2024/11/26
【2050年の衝撃】高齢者の半数が「おひとりさま」になる未来をどう生きるか
介護難民、老後破産、孤独死──。これらの言葉が他人事に聞こえる人は少なくないだろう。
しかしいま、高齢化社会が進む日本で急増しているのが、単独世帯の「おひとりさま」高齢者だ。2050年には、約4割が単独世帯となり、その半数近くを65歳以上の高齢者が占めると予測されている。
一般的に「おひとりさま」という言葉からは、自由な単身生活を楽しむライフスタイルをイメージするかもしれない。しかし、日本総合研究所が着目する「おひとりさま」は、より深刻な社会課題を内包している。
このようにおひとりさまを「いざという時の連絡先がない人」「困った時の誰かがいない人」と捉えた時、自分は「おひとりさまには絶対ならない」と断言できる人はどれほどいるのだろうか──。
日本総合研究所 創発戦略センター シニアスペシャリストの沢村香苗氏による解説とともに、この静かに進行する社会構造の変化を読み解いていこう。
「おひとりさま」という根深い課題
──そもそも沢村さんが「おひとりさま」を研究されはじめた理由とは?
沢村 きっかけは、ある社会現象との出会いでした。この10年で急増している「身元保証事業」という新しいビジネスです。
そもそも「身元保証」というのは、入院や介護施設の入所の際に緊急連絡先や身元引受人の署名などの形で求められるものです。
法的な根拠はありませんが、名前や連絡先を書いてくれる親族が不在の場合、医療や介護サービスを受けられないことがあります。そういった方々に対して、民間企業が家族を代行する形で身元保証を行うのが、身元保証事業者です。
東京大学文学部行動文化学科心理学専攻卒業。東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻博士課程単位取得済み退学。国立精神・神経センター武蔵病院リサーチレジデントや医療経済研究機構研究部研究員を経て、2014年に株式会社日本総合研究所に入社。2017年よりおひとりさまの高齢者や身元保証サービスについて調査を行っている。精神保健福祉士、博士(保健学)。
いま、高齢の単独世帯において「身元保証事業」へのニーズが非常に高まっているのですが、一方でトラブルも増えているのが実情です。
たとえば、本人が想定していなかった高額のサービスへの加入を求められたり、解約ができなかったりする事案が出てきたり。
そこで、内閣府の消費者委員会が調査すると、監督する省庁や法律がないことが分かってきたんです。2017年には実態調査の必要性も生じ、そのメンバーに私が加わったのがスタートですね。
その時点では、課題に対して広範なリサーチはしませんでしたが、関係者の生の声をお聞きして「今後、この問題はもっと大きくなる」と課題意識を持ち始めました。
そこから、身元保証事業者に加えて、ケアマネジャーや医療機関のソーシャルワーカー、成年後見人、自治体や社会福祉協議会など、おひとりさま支援に当たっている方々に対してヒアリングを続けてきています。
──研究を進めるなかで、どのようなことが見えてきましたか?
世の中には高齢化に関連する社会問題がありますよね。空き家の増加、無縁仏の増加、ゴミ屋敷……。
これらは点として起きている事象ではなく、線的かつ構造的な課題で、全ておひとりさまの増加と比例関係にあると考えています。
今後、おひとりさまが増えていくと、これらの問題は顕在化していく可能性が高い。「少子高齢化」は多くの人が知る課題ですが、「少子高齢化が進む=おひとりさまが増える」とは一般的には関連づけられていない印象です。
しかし実際は、国立社会保障・人口問題研究所の予測によると、2050年の1人暮らし世帯の割合は44.3%になり、その半数近くを65歳以上の高齢者が占める見通しを立てています。
いま未婚の方が増えているという実感は多くの人が持っていると思いますが、この推計が示すように、今後20年で「おひとりさま」は急増します。
だからこそ、行政や企業などさまざまなステークホルダーが集まり、あるべき道のコンセンサスを取り、何らかの対応策を考えるべきタイミングにきていると感じています。
家族という受け皿の存在
──おひとりさまは、実際にどんなときに、どのような課題に直面するのでしょうか。
課題に直面し始めるのは、特に高齢にさしかかったときです。私たちはおひとりさまが、高齢になってから最期を迎えるまでを「SOLO Map」としてプロセスマッピングを行い、可視化しました。
このマップで特に注目したいのが、身体機能や認知機能の変化をきっかけとして居場所が変わる「移行期」です。
たとえば、自宅から医療機関への入院という初期の移行期だけでも、さまざまな課題が生まれます。重大な医療行為を受けるかどうかの「意思決定」や、入院費の支払いなどの「金銭管理」が、おひとりさまにとっては大きな壁になるのです。
これまでこうした課題の受け皿となってきたのが家族でした。
家族は、病院の送迎もするし、自宅も掃除するし、雨戸も閉めてくれるし、スーパーで食材を買ってきたりしてくれる。24時間対応、しかも無償です。
これらを専門職が代替しようとすると、領域が広すぎて横断的な対応が難しい。仮に対応できたとしても、相当なコストが必要になります。
その結果、家族がいない、あるいは資金力が乏しい単独世帯では、日常生活のさまざまな場面で問題が生じてきます。
ゴミ出しができない、ATMに行けないといった小さな困りごとが積み重なり、最終的には家がゴミ屋敷化したり、公共料金の滞納でインフラが止まったりすることもあります。
おひとりさまは、決断を支援してくれる人もいないし、ちょっとした日常生活のサポートをしてくれる人もいない。まさに「いないいない」状態に陥ってしまうのです。
──非常に複雑で、抜本的な解決方法を見出すのも難しい印象です。
そうですね。まず、この課題は非常に広範囲にわたるため、行政・企業・地域など、さまざまなステークホルダーが目線を合わせて取り組む必要があります。
また、従来型のサービスでは、「入院した」「認知症になった」「亡くなった」など、何かが起きてからでないとアクションできません。
おひとりさまの問題を本質的に解決するには、予防的な対応も含めて、さまざまな情報を感知して寄り添う必要があります。
そのためには、資金面の工夫、新しい仕組みづくり、テクノロジーを実装するために、細かな工夫が必要になってきますよね。
民間企業が「おひとりさま」にできること
──この課題に対して参入するプレーヤーはまだまだ少ないのでしょうか。
現状では、この広範な領域を包括的にカバーできるプレーヤーは存在しません。しかし、それは裏を返せば、さまざまな業種の企業に可能性があるということです。
たとえば、金融業界では資産管理と終活支援を統合的に提供する、保険業界では新しい形の保障を開発する、通信業界では見守りと健康管理を一体化するなど、すでにいくつかの企業が、革新的なサービスの開発に着手し始めています。
ただし、このマーケットには二つの特徴があります。一つは、サービスニーズの発生が予測しにくいこと。もう一つは、「死」や「老い」という、人々があまり向き合いたくない話題を扱う必要があることです。
それゆえ、人によってはネガティブな印象に聞こえる「おひとりさま」の認知を変えるために、たとえば来るべき未来に対して備えが必要になることなど、自分事化してもらうことが重要です。
そこで期待されるのが民間企業の参入です。民間企業は、社会の意識変容をポジティブな形で促す力があります。
自治体は人的・資金的な制約がありますし、地域やボランティアの役割にも限界がある。「おひとりさま」の課題解決には、民間企業の創造性と実行力が不可欠なのです。
──企業は、どんな形でおひとりさまの終活問題に対してアプローチできるでしょうか?
マクロな視点では、まず「ライフエンディング産業」という考え方を広めていく必要があります。
これは2010年に経済産業省が提言したもので、死をタブー視せず、人生の最期までの時間と向き合い、自主的に準備していくという考え方です。そのためには、さまざまな業種が横断的にネットワークを構築することが求められます。
よりミクロな視点では、「コンシェルジュ」のような立場を企業が担えると良いのではと考えています。
具体的には、おひとりさまの経済状況、健康状態、そしてその人自身の親族や友人などの社会関係資本などを総合的に把握し、その人に合わせた生活支援をコーディネートしてくれる。
加えて、企業はサービスの支援者としても機能します。コンシェルジュを介して、契約内容を履行したり、行政などの第三者機関とも連携したりする。
こういった仕組みを構築できれば、一人ひとりに合わせたライフエンディングを考えられるはず。最期までその人らしい、尊厳のある人生を送れる人が、少しずつ増えるのではないでしょうか。
──沢村さんは、おひとりさまに対して包括的な課題解決を模索しています。そのうえで日本総研は、どういった役割を担いたいと考えていますか?
社会課題というのは、なかなか解決ができないから社会課題なんです。
おひとりさまの問題も、企業や行政、教育機関、金融機関、地域住民など、多岐にわたるステークホルダーの合意形成が必要です。そして、その答えは一つではありません。
日本総研の創発戦略センターは、こうした状況において「メディエーター(仲介者)」としての役割を担いたいと考えています。さまざまな立場の人の声に耳を傾けながら、次世代を起点とした未来を描き、旗を立て、そして実際にアクションをしていく。
たとえば、金融機関と介護事業者が連携した新しいサービスの開発や、通信事業者と地域包括支援センターが協力した見守りシステムの構築など、異なる強みを持つ組織をつなぎ、新しい価値を創造するお手伝いをしていきたい。
私たちはこれを「社会インキュベーション活動」と呼んでいます。「シンクタンク(THINK TANK)」としての分析力と、「ドゥタンク(Do TANK)」としての実行力を組み合わせ、複雑かつ厄介な課題に対する解決策を見出し、関係者との対話を促しながら創造的な合意形成を目指しています。
おひとりさま問題についても、「死」や「老い」のイメージから、どちらかというとビジネスのニーズとして捉えるのはネガティブな印象がある人もいるかもしれません、
しかし、大きな社会課題が目の前に立ち現れているときに、正面から向き合わないわけにはいかないじゃないですか。だから目を逸らさずに、社会を構成するステークホルダーが知恵とリソースを出し合って、社会を変容するきっかけを作っていく。
それこそが、私たちの掲げる「次世代起点でありたい未来をつくる」というパーパスの実践だと考えています。今後も、この難しい課題にともに挑む仲間が増えることを願っています。
また、本テーマに関心を持っていただいた方々との対話を深めるため、12月に勉強会も開催いたします。「おひとりさま」市場のより詳細な動向や、先進的な取り組みの紹介や、具体的なビジネスアイデアなど、参加者の皆様と一緒に考えていきたいと思います。
「おひとりさま」時代の新しい社会システムづくりに興味をお持ちの方は、ぜひお気軽にご参加ください。皆様との対話を通じて、この課題への理解を深め、具体的な解決策をともに考えていけることを楽しみにしています。
応募締め切り期限:12月10日(火)23:59頃まで
執筆:海達亮弥
撮影:竹井俊晴
デザイン:月森恭助
編集:君和田 郁弥