきて。

戸高さん:あの頃は、まだアラカルトでしたね。コグレさんは、うちの定番料理になった「牛(うし)ご飯」「ウニ・オン・ザ・煮玉子」の名付け親でもあるんです。この記事を書いてくださったおかげでキャッチーなネーミングが定着して、おのずと名物になってくれたと思います。

――2016年7月、お店の斜め向かいにオープンした姉妹店「立呑みとだか」とともに、現在は2年半先まで予約が埋まっていると伺っています。予約している方は、リピーターの方が多いのでしょうか?

戸高さん:はい、約9割がリピートのお客さんです。お店にいらしたときに次の予約を取っていかれる方が多いので、先々まで埋まっている状態です。ちなみに、男女比は女性が6割くらい。年代は30〜40代が中心です。

――お店の経営という点において、極めて安定しているということになりますね。

戸高さん:はい。ただ、必ずしも良いことばかりではありません。国の行事などで祝日が変わると予約の調整が必要になったり……。あとは私用ではありますが、2年先のスケジュールが分からないので、子どもの行事などへの参加が難しくなったこともありました。

でも、多くの方に「食堂とだか」を求めていただいていることに対して、ありがたさや喜びを感じています。何万軒とある飲食店の中から、うちを選んで、しかも長期間待ってでも来てくださるわけですから。

――ただ、新規のお客さんが「食堂とだか」を訪れることは、もはや不可能ということに……!?

戸高さん:いえ! 直前にキャンセルが出るとInstagramやFacebookで来店可能な方を募集していて、その枠はどなたでも予約OKです。ただし、先着順になるので、こまめにチェックしていただく前提になりますが。また、イレギュラーですが昼営業を行う日があり、その空席状況もSNSで発信しています。

2021年に虎ノ門ヒルズにオープした「虎ノ門とだか」も現在は約1年待ちですが、ネット予約の枠も若干残しています。

「強さ」と「映え」を兼ね備えた看板メニュー

「食堂とだか」ウニ・オン・ザ・煮玉子

ウニ・オン・ザ・煮玉子 ※コースメニューとしてのみ提供

――「食堂とだか」の看板料理といえば、やはり「ウニ・オン・ザ・煮玉子」と「牛ご飯」が知られています。いずれも、お客さんの心を引き付ける食材とフォトジェニックなビジュアルが特徴ですが、どのように誕生したのでしょう?

戸高さん:実は、そこまで綿密に考えたメニューじゃなかったんですよ……。「ウニ・オン・ザ・煮玉子」は、たまたま卵もウニも余っていたんで、という感じでしょうか(笑)。「牛ご飯」は、牛肉を細かく切らず、思い切って1枚バーンと乗せてしまおう!と。

もっと緻密な料理を作っている料理人の方と比べたら、力業で押し切っていてちょっと恥ずかしいんですけど。でも、店が軌道に乗ってきたのがちょうど“インスタ映え”という言葉が聞こえ始めたタイミングだったので、料理の見栄えはかなり意識して考えましたね。

「食堂とだか」牛ご飯

牛ご飯 ※コースメニューとしてのみ提供

――確かに、どちらも「『食堂とだか』の料理だ」とひと目で分かる強さがあると思います。そうかと思えば、ECサイトで販売しているオリジナルの「甘納豆チーズ」は、色々な仕立てにアレンジして出していらっしゃいますね。

戸高さん:「甘納豆チーズ」は、「甘納豆」と「マスカルポーネチーズ」という和洋の食材を組み合わせたもので、アイデア次第でさまざまな食べ方が可能です。今(2023年6月上旬)は、お店では焼いたお餅で包んで大福ふうにしたり、「甘納豆チーズタワー」のようにシンプルにクラッカーを添えたりしてお出ししていますが、焼き芋やアイスクリームと一緒に食べてもおいしいですよ。季節感も加味してアレンジしています。

「食堂とだか」甘納豆チーズタワー

甘納豆チーズタワー ※コースメニューとしてのみ提供

――これらは不動の人気メニューですが、最近考案された料理の中で自信作はありますか?

戸高さん:われながら会心の出来なのが「牛モツの茶碗蒸し」です。モツ鍋風の味付けにした牛モツを器の下に忍ばせて、モツで取った出汁と合わせた卵液を上に流して蒸しました。上にはニラを使ったソースをあしらって、彩りよく。ニンニクを利かせたパンチのある仕上がりです。

茶碗蒸しって、苦手という人はあまりいないし、バリエーションが意外と少ないので、こういう仕立ては「食堂とだか」ならではで面白いのでは、と。ありがたいことに評判も良かったです。あとは、真フグの白子を入れた麻婆豆腐も人気です。

すべては“腹パン”で帰ってもらうため

「食堂とだか」メニュー

――開店当初はアラカルトだったということですが、飲み放題付きのコース1本に切り替えたのはいつ、どんな理由からですか?

戸高さん:2年目ですね。当初は今より料理数も少なく、料金は6,000円。現在は、12〜13品に飲み放題付きで14,000円でやらせていただいています。飲み放題は、アラカルトからコース制に切り替えたタイミングで始めたのですが、当時はワンオペだったので、伝票に飲み物をつけるのが大変だった……という非常にシンプルな理由からです(笑)。

お酒だけではなく、生搾りのジュースなどノンアルコールのラインアップも多くして、お酒を召し上がらない方でもいろいろな飲み物を楽しんでもらえるようにしています。ちなみに、ノンアルコールの場合は13,000円です。

――値上がりしているとはいえ、ウニや牛肉といった高級な食材も盛り込まれていますし、お酒やソフトドリンクを好きなだけ飲めると聞けば、お客さんにとってはとてもお得感のある内容です。他方、経営者の視点に立つと、原価率が高くなってしまうのでは……?という点も気になります。

戸高さん:「飲み放題」というと、いかにも大盤振る舞いをしているように見えますよね。でも、お店としては、あくまで「料理でお腹いっぱい(=腹パン)になってもらう」のがモットーです。かなりのボリュームでお出ししているので、実際には皆さんあまりドリンクを飲めないんです。

また、飲み放題のお店は「グラス交換制」にしている場合が多いですが、僕はあまり好きではなくて。並行して複数の飲み物を頼むこともできるようにしているので、「がんばってどんどん飲まなくちゃ!」というムードにならない気がしています。

――飲み放題のドリンクの種類も豊富なら、コースは12〜13品が登場する上、1品ごとのボリュームもかなりある印象です。それは意識的にされていることですか?

戸高さん:はい。品数は次第に増えていきましたね。食べ歩きが好きな人って、やっぱり胃袋が大きい。そういう方たちに、コースにしたことで「物足りない」って言われるのが嫌で、だんだん「お腹いっぱいにさせてみせる!」と勝負をしているような気分になっていました。

でも、頑張り過ぎてキャパシティーを超えてしまうお客さんもいたため、最近は少し控えめにしています。ボリュームを売りにするのは、お客さんの年齢層が若い「虎ノ門とだか」に任せよう、と(笑)。

――虎ノ門にも足を運びましたが、お客さんは20代と思しき方が多くて、食べっぷりや飲みっぷりがとても良い印象を受けました。量を控えめにしたことに対する、五反田のお客さんの反応はいかがですか?

戸高さん:正直、さまざまですね。量の設定が一番難しいと痛感しています。でも、少ないと言われれば増やすことはできますから。お腹いっぱいにさせ過ぎてつらそうなお客さんが時々いらっしゃるので、それは良くないなと。

結局は「人として魅力的か」で決まる

「食堂とだか」戸高雄平さん

――「食堂とだか」は、お店の規模やカウンターの形状的に、物理的にお客さんとの距離が近いお店です。加えて、料理の説明をする際、飲み物のオーダーを受ける際など実際にコミュニケーションを取るとき、なにか心がけていることはありますか?

戸高さん:まず、お客さんがいらしたときの第一声は「いらっしゃいませ」ではなく「こんばんは(こんにちは)」。これを元気よく、とスタッフにも徹底しています。お客さんはここを訪れる日を楽しみにして、気合を入れて来てくださるので、それに全力で応えなくては、と思っています。

あとは「〇〇さん、覚えてますよ!」といった声掛けもしますね。「えーっ、覚えてないでしょ!?」と突っ込まれても、ひるまず「あの席に座っていましたよね」と返したり。それが外れたとしても「覚えてます」と言われて悪い気はしないんじゃないかと思うんです。

もう一つ、スタッフに口を酸っぱくして言っているのは「とにかくニコニコすること」。おいしい料理を出すのは当然のこととして、かしこまらず、リラックスして楽しんでもらいたいので。

――「かしこまらずに楽しんでください」というスタンスは、店名に冠した「食堂」という言葉にも込められていますか?

戸高さん:そうですね。食堂=気軽においしいものを楽しんでもらえる場所に、という思いでつけました。予想を大幅に上回る数のお客さんに来てもらえるようになり「コース2回転制」というシステムにしたので、「気軽に」という部分は変わってしまいましたが、根底にある気持ちは開店当初と変わっていません。

――「食堂とだか」「立呑みとだか」「虎ノ門とだか」とお店が増え、それに比例して従業員の数も増えていますが、“とだかイズム”とでも言うべき戸高さんの思いをスタッフと共有するために意識していることはありますか?

戸高さん:創業時は1人でしたが、今は3店舗合わせて30人のスタッフがいます。でも、虎ノ門は店長の吉永にすっかり任せていますし、下の子に料理を教えたり、細かい指導をすることは実はあまりないんです。

唯一、みんなに言っているのは「まず、人として魅力あれ!」ということ。お客さんに選んでもらえるお店になるためには、もちろん料理は絶対条件です。でも最終的には、その店に立つ人に会いに来てくださると思っているので。

ブランディングは楽しく、そして小賢しく

「食堂とだか」戸高雄平さん

――他のお店にない「食堂とだか」の唯一無二の強みは、どのような面にあると思いますか?

戸高さん:強み、と言えるかは分かりませんが、現在のような状況になるまではとにかく人の目に留まること、そして話題性をつくることに必死でした。開店当時は、お店の存在を1人でも多くの人に知ってもらうため「ウニ・オン・ザ・煮玉子」と「牛ご飯」を筆頭に、見栄えのする料理の写真を貼った立て看板をビルの前に出していました。

カウンターの天板が緑色なのも、ありきたりでない色にすることでお客さんが料理写真を撮ってSNSにアップしたときに、目立つことを狙ったんです。

――SNSといえば「#腹パンの向こう側」をはじめ、Instagramで戸高さんが投稿に添えているハッシュタグもキャッチーだなと感じます。SNSでの発信は大変ではないですか?

戸高さん:はい、まったく。お店の宣伝のためというのではなく、自分自身が楽しく使っている延長線上のことだし「こんな投稿をすれば面白がってもらえるかな」というのが肌感覚で分かるんですよね。だから、ハッシュタグは百発百中です。われながら、うまいな〜と(笑)。

あれこれ考えてというよりは、楽しみながらやっていたらこうなった感じですね。でも、僕ができるのは発信するところまでで、それを広めてくれるのは結局のところお客さんです。だから「(戸高さんの)写真撮らせてください」と求められたら、いくらでも撮られますよ。

「食品とだか」甘納豆チーズタワー、ウニ・オン・ザ・煮玉子

――もしや、店名入りのオリジナルのお皿も戦略の一環ですか?

戸高さん:はい。料理写真をアップしてもらえたら自動的に店名が広まりますから。ブランディング命!です。以前、蝶ネクタイ姿で店に立っていたのも、自分を「食堂とだか」のアイコンにするためでしたし。

2022年にファミリーマートさんとコラボレートして「甘納豆チーズアイスバー」を監修したんですが、僕が出した条件の一つが「パッケージに自分の写真を入れてもらう」ことでした。

そういう風に積極的に露出するのは、お客さんへの訴求効果があると同時に、求人への応募を増やす意味合いもあります。店でお客さんを迎えることを軸にしながらも、外の仕事で知名度をもっともっと上げていかなくてはと思っています。

「2年半後」でも来てもらうため何ができるか

「食堂とだか」戸高雄平さん

――現在の予約状況を鑑みると、現在の「食堂とだか」は“行きたいときに気軽に行けるお店”ではないと思いますが、そうした中でも常連さんに次の予約を取ってもらう秘訣はありますか?

戸高さん:基本的に、繰り返し来店している常連さんは、お会計後に次回の予約を取っていかれます。このタイミングで予約を受けることが、常連客が途切れないお店になるポイントだと思っています。

お腹いっぱい食べて飲んで、幸福感に包まれている時に「次の予約はどうですか?」って声をかけると「またこういう体験ができるなら、次回の予約もしておこう!」という気持ちになるじゃないですか。隣の人がサクッと予約を入れるとちょっと焦ったりもしますよね。

だから、今のような状態になる前は、僕も戦略的に「今予約入れていかないと、次はもう無理かもしれないですよ」といったふうにプッシュしたこともありました。そんなことを言っているうちに、その状態が現実になったんですが。

――確かに、先々の予定を入れておくと「その日まで頑張って働こう」と、モチベーションになる気がします。それにしても、2年半というとかなり先の約束となりますよね。お客さんの中にある前回の記憶を上回る楽しい時間を提供しなくては、という使命感のようなものはないですか?

戸高さん:次回のご予約までの長短にかかわらず、それは料理人やサービスマンなら常に意識する当然のことですよね。だから、決してプレッシャーには感じません。毎日、いい意味で構えていないんですよ。それは、どなたがいらしても出す料理や接客態度を変えることがないから。常連さんにも初めてのお客さんにも、等しく、親しく接しています。

――それは、とてもフェアなサービス精神ですね!

戸高さん:あとは「おいしい」+αの高揚感を感じてもらうことも意識していますね。この小さな空間で一斉に同じ料理を召し上がっていただくので、9席のお客さんに一体感を持たせるのはさほど難しいことではないですが、店のマスターとして1回1回、みなさんに楽しんでもらえるグルーヴを生み出したいな、と。

――今後の展望として、なにか具体的に決まっていることはありますか?

戸高さん:2024年の4月に、新たに店舗をオープンさせる予定があります。現状、開店間もない頃に来てくれていた昔のお客さんが足を運びづらくなっているので、原点回帰というか、アラカルト形式の「食堂とだか」をあらためてやりたいな、と。場所はまだ内緒ですが、気軽に来てもらえる場所にしたいと思っています。

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【取材先】

食堂とだか

食堂とだか

住所:東京都品川区西五反田1-9-3 B1
Web:食堂とだか
Facebook:食堂とだか
Instagram:戸高さんInstagram

取材・文/小石原はるか
1972年生まれのフードライター。エンゲル係数高めの環境で育ち、レストラン通いをこよなく愛するように。マニアックな気質と比較的丈夫な胃袋で、これまで様々な食の世界に没入してきた。著書に『自分史上最多ごはん』(マガジンハウス)、『東京最高のレストラン』(共著・ぴあ刊)など。
Facebook:https://www.facebook.com/hkoishihara

撮影:大崎あゆみ

編集:はてな編集部

編集協力:株式会社エクスライト