ダンジョン攻略は海兵隊魂で！（乃木重獏久） - 第９話　奥様は魔女

　複製魔術。あるものを寸分違(たが)わぬ状態で再現することを目的とした魔法であり、現存する魔法の中で一番歴史が古いと言われている、非常に難易度の高い魔法の一つだ。　そして、その数が全世界でも百人にも満たないと言われる、極めて希少な存在である複製魔術士。ミルムがその一人だと聞き、僕は驚きを隠せなかった。　複製魔術を扱える者は、なかなか世には現れない。だが、皇帝の書簡や通貨など、複製するものによっては、社会に多大な混乱を来す恐れがあることから、この魔法を扱う者は、必ず帝国魔術審議会の認定諮問を受けたうえ、特定魔術士名簿に登録する義務が有り、認定諮問の結果に応じてランク分けされる。仮に名簿未登録の者が複製魔術を使用すれば、有無を言わさず死刑に処されるほどの重罪に問われるのだ。　もちろん、何人も無から有を生み出すことはできない。複製する対象物を熟知した上、その原材料を用意し、魔法を適用することにより複製物を造り出すのだが、術者の能力により、その再現率は大きく異なる。一般的なＤクラスの魔術士ならば、その再現率は複製対象を十とした場合、六割程度といったところだが、Ｓクラスともなると九割以上の再現率を誇る者もいるという。だが、十割の完全な再現率を実現する者は存在しないらしい。複製品はあくまで複製品で、本物に比べてどこかしら劣る部分があるのだという。　しかしドルフによれば、ミルムは稀に見るほど非常に優秀な複製魔術士だという。認定ランクこそＡマイナスではあるものの、八割を超える再現率を実現するその力で、ドルフが造りあげた武器や防具を高品質のままに複製し、大手顧客との大口契約を勝ち取ったことも数知れないらしい。しかし、近年の市場縮小により大量複製の必要がなくなり、複製魔術の出番はめっきり減ったとドルフは嘆いた。「かみさんの複製魔術は、そんじょそこらのもんとは全く違うもんなんだ。どんなに調子が悪いときでも七割以上の再現率があるうえに、瑕疵部分を任意に選ぶことができるんだぜ。すげえと思わねえか？」「あの、何を言っているのか、よく意味が分からないんだけど」「わかんねえかな、このすごさが。仮に七割の再現率といっても、それは本物に対しての割合だ。普通は複製品の完全な部分とそうでない部分の境目なんて分からねえ。ひとつの複製品のなかに、うまく複製できた部分とそうでねえ部分が混在するうえ、同じ対象物を複製したとしても、複製するたびに、全体的に密度や強度が低かったり、部分的に欠けていたり、あるいは見えないところに空洞や鬆(す)が入っていたりと、その再現状態が予測できねえから、強度が必要なものや精密さが求められるものの複製は難しいってことだ」　ドルフは、僕の理解が遅いことに少し苛立っているようだ。でも、仕方ないじゃないか。魔法のことなど、ごく一般的な知識しかないんだから。「だがな、かみさんは、複製品の任意の箇所に『瑕疵部分』、つまりうまく複製できない部分を持ってこられるんだ。この意味、分かるだろ。俺が造った剣を鞘ごと複製すれば、鞘や柄に瑕疵部分を持ってくることで、肝心の刃を完璧に複製できる。つぎに刃の部分に瑕疵部分を持ってきて、完全な柄と鞘を複製する。そうして完璧に複製できた刃、柄、鞘のおのおのを組み合わせる。不要になった瑕疵部分は、次の複製に使う原材料にすれば無駄にもならねえ。これを繰り返せば、高い品質の剣を大量に生産できるってわけだ」　やっとドルフの言わんとすることが分かった。確かにすごいことだと思う。いや、すごいどころじゃない。もし思ったととおりなら、僕が抱えている難題の一つが解決することになるじゃないか。「でも、それなら十本の剣を並べて複製魔法を使えば、普通なら十本の不良品ができるところ、少なくとも七、八本の完璧な剣が複製できるってことだろ？　その方が効率がいいんじゃ――」「いや、そう甘いもんじゃねえんだ。かみさんが言うには、一つの物体として術者が認識したものが複製対象になるらしい。仮に複数の剣が寄り集まった、全く異なる別の物体だと思い込もうとしても、心のどこかで剣一本が本来の複製対象だと認識しているらしくてな。複製できるのは剣一本分の八割方になっちまう」「でも、世の中には複数の部品が集まって構成されているものも多いよね。馬車なんかそうじゃないか。同じような車輪が複数あるけど、馬車一台が一つの物体だろ」「馬車はさすがに大きすぎるが……。まあ、おめえの言うとおり、そういう場合はできるだろうな。確かに以前、同じオブジェが四つ付いた盾を複製させたとき、オブジェも問題なく複製できた……」「なら、奥さんの知らない、複数の同一部品で組み上げられた一つの物体なら、全体の二、三割に相当する指定の部品数個を除いた複製品を造ることができるってことだよね！」　僕はそう言って、弾薬が詰め込まれた小銃の弾倉(マガジン)を、ポーチから一つ取り出して机に置いた。「ドルフ。良ければ弾薬単体よりも、これを研究して複製してほしい。これには、さっきの弾薬が二十九個入っている。さらに一つ加えて合計三十個の弾薬を詰めるとする。これを一つの物体として考えれば、ドルフの言うなんだ、その、うまく複製できないところ……」「瑕疵部分か」「そう、その瑕疵部分の全てを、中に収まる弾薬の何個かに割り振って複製できるんじゃないかな。奥さんは中の弾薬ひとつひとつが、複製の対象だとは知らないんだから」「確かにその方法なら可能だな。でもよ、複製魔法をなめちゃいけねえ。確かにあれは魔術士の技能(スキル)も大切だが、それ以前に複製対象の素材や構造を熟知していなけりゃあできないんだぜ。ウチのかみさんの複製魔術がすごいのは、俺が複製対象物の素材や構造を把握して、あいつに教えてやっているからなんだ」　自慢げに言いながらドルフは弾倉を手に取り、じっくり眺めだした。「こいつはまた、ただの入れ物じゃあなくて結構精密なものだな。これを複製するには、分解して、その構造を微に入り細に入り、知り尽くさねえとできねえ。それにはどれほどの時間がかかることやら、全く想像がつかねえぞ。まあ、俺としては、是非とも試させてくれと言いたいところだけどよ。いいのかよ？　それでも」『ここで、まるまる三十発分の弾倉を失うのは痛いわ。でも、後日大量の弾倉を入手できる可能性があるなら、ここで投資すべきかも……。とはいえ、どれほどの時間がかかるのかしら……』　いつの間にかソニアは椅子に掛け、頭を抱えて悩んでいる。　あれ、そういえばあの鼻糞はどうなった？

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