夜通し、キャカの発芽のために精霊の力を使い続けたギガウとミレクには、休憩が必要だった。『まだ大丈夫』と無理をしようとする2人を宿屋モンタジュに強制的に帰すと、ライスとリジは、キャカの花植えの作業に取り掛かるのだった。 畑の土はギガウとミレクの精霊の力で活性化している。まずは握りしめたクワを土に沈めると、ひと掻きひと掻き土を掘り起こしていく。 土仕事に慣れないリジに、ライスは果樹園で覚えたロス仕込みの耕し方を伝授した。 ひと通り畑の耕し作業を終えると、ライスはキャカの木を見上げる。 「これはちょっと私たちには手が届かないね」 ライスは近くに農家を見つけると、物おじせず脚立を借りて来た。そしてリジから脚立を支えてもらうと、ヒョイヒョイと天辺にまで登ってみせる。そよ風が吹くとキャカの花の爽やかな香りが、作業をする2人を包み込んだ。 指先で丁寧にキャカの花を摘むと、背中の籠にホイホイと投げ入れていく。 「さすがライス、果樹園を手伝っていただけあって手慣れたものね。でも、ライスなら魔法や式紙を使って摘むこともできるでしょ?」 「うん、そうだね。でも、これがいいんだ」 下から見上げるリジは、陽の光に重なるライスの笑顔が眩しかった。 [ ―ライス! ちゃんと手で作業するんだ。愛情を込めてな― ] ライスには、あの懐かしいロス・ルーラの声が、今も聞こえているのだ。 「うん。わかってるよ」 「え? ライス、何か言った?」 「ううん。別に」 ・・・・・・ ・・ 摘んだ花は籠2個分にもなった。 「結構、量があったね。中腰で腰が痛くなったよ」 「ははは。果樹園を再建する時は、もっと手伝ってもらうから覚悟してね」 脚立での作業をする2人を見守っていた農夫が声をかけてきた。 「お~い。若いの2人。おつかれさん。こっちに来て、うちで取れたアンラの実でも食べんかね」 「いいんですか!?」 「なに遠慮してるだ。ほれ、こっちに来なされや」 「やった!」 ライスとリジは走って、その農家のお茶の時間に混じった。 *** 翌朝、土に植えたキャカの花から新たな芽が出ていた。畑全体に、ギガウの精霊の力が浸透していたためだ。 そして、この後の作業は女王レミンと父親アアルクの前で行われた。 その2人の姿には誰もが違和感を覚えた。 70歳を超えるレミンは、アアルクをお父様と呼び甘えている。しかしアアルクの姿は、まちがいなく30代の男性の姿をしているのだ。 「ねぇ、アシリア。アアルクさんはエルフや精霊の仲間なの?」 「いいや、あれは普通の人間だ」 その時、アアルクがこちらを見た。 「やばっ 聞こえたかな..」 アアルクはそのまま歩いて近づいて来た。そして震える手を伸ばしアシリアの肩を掴んだ。 「き、君は.. 君は誰だ!? 君は私のことを知っているか?」 「 え.. いや、アアルク..さま?」 その奇妙な会話に周りの注目が集まってしまうと、アアルクは慌てて場を繕うように労いの言葉をかけた。 「よくぞキャカの木を復活させてくれた。礼を言う」 そして背中を向けると、足早にレミンのもとへ戻った。 「何だったんだろ?」 「 ..さぁ」 キャカ畑にギガウが両手を付け、ギガウの肩にミレクが手を置いた。 こうすることでミレクの精霊の力が、ギガウの精霊の力に上乗せされるのだ。 キャカの木は、瞬く間に枝葉を伸ばし、成木となった。レミンとアアルクはその不思議な光景に圧倒された。 そして、エルフのアシリアが、キャカの木の葉に隠れると、喜びを表すように黄色い花が一斉に咲いたのだ。そよ風は、辺り一面に爽やかな香りを運んで行った。 「おお、懐かしい花の香りだ」 「そうですわね、お父様。ほら、見て! 私たちがお花見したあの時のキャカ畑よ!」 「そうだな。ありがとう。君たちのおかげだ」 その時、咲き乱れるキャカの花々を、宿に置いてきた秘想石が映し出していることなど、誰も知らなかった。
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