朝になるとライスとリジは、マイルがいない事に気が付いた。 城に忍び込むことになれば「一緒に付いて行く」と言いかねないライスを想い、マイルは偵察の日を2,3日後とぼやかしていたのだ。 大事を告げるため、夜通しキャカの発芽に取り組むギガウたちのいる畑へ2人は走った。 そこではギガウとミレクが地面に手を付け、地の精霊の力を注いでいる最中であった。 息を切らすライスとリジの前に姿を現したのは、アシリアだった。 「2人とも、どうしたんだ?」 「それが、マイルが城に行ったまま帰って来ないの。どうしよう」 『―私には知らないことだ―』 昔のアシリアなら、このように言っていたかもしれない。 しかし、今のアシリアは違う。 朝の大地は種の発芽にもっとも大切な時であるにも関わらず、ギガウの手を休ませると一緒に対策を考えてくれた。 「そいつは心配だな。ミレク、お前はそちら側の人間だ。悪いが、畑の成果を報告すると見せかけて、様子を見て来てくれまいか」 「ですが、ギガウ様。種は今が一番大切な時。中断してしまっては..」 「大丈夫だ。お前の分も俺の地の精霊フラカが受け持ってくれる」 「 ..わかりました」 ミレクが軽く身支度をして馬に跨った時だった。畑のあぜ道いっぱい、馬に乗った集団が近づいてくる。ミレクは目を細めて確認した。 「ギガウ様、大変です! レミン女王です。女王が自らやって来たようです」 ライスとリジ、ギガウとアシリアが顔を見合わせた。 マイルが捕まったことにより、畑の中止を告げに来たのか? 最悪、逮捕の文字がギガウの脳裏に浮かんだ。 だが、衛兵からは殺伐とした雰囲気もなく、レミンにいたっては大きく手を振っている。 「レミン様、おはようございます」 「ああ、ギガウ、良い朝だな。ところでキャカの種はどうだ?」 どうもレミンの様子から、城内で事件が起きたことは知らないようだった。ギガウはそれとなく探りを入れた。 「はい、私どもは夜通しキャカの種に精霊の恵を与え続けております。キャカを取り巻く土は改善し、種からも息吹を感じられるようになりました。レミン様におかれましては良い夜を過ごされたようですね。とても良い肌ツヤでございます」 「そうか? 見かけに依らず、女性への御世辞がうまいのう。しかし、お前たちがキャカの木を育てると聞いて、昨夜はとても良い気分で眠ることができた」 やはり城では大きな騒ぎはなかったようだ。もしも怪しい男が捕らえられたなら、こんな悠長な会話などないはずだ。 「あと、一息で種から芽が出ます」 「本当か!? 見物して行って良いか?」 「はい。どうぞ」 レミンは今か今かと落ち着かない様子で角度を変え、場所を変え、土を見つめていた。 ―パリパリ.. パリ 耳を澄ますと、何と殻が割れていく音が聞こえた。 すると間もなく、土を押し広げ柔らかな緑色の芽が顔を見せた。 あっという間に大きな双葉を広げると、周辺の空気がキャカの葉に吸い寄せられていくのがわかった。 「おお、これぞ、これぞ待ち望んだキャカの芽か。50年前に見たかったものよな..」 その芽を見つめるレミンは、悔しさとうれしさが入り混じった何とも言えない表情をしていた。そして続けてギガウを労うのだった。 「よく、やってくれたギガウよ。お前は私が死ぬ前に、あの時の悔しい想いに一矢報いてくれた。礼を言うぞ」 「お言葉ですが、その言葉はまだ早いです」 「なに?」 「よく見てください。これがチャカス族コラカの子であり、地の精霊に愛されたギガウの力です」 ギガウが ―ふんっ と力をこめると大地の中を何かが走り抜けた。すると双葉は本葉に代わり、茎がみるみる太く堅く成長した。枝は大きく張り出し、朝の光に映える若葉で埋め尽くされていく。そして、あっと言う間に2メートルを超える成木となったのだ。 「アシリア、頼む」 エルフのアシリアがキャカの葉に隠れると、花芽が急成長し、辺りを明るく照らすほど色鮮やかな黄色い花が咲き始めた。 「これはなんとも見事な!」 「レミン様、あと一日待っていただけますか。この木のことが、よくわかりました。このキャカの木は、種になる前の花を土に植えなければならないのです。私たちは今咲くこの花を摘み、それを大地に植えます。レミン様、この畑をキャカの花で埋め尽くしてみせましょう」 「ほ、本当か! それは素晴らしいな。約束だぞ。明日は私の父上も連れてくる。もしそれを見せてくれたら、お前の望むものを何でも与えようぞ」 興奮の為かレミンは、せき込みながら馬車に乗り込んだ。 馬車の窓から伸ばした手を大きく振ると、レミンはそのまま城へ戻って行った。 「ライス、今の様子からだと..」 「うん。マイルは捕まってないかも。でも、何しているんだろう」 「きっと、脱出する前に明るくなって帰れなくなったんだよ。あいつ、抜けてるところあるし」 いつものリジのきつめの言葉が今は、ライスを安心させた。 ** ―その頃、子供部屋で倒れたマイルは目を覚ました。 「こ、ここは.. そうか。俺は毒の為、ここで倒れてしまったのか..」 「気が付いたか? もう熱も下がったから大丈夫であろう」 温和な男性の声がした。マイルはおでこにのった濡れタオルを拭うと、その声の主を見た。 「ここは天国か? いや、俺が天国のはずないか。 あなたが、なぜこの場にいるんだ?」 「私にもわからないのだ。私は確かに娘を抱きしめた後、船に乗ったはずなのだが..」 マイルの目の前にいたのは、先代の王アアルクだった。それは子供部屋に飾られた水彩画のように若き姿のままだった。
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