「これが魔杖さ。遙か遠くの弓兵団を、瞬く間になぎ倒すことができる攻撃魔法を放つんだ」
ゴーグルの魔鏡を通して見る視界には、「武器情報ウィンドウ」が浮かんでいる。そしてそこには、我が魔杖にして良き友である「M16A4」の構造や部品の詳細、弾速や口径などの情報が表示されていた。話してはいけない事柄はソニアが赤文字で記しているので、それ以外は喋っても良いらしい。当然それは、ドルフには見えていない。
ソニアが小銃やアサルトライフルと呼ぶこの魔杖を使えば、呪文を詠唱することなく、指の動きひとつで敵を攻撃できる。初めて体験したときは、見た目の派手さはないものの、強力な魔法攻撃を凌ぐその威力に驚いたものだ。
そして基本構造をソニアから教わり、この小銃が魔法と全く縁のない僕でも使うことができる、純粋な機械式武器であることを思い知った。だから正確には魔杖と呼ぶのは間違いなのだが、今でもつい魔杖と呼んでしまうときがある。
銃を適切に使うには、日々の整備が肝心だ。戦闘が終われば、少しでも落ち着ける場所と時間を見つけて銃を分解整備する。
そのためにも構造を理解することは非常に重要で、その知識をソニアに叩き込まれた今の僕にとっては、ドルフに説明することなど造作もないことだった。
「ううむ、これはすごい。想像していたよりも結構重いな。俺はてっきり、魔杖は樫か何かの硬い木でできていると思っていたが、金属製だったのか。どうやら鉄のようだが、この硬さからすると、ただの鉄じゃねえな。造りは鍛造か、それとも鋳造か? それに、細けえ部品がたくさん付いてやがるが、そのいずれの造りも精密すぎる……」
安全装置を掛け、弾倉を外し、薬室内も空にしたとはいえ、銃口を覗くドルフの姿を見ると、尻の奥がざわざわとする。
「そしてこれが、弾薬だ。魔杖に注ぎ込んだ魔力を、攻撃魔法に昇華させるための触媒となる」
僕は嘘を織り交ぜた言葉とともに、弾薬と空薬莢を一個ずつ、机の上にコトリと立てる。
ドルフは小銃を、壊れ物を扱うような手つきでそうっと机上に置いたあと、空薬莢を手に取った。
「これも驚きだ。形はポーションの小瓶に似ているが、この完璧な円筒はどうだ。それに継ぎ目一つ見えねえ。ただ金属板を丸めるだけじゃあ、こんなものは造れねえ」
指先でつまむ空薬莢を様々な角度から眺めるドルフの真剣な表情は、昨夜の酒場でのものとは全く違う。
「底には小さな部品がはまっているぞ。それに先端がボトルネック状に細くなっているな。これは轆轤を使って塊から削り出したか? いや、まさか。いったいどういう造り方をしたんだ。それに、この材質。少しくすんではいるが、この色からして金か? いや、これは間違いなく黄銅だな」
次に弾薬を手に取り、こちらも穴が開くほど観察する。
「さっきの容器に金属栓がしてあるな。この栓、先端が尖っているが、これもまた異なる素材か。ふむ、この色は銅だろう。おそらく鋳造後に削り込んだのだろうが、それにしては尖った先端が軸の中心に完璧に位置してやがる。この容器、中にはいったい何が入ってるんだ?」
そう言って再び空薬莢を手にしたドルフは、弾薬と空薬莢を鼻に近づけると、猪のように嗅ぎ始めた。
「ん……。わずかに狼煙用の焼炎薬のような匂いがするが……。もしや、魔力の媒介剤として、焼炎薬を詰めていたのか?」
驚くことに、ドルフは弾薬の構造を掴みはじめた。その観察力と洞察力には感嘆するばかりだ。
「とりあえず、今見せられるのはそのぐらいだけど、役に立ちそうかい?」
「いやあ、只々圧倒されるばかりだぜ。いったい、どこのどいつが、こんなもんを造りやがったんだ。武器職人としての嫉妬で狂い死にしそうだわ!」
手に取っていた弾薬を机に戻したドルフはそう言って、椅子の背にもたれると、呆けたように天井を仰ぎ見る。職人としてのプライドが傷ついたのだろうか。
しかし、再び僕の方に向き直った表情には熱いものがあった。
「こんなすげえもんを見ちまった以上、ぐずぐずしてられねえ。新しい武器を考え出したくて、いても立ってもいられねえや!」
「どうやら役に立てたようで良かったよ。そこで相談なんだが、今見てもらったこの触媒用の部品を研究してみないか?」
「どういうことだ」
「弾薬を一つといくつかの空薬莢を、あんたに預ける。まずは、これと同じものを造ることができるか。そして量産できるかを研究してほしい。これは、その形状全てに意味がある。だから寸分違わぬものを、できるだけ多く。もし成功すれば、この魔杖を造りあげた職人に匹敵する実力を持つという証明にもなるんじゃないかな。そして、その仕組みを理解すれば、別の何かに応用できるかもしれない」
その言葉を聞くと、ドルフは嬉々として机上から弾薬をつまみ上げ、再び凝視する。僕たちの会話に退屈したのか、父親の隣でユウキが船を漕いでいた。
僕は、弾薬の分解手順とともに、火には近づけないこと、弾薬の底の小さな部品に強い衝撃を与えないこと、中に詰まる顆粒状の物質は密封できる瓶に入れて湿気と火気に注意の上保管すること、などといった諸注意と各部品の素材について、ソニアの言うままにドルフに伝えた。
『ホントは製造工程を映像で見てもらうのが一番なんだけど、そんなアーカイブまでは持ってないしね。さすがのアタシでも、そんなのまで保存してたら、容量がいくらあっても足りないわ』
真鍮の小さな円板を段階的に延ばして円筒状にしていくという、薬莢の製造法について説明するソニアの言葉をドルフに伝えるが、それは僕にとっても新たな発見だった。
だが、そんな高度な技術を要する製造を、このような田舎町の小さな工房で行えるのか、次第に不安になってくる。
だが、僕の不安な気持ちとは裏腹に、ドルフの表情は輝きに満ちていた。
「だんだんわくわくしてきたぞ。今夜からは酒はヤメだ! 四六時中こいつを研究してやるぜ。しかし、研究には実験が不可欠だ。それに、繰り返し実験するには、いくら空の部品があっても、肝心の弾薬がこれ一個じゃ足りねえな。早速、かみさんに頼んで、量産精度を高める研究がてら、とりあえず何個か複製してもらうとするか!」
「ちょ、ちょっとドルフ! さっきの約定を忘れたのか? 家族に一切話しちゃだめだって言ったところだろ。それに、あんたの奥さんのミルムさんって口が軽――。あれ? あんた今、何て言った?」
「すまんすまん。つい舞い上がっちまってな。かみさんに話したとたんにハーデース様の天罰を受けることになるんだった。いやあ、危ない危ない」
『いや、そうじゃなくて! 嫁に弾薬を複製させるって言ったわよね! あんたっ!!』
ソニアが机に手を突いてドルフに詰め寄るような姿勢をとるが、彼女の声は届かない。
「ドルフ、ミルムさんに弾薬を複製させるってどういうこと?」
「大丈夫だって。かみさんにはぜってぇ言わねえから安心しろや、独の字よ。俺の力だけで、この一個の弾薬を、とことん調べ尽くしてやるぜ!」
「だから、そういうことじゃなくて。これを複製できるのかい? ミルムさんって」
「ああ、当然じゃねえか。ウチのかみさん、複製魔術士なんだからよ」
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羽山一明
1,000pt 100pt 2021年11月17日 8時57分
モデルガン程度の精度なら、この時代の技術でも成り立つかなと思いますが、やはり薬莢と弾薬がネックですね。まさしくミリ単位の加工技術、ズレれば暴発待ったなし、そして代わりはないとくれば、撃つ側としても安心を買う意味がとても重要になるのだと思います。 その流れからこれ。そりゃねえぜ…!
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羽山一明
2021年11月17日 8時57分
乃木重獏久
2021年11月17日 20時47分
いつも応援下さいまして、ありがとうございます! 弾薬は高精度が求められるうえ、火薬の燃焼速度も銃によって異なりますから、異世界での製造は難易度が高いはず。複製魔術は楽そうですが、結構ハードルは高そうです。もう、工作機械から作るのが確実かも知れませんね。今後ともよろしくお願いします
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乃木重獏久
2021年11月17日 20時47分
tm
50pt 2021年1月2日 14時33分
複製魔法は大きい! 弾薬不足なのは以前から話として出されていたのでノエルやソニアと同じ気持ちになってました。 なるほど……これは値崩れもしますね
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tm
2021年1月2日 14時33分
乃木重獏久
2021年1月2日 16時21分
本当に恐縮でございます!ありがとうございます!!異世界現代兵器ものは兵站線の確保が最大の課題ですから苦慮します。戦国自衛隊の旧版映画にあった「弾がない!」「もう燃料が無いよぉ」のセリフが頭の中をリフレインして仕方がありません。
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乃木重獏久
2021年1月2日 16時21分
彦間栄寿
100pt 1pt 2024年2月9日 6時49分
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彦間栄寿
2024年2月9日 6時49分
乃木重獏久
2024年2月10日 21時23分
いつも応援下さり、ありがとうございます。お褒めのスタンプも恐縮です。銃火器の構造を理解しようとする異世界人の姿をお楽しみいただけたようで嬉しいです。これからも頑張って書き進めて参りますので、引き続きお楽しみいただけましたら幸いです。今後ともよろしくお願いいたします。
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乃木重獏久
2024年2月10日 21時23分
植野陽炎
1,000pt 2023年9月23日 3時57分
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植野陽炎
2023年9月23日 3時57分
乃木重獏久
2023年9月26日 0時12分
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乃木重獏久
2023年9月26日 0時12分
なずなひよこ
1,000pt 2021年10月9日 21時09分
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なずなひよこ
2021年10月9日 21時09分
乃木重獏久
2021年10月9日 23時35分
いつも応援くださいまして、ありがとうございます! 大変励みとなっております。なるほどのスタンプが嬉しいです。この先もお楽しみいただけましたら幸いです。今後ともよろしくお願いいたします。
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乃木重獏久
2021年10月9日 23時35分
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